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世界史なんでも質問スレッド79

1 :世界@名無史さん:2010/09/09(木) 23:40:00 0
前スレ
世界史なんでも質問スレッド78
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/whis/1281452383/


2 :世界@名無史さん:2010/09/09(木) 23:42:04 0
スレッドを立てるまでもない質問はここへどうぞ。
単発質問スレを立てる前にまずこちらへお越しください。
専門的な質問については、各分野の専門スレで聞くほうが、より詳しい説明を得られるかも知れません。
回答に時間がかかったり、回答が得られなかったりしても、怒らないでください。
回答者にソースや文献を尋ねることは禁止します。
特定アジアの現代史に関する質問も、他のふさわしい場所でどうぞ。
議論は各分野のスレで。

なお、このスレは常時age進行でお願いします。

※まずは下記のFAQサイトでチェックすること。
世界史は妄想を超えて(世界史FAQ)
ttp://www.geocities.jp/asamayamanobore/
日本史・世界史FAQ
ttp://www.geocities.jp/magurogyosenn2000/index.html

■世界史板内関連スレ
中・高生用質問スレ Part12
ttp://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1200816363/

●☆■2011年度世界史勉強法 Part1■☆●
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/kouri/1269354471/

【初心者】スレッド立てる前に質問をPart25【歓迎】
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1265519587/

前々スレ
世界史なんでも質問スレッド77
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/whis/1278251752/
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1275376578/
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1272290420/

3 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 00:01:36 0
今までのスレは全部吹っ飛んじゃったの?

4 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 00:11:35 0
>>3
どうなったのか、どうなるのか、まったく不明、
こういうトラブルは初めてのような気がする。

5 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 00:44:40 0
【1:5】【総合避難所】kamome鯖故障中。少々お待ち下さい。
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/gogaku/1284044934/l50

1 名前:何語で名無しますか? 2010/09/10(金) 00:08:54
Q.何が起こったの?
A.鯖が壊れてデータがどっか行っちゃいました

Q.スレ無いんだけど・・・
A.データ(スレのdat)が吹っ飛んだので

Q.スレ立てていいの?
Q.今までのスレは戻ってくるの?
A.データのサルベージに成功すれば鯖落ち前のスレが戻ってきます
 その際、今立ってるスレもそのまま残ります
 なので今焦って立てるとサルベージ成功後にスレが重複してややこしいことになる
 かもしれないです

Q.いつ直るの?
A.鯖のデータが入ったSSD、HDDが到着し次第、サルベージして成功すれば直ります
 来週か再来週くらいになる予定

6 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 00:46:27 0
>>5
サンキュ
少し事態がわかりかけた

7 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 01:09:16 0
ここぐらいしか今時点で質問が出せるスレが無いので
失われたそれぞれのスレ住人が戻ってくるまでは
このスレで質問を投げておいてはどうかな?

8 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 06:29:28 0
古代ギリシャ文明の捏造がばれたからなあ・・

9 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 08:50:50 0
>古代ギリシャ文明の捏造

どんなん?

10 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 08:55:23 0
昔、アリストテレスの書に
「古代エジプトの有閑貴族たちはその暇をもてあまして
学術や科学を発展させた」という話があったのだが、
それを白人が主語の「古代エジプト人」を「古代ギリシャ人」に
編纂し書き換えた。で、現在「昔、古代ギリシャ人は世界中に
植民地を築き、奴隷に労働をさせ、自らは科学・学術に励んだ。
世界のありとあらゆる起源はこのときの古代ギリシャ人が
考えなしたもの」ということになってしまった。

11 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 09:03:05 0
お前は何を言っているんだ

12 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 09:23:21 0
>昔、アリストテレスの書に
>「古代エジプトの有閑貴族たちはその暇をもてあまして
>学術や科学を発展させた」という話があったのだが、

×有閑貴族 ○神官階級
×学術や科学 ○数学

>それを白人が主語の「古代エジプト人」を「古代ギリシャ人」に
>編纂し書き換えた。

誰が?

>で、現在「昔、古代ギリシャ人は世界中に
>植民地を築き、奴隷に労働をさせ、自らは科学・学術に励んだ。
>世界のありとあらゆる起源はこのときの古代ギリシャ人が
>考えなしたもの」ということになってしまった。

「世界のありとあらゆる起源は古代ギリシャ人」って誰が言ってるの?

13 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 11:27:08 0
いつもの嫌白厨だ
相手にするな

14 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 12:24:58 0
マトモな学者も著書もない古代エジプトのほうが遥かに文明としてギリシャに劣る
ファラオ(笑)ツタンカーメン(笑)もうね何もかも胡散臭い

15 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 12:56:23 0
支那が朝鮮に負けるようなものか。

16 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 15:12:23 0
ギリシア人なんて、古代エジプトの神官に馬鹿にされてるだろw
「ギリシアには老人がいない、子供ばっかり」だって

17 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 15:17:08 0
前スレの648レス目までの過去ログ的なもの
http://2chnull.info/r/whis/1281452383/1-648

18 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 15:32:35 0
>>14だから古代エジプトやメソポタミアの学説を「まとめた」奴が
古代ギリシャ人ってだけだろ。おまえみたいな白人至上主義者にとって、
世界史ってのは単調だろうね「古代ギリシャ人という白人が生まれて、
で、世界は古代ギリシャを中心に栄え、遠くになるにしたがって衰えていく」ってな。


19 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 16:05:40 0
>>18
お前の中では古代エジプトは宇宙人とも繋がってた高度文明とか勝手に妄想しているだろうが
現実は何の立証もできないただの妄想
アレだよムー大陸とかあの類と同類(笑)
それ以下でもそれ以上でもないのさ

20 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 16:17:59 0
>>18
>>12はスルーなん?

21 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 16:18:55 0

そりゃアトランティス大陸だろ。
純血種白人が住んでて、そこから
やってきた人類が古代ギリシャ人w
で、超人アレクサンドロスが
世界を征服、すべての土地を
「文明化(ヘレニズム)」したんだってよ。


22 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 16:38:58 0
映画ナイトミュージアムやインディジョーンズでも超常現象が起きれば必ずエジプトが関わるwwあと遊戯王ww
ようするに馬鹿にされてんだよ、オカルトマニアとか三流作家がよく好むんだよね古代エジプト(笑)

23 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 17:29:12 0
インドに関する資料が乏しくて困ってます
グプタ朝、奴隷王朝、ムガル帝国の統治構造、社会構造について詳しい人はいませんか?

24 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 20:50:33 0
中華王朝には、アレクサンドリア図書館のような古代から伝わる図書や現代刊行されてる図書まで、
ありとあらゆる図書を集めた大図書館は無かったんでしょうか?

25 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 21:03:28 0
>>24
四庫全書がそんな感じかなあ

26 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 21:12:01 0
バベルの図書館にまさるものはない。

27 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 21:14:43 0
>>25
四庫全書は図書館とは違うのでは?
どっちかというととてつもなくスケールのでかい全集を立て続けに編纂するみたいな。

28 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 21:20:47 0
でもアレキサンドリア図書館ってそりゃすごい知識があったんだろうな。
焼けちゃったのがもったいなさすぎるわ

29 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 21:23:12 0
>>24
清の雍正帝が仏教の大蔵経事業をやっています。
甘殊爾と丹殊爾の両蔵が揃うことになり、これは木版印刷によるものでした。
チベット仏教の寺院に出版物が配布され図書館網ができたといえましょう。

30 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 21:25:16 0
あれを焼いたキリスト教徒は何考えてたんだろうな?
あの当時の言葉読めたら、アレキサンドリア図書館の全蔵書読破したいわ。
永久に失われた記録や知識に触れたいという欲望は、
歴史やってたら誰でも持つもの。

31 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 21:36:02 0
焼かれて失われた蔵書の中には 

 お尻からカレーライスを食べる方法

  みたいなのもあったんでしょうな。

32 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 21:36:52 0
>>23
俺もまとめるだけの知識はないんですが
サティーシュ・チャンドラの「中世インドの歴史」おすすめです。

33 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 21:37:58 0
アリストテレス全集なんかもあったりしたのかな

34 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 22:02:43 0
>>32
やっぱ学術書になってしまうか
高いなぁ…
なんでインドアラビアって本が少ないんだろう?
西洋と中華は飽きたよ

トン

35 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 22:17:01 0
いまでもさ。
こういう書物があったってコトはわかってるけど実物がないものってあるよね。
アレキサンドリアにはあったんだろうな。

36 :世界@名無史さん:2010/09/10(金) 22:23:24 0
イーリアスの続編のぶぶんとかね

37 :世界@名無史さん:2010/09/11(土) 01:08:41 0
>>10
世界中どこでも支配層がヒマを持て余して、科学だの芸術だの育んできたんだけれど、
日本の封建時代に限っては、支配層の文化って乏しいよな。科学も芸術も商工業者のものだ。

38 :世界@名無史さん:2010/09/11(土) 01:19:58 0
ゆとり世代は日本史が必修ではないことがよく分かる主張だね

39 :世界@名無史さん:2010/09/11(土) 01:59:18 0
平安時代までは基本的に宮廷文化の独壇場でしたな

40 :世界@名無史さん:2010/09/11(土) 02:15:40 O
封建時代というのをなぜか近世以降に限定し、尚且つ町人を商工業者と表現するなら概ねあってるといえなくもないが。
ちゅうか、町人文化は西洋で比較するならパリ市民の台頭などとの間ですべき話題だろう。

41 :世界@名無史さん:2010/09/11(土) 04:09:20 0
むしろ学問も芸術も武士僧侶とか支配層の方が
多いんじゃね。

42 :世界@名無史さん:2010/09/11(土) 05:07:17 0
封建時代というのは鎌倉からでいいよ

43 :世界@名無史さん:2010/09/11(土) 06:17:28 0
>>40
中世前期の鎌倉時代の武士なんて夜盗そのもので、文化には程遠い。
軍記物なんて題材こそ武士の戦闘だけれど、読み聞かせたのは武士ではないし。

安土桃山時代も文化の担い手は、商人や職工。千利休は秀吉なんかに度々呼ばれて茶をたてたけれど、
本業は魚屋だし。

44 :世界@名無史さん:2010/09/11(土) 08:31:05 0
やっぱり科学や数学は白人が起源なのか・・アジア人って頭悪すぎだろ。

45 :世界@名無史さん:2010/09/11(土) 12:41:33 0
>40
37=43であるとするならば「文化」とやらも
かなり限定的のようだが。

46 :世界@名無史さん:2010/09/11(土) 15:42:33 0
趣味で和算や蘭学の研究をしていたお殿様もいるよ
たとえば、幕府で老中も務めた古河藩主土井利位(どいとしつら)は雪の結晶を
顕微鏡で観察し、図に残したことで有名だ

47 :世界@名無史さん:2010/09/11(土) 15:57:54 0
>日本の封建時代に限っては、支配層の文化って乏しいよな。科学も芸術も商工業者のものだ。

田楽法師とか能座とか山水河原者とか遁世者って商工業者なの?

48 :世界@名無史さん:2010/09/11(土) 16:03:35 0
最古のスレが落ちたな・・・

49 :世界@名無史さん:2010/09/11(土) 16:17:20 0
江戸時代以降だよな。町民が文化や科学の担い手に成り得たのは

50 :世界@名無史さん:2010/09/11(土) 16:17:24 0
歴史板では、自分の狭い知識による妄想を事実と断定して自信満々に語る
恥ずかしい知ったかぶりが特に目立つのは何故なのでしょうか…

51 :世界@名無史さん:2010/09/11(土) 16:20:50 0
なに?
おれのことか?

52 :世界@名無史さん:2010/09/11(土) 16:31:54 0
>>50
だからウザがられてもソースは?って聞くべきなんだよ。

この板だとはっきり根拠があって言ってる人は
聞かれると鬼の首取ったかのように嬉々としてソース提示してくるからw
ググレとか言ってくるのは大体根拠ないと思って間違いない。

53 :世界@名無史さん:2010/09/11(土) 16:39:46 0
>>50

 かの魯迅も小説の中で言ってるではないか。

  「思うに歴史に真実は無い。多くののひとそう考えればそこが道になるのだ。」ってね。

    信じる気持ちが共通の歴史認識を生むのだ

54 :世界@名無史さん:2010/09/11(土) 17:02:13 0
>>53
そりゃ中国人の魯迅だからだろw
自分に都合の良い事だけ信じたいという気持ちで歴史を捏造した挙げ句
相手にまで自分の歴史認識を共通の物にしろと要求して来る

55 :世界@名無史さん:2010/09/11(土) 19:30:25 0
同性愛者同志の恋人の絆を士気を高めるために使った軍隊としては、
古代ギリシャのスパルタやテーバイが有名ですが、
日本や中国、インド、東南アジア、ローマ等、
他の同性愛に寛容だった文化圏でも同様の試みが行われた事はあったのでしょうか?

56 :世界@名無史さん:2010/09/11(土) 20:19:45 0
>>46
ソロバンがあるから計算は比較的楽だったと思うけど
筆算を漢数字で表現して暗算でやろうとしたら大変だろうな
それと徳川時代にはゼロの概念が入っていたのかな
徳川時代の学者で大乗仏教非仏説を唱えた学者がいたが、
それくらいお経を学問的に研究していたのだったら
般若心経の色即是空、空即是色の「空」はゼロだと認識しても良かった
ような気がするのだが、もし徳川時代あたりから「空」をゼロと認識
していたらかなり日本の数学の発展が違っていたと思うのだが、
同じことは中国にも言えて、三蔵法師の時代にゼロの概念が中国に
入っていたら、「空」をゼロと訳していたのではないかな
そうしたら、その後の中国の歴史は相当変わっていたのではないかな
宋代には完全に近代社会の資本主義社会になっていたかもしれない。

57 :世界@名無史さん:2010/09/11(土) 21:47:39 0
>>56
ゼロの概念がなけりゃ、「桁」なんて単語があろうはずなかろうて。
ついでに、ソロバンは、演算装置ではなくて、記憶装置な。ソロバン使っても計算そのものは人の頭がやってる。

58 :世界@名無史さん:2010/09/11(土) 22:49:01 0
空はゼロじゃないよ〜
無がゼロなんだよ〜
空は無ではなくゼロでもない。
でないと色即是空ってな話にはならないからね。

59 :世界@名無史さん:2010/09/11(土) 22:59:17 0
>>57
「桁」は中国でもかなり早くからでていて、位取り記数法がわかっていた
みたいだし、
分度器の0度みたいな起点の概念もあったみたいだが、
プラス・マイナスゼロ、X軸Y軸の座標軸のゼロの概念はどうだったんだろう
ちなみにヨーロッパでは最初にマイナス数字が出たときは
「イカサマだ」との声が上がったらしいから

60 :世界@名無史さん:2010/09/11(土) 23:19:16 0
空とは物質が拡散して非常に疎なじょうたいであるが無ではない。

61 :世界@名無史さん:2010/09/11(土) 23:34:44 0
般若心経を日本人の坊さんが英語に訳す時、
めんどくさくなったのか
スカイ・イズ・ブルー  ブルー・イズ・スカイと訳したらしいなww

62 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 00:21:52 0
All is vanity

63 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 01:37:15 0
哲学の分野でもそうな気がするけど、
以前から知られていた筈の現象や自称、観念なんかが
その哲学者が改めて書き出すことによって、なるほど!腑に落ちた!みたいなのがあるよな。

ゼロに関係して。

64 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 06:13:46 0
>>59
ゼロがイカサマなら、虚数は・・・

65 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 06:42:22 0
訂正

マイナスがイカサマなら、虚数は・・・

66 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 09:21:19 0
「これもアイ あれもアイ たぶんアイ きっとアイ」

67 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 10:02:40 0
>>64
これはニュートンで書いていたが、
虚数を発明したイタリア人は「これは詭弁だな」と書き残したそうだww
ただ、数学と技術が進化して、交流モーターが発明されて
虚数を使って計算するようになると
ひょっとして虚数世界が本当にあるのでは?と
ホーキング博士は言っている。

68 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 10:03:40 P
>>61
般若心経を英訳するならラッパーにライムさせたほうがいいんじゃなかろうか

69 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 11:44:31 0
All is vanity. ではないよ。

 色即是空、 空即是色ってのは虚無的な概念ではない。
 むしろエネルギーがさまざまな形をとりながら変動しているんだっていう現代の科学に通じる概念をおしゃかさまが認識してたって話

70 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 14:59:49 0
>>61
般若心経は梵文が残ってるんだから、んなもの、インド人のちょっとした知識人かイギリス人のインド古文書研究家かが
が訳せば正確だろ。

71 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 15:13:34 0
>>61
インド人もビックリだな

72 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 17:20:02 0
>イギリス人のインド古文書研究家

そんな人いるの?

73 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 17:58:33 0
>>72
サンスクリットとかのインド古代言語の研究はイギリスが中心地だよ。

74 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 18:05:00 0
ちゅうか、過去にはその道では有名どころか、中国差し置いて第一人者だった、中国の科学史専門な学者もいたわけで。>イギリスの学者
連中、どこでも研究するよw

75 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 18:06:47 0
そもそも、中国人の資質や中国の文化・社会風土が学問には向いていないだろ。

76 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 18:44:08 0
>>72
インドは大英帝国時代の最も重要な植民地だったんだから、支配のためにも
現地の文化や歴史を研究するのは当然だろ

77 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 18:58:21 0
支配のために役立つかどうかは知らんが
文化や博物研究は英国は熱心だぞ昔から

78 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 19:36:07 0
比較言語学の始祖はイギリス人ウイリアム・ジョーンズ
インド滞在中にサンスクリットに触れ、ヨーロッパの諸言語との類似に着目。
帰国後の講演会で英語・ドイツ語・ラテン語・ギリシア語などの欧州諸言語と
インド・イランの諸言語が「共通の祖先を持つ」という仮説を発表。
ただしその後の比較言語学を発展させたのはボップやグリムや青年文法学派などのドイツの学者が多い。
ロマン主義の勃興と時を同じくして「アーリア人」像に迫った。

79 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 21:02:30 0
カナダやオーストラリアや南アフリカなどの欧州から遠く離れたイギリスの植民地は、
第一次世界大戦中は兵を欧州戦線に送ったりしてたのでしょうか?

80 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 21:48:24 0
はい。おくってました。

81 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 22:10:54 0
新大陸で王政や帝政が結局根付かなかったのは何ででしょう?
移民国家と言ってもブリテン島のばあいだと
アングロサクソンもノルド人もノルマン人も移民後に王朝を立てていて
それぞれ根付いて続いた印象があるのですが

82 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 22:19:14 0
新大陸諸国の独立の思想的背景になったのが、民主主義、共和制だったから

83 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 22:21:41 0
モンゴル帝国の皇帝の中で一代で最も領土を拡大したのはだれですか?

84 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 22:22:43 0
久々に世界史板に来たけど、なんでこんなにスレ減ったの?
スレの書き込みも少ないし、1回全部消えたの?

85 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 22:28:06 0
19 :世界@名無史さん:2010/09/11(土) 19:35:03 0
純血種白人、アレクサンドロス三世の秘話
1、生まれた瞬間に立ち上がり、天と地を指し「天上天下俺が最強」と発言
2、1の直後に7歩直立歩行、部下が「どこまで行かれるのですか」とあわてて停止
3、2歳にして家庭教師を真っ二つ、そのとき「問題解決はこうやるものだ」と
  言ったことは余りにも有名
4、4歳ころアリストテレスとソクラテスとプラトンとニュートンに師事、
  そのときの偏差値は100を楽に超えていたという
5、7歳にして六カ国語を完全に習得、後のマルチリンガルの起源である
6、初めての遠征で行く先々戦争で勝利を収め、イスラム教徒や始皇帝は 
  彼の軍隊を歓迎、この働きに天国のヒトラーも思わず「イエス」
7、北米大陸まで言ったところで部下が帰りたいを連発、ネイティブアメリカンに
  数学の知識を授け帰還
8、エジプトで没。わずか10歳でこの快挙はチンギスハンもびっくり
9、彼の功績は世界のありとあらゆる起源となる
10、ちなみに彼の直系子孫はイギリス人とドイツ人王室


86 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 22:29:12 0
>>84
>>5を読め

87 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 22:43:25 0
>>83
面積ではオゴタイかな
文明地域を最も多く征服したのはモンケ

88 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 22:49:23 0
>>81
そもそ、も故地の政治制度とか慣習とかとソリの合わない人たちが最初に出て行って
行った先の雰囲気を作るから、故地とはおよそ違う政治制度とか作ってしまうものだよ。

古代ギリシャの殖民都市でも、母体の都市が世襲王政なら殖民先が共和制とか選挙王政、
共和制のとところから別れ出たら世襲王政、重農主義のところが母都市なら出先は通商が
優先の経済とか。

そりゃ、アングロ人とかノルマン人が移動してまわった時代は、中世の前半。共和制や合議制
から王政に移る時代で、ローマ風の共和制やゲルマン風の合議制・選挙王政がイヤで
取った土地は俺のもの俺様が王様、みたいな人が盛んに出て行っては国をつくったから、
そりゃ世襲王政になる。

17世紀以降というのは、王様の権威とか政治的正統性とかのが揺らいでくる時期だ。
王様をトッ捕まえて首なんか刎ねてしまえ、というようなこともしばしば起こっている。
そういう潮流の中で、王様とか廷臣貴族とかの支配がイヤで真っ先に出て行った人たちの作った
社会が新大陸なものだから、王様を据えようなんて思いもよらなわな。



89 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 22:52:27 0
>>87大きさとしてどのくらいの面積なのでしょうか?5万平方キロくらい?

90 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 22:58:51 0
オゴタイ以降のモンゴルと言ってもバラバラに分裂して統一国家ではないからね

91 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 23:20:56 0
5万平方kmて…ちょうど日本の中国四国地方がそのぐらいだな
現代のモンゴル国(外蒙古)ですら156.5万もあるのに

92 :世界@名無史さん:2010/09/13(月) 00:04:42 0
モンゴル帝国は「もともと」統一国家ではない
自治権を持つ部族集団(ウルス)を率いた族長・国王(カン)が寄り集まった一種の連邦
盟主・宗主たるカアン(皇帝)は一人だけで、大会議クリルタイによりチンギスの子孫から選出された

93 :世界@名無史さん:2010/09/13(月) 03:38:26 0
http://dic.nicovideo.jp/a/%E7%9A%87%E5%B8%9D

皇帝の帝冠を手にするには実は結構面倒な決まりがあり、
現在皇帝になるのはほぼ不可能に近い。
皇帝になるには『別の皇帝若しくは同程度の権威の承認が必要』であるためである。
現在承認が行えるのは帝位を返上した形となっている英国エリザベス女王、
ローマ帝冠を与えられる存在のローマ教皇(法王)、
現在外交上唯一の皇帝として扱われる日本国天皇の三者のみである。

教皇は帝位を与える側なので皇帝となることは出来ない。
というか、考えとしては皇帝が地上権力ならば
教皇は天上権威というかたちである。

日本の天皇は一時期まで王侯扱いだったが、
日英同盟の際にムガール帝国の皇帝位を得ていた英国が
対等な立場での同盟国としてお互いを皇帝としたため、
そのときの扱いが今も生きている。

ちなみにアジア圏、特に中華文明の影響圏では
王は『中華皇帝より授かった王位』扱いだったため、
独立国と称するには『帝国』を称しなければならなかったらしい。


この記述って本当ですか?

94 :世界@名無史さん:2010/09/13(月) 04:39:39 0
それを裏打ちする権勢をもって自称すれば皇帝なんて簡単になれる
例えばアメリカや中国がなんらかの政変によって国家体制を変え
大統領や中国国家主席が皇帝を名乗れば、それはまったく異論の挟みようもない皇帝だな
米大統領の場合は別に自称しなくとも、終身制にさえなれば元首政時代のローマ皇帝そのものだ

95 :世界@名無史さん:2010/09/13(月) 05:20:14 0
ローマ皇帝は終身制ではなく任期10年だと何度言ったら・・・

96 :世界@名無史さん:2010/09/13(月) 05:31:26 0
モンゴルとトルコは同じ民族から分かれたの?

97 :世界@名無史さん:2010/09/13(月) 06:47:23 0
>>93
中央アフリカ共和国なんていう弱小国のボカサでさえ、皇帝を称したぞ
在位1976〜1979
十分、「現代」の皇帝と言えると思うが、別に彼は、エリザベス女王やローマ教皇パウロ6世や
昭和天皇から帝位を与えられたわけじゃないぞ
もちろん、その期間は、国名は「中央アフリカ帝国」に改称された
その国名は、国際的にも承認されて使われていたのだから、ボカサは皇帝として認められて
いたと言っていいだろう

98 :世界@名無史さん:2010/09/13(月) 09:27:16 0
ローマ皇帝は、軍隊が推薦し、元老院が承認し、国民の前で就任宣誓をする、
というのが基本的な就任手続きであって、他国の承認なんて別に必要ない。

99 :世界@名無史さん:2010/09/13(月) 11:09:30 0
>>93
日英同盟あたりが間違いで、それ以外は大体あってる。

ただ、帝位は与られるのでなくて自ら主張し、周辺から否定されないという消極的な形での承認だ。
否定するにもしても、韓国のやってるような、東亜日報が「日王」と書いたり、格下の元首が上座に先に坐ったり
するようなものではダメで、戦争なんかして力づくでやるようなものだ。

実質的に今の外交体制となった、ウェストファリア条約以降は、王も大公も皇帝も実質的に等位だ。
明治の頭に、箸漢字圏の感覚で、皇帝(imperatorstとかcaiserとか)のところとと、元首が王(kingとかrexとか)の
ところと儀礼上の差異をつけて、失笑を買ったりしている。


100 :世界@名無史さん:2010/09/13(月) 11:50:02 0
>>95
それ誰の電波?

101 :世界@名無史さん:2010/09/13(月) 11:50:18 0
>>18
「ギリシャ人が全ての起源」は許せないが「エジプトが全ての起源」ならOKなのかw
ただのレイシストだなw

102 :世界@名無史さん:2010/09/13(月) 12:48:36 0
>>100 羅馬帝國衰亡史

103 :世界@名無史さん:2010/09/13(月) 13:12:59 0
ローマ皇帝はそもそも単独の法的定義を持たないから、
任期なんてもんがあるわきゃないんだけどなあ
ローマ皇帝を構成する要素のうち任期がつくのは執政官の1年のみだし
これは事実上は自動的に連続再選されるものだし
10年なんて期限がどこから出てきたやら

104 :世界@名無史さん:2010/09/13(月) 20:48:15 0
皇帝と言えば、ブラジル帝国は母体がポルトガル王国の亡命政権なのに、
なんで本国よりでしゃばって帝国名乗っちゃってんの?
この皇位は自称?それとも教皇が認めた正式な皇位?

105 :世界@名無史さん:2010/09/13(月) 20:52:43 0
単純にナポレオンの真似だろ。
ナポレオンという前例ができたから、もう名乗ったもの勝ちだし。

106 :世界@名無史さん:2010/09/13(月) 21:17:46 0
ナポレオンも一応教皇呼んでるんだが。
自分で戴冠してるけど。

107 :世界@名無史さん:2010/09/13(月) 21:28:57 0
まあ、ナポレオンが皇帝を称したから、「あ、皇帝って勝手に名乗っていいんだ」って
雰囲気になったってのはあるな
同じ年に、すでに実質的に「神聖ローマ帝国皇帝」の権威を失っていたフランツ2世が
「オーストリア皇帝」フランツ1世を称したのも、それがあったからだし

108 :世界@名無史さん:2010/09/13(月) 21:37:52 0
オーストリア皇帝って自称なん?
ハプスブルグともあろう者が教皇を無視して勝手に皇帝名乗るとも思えないんだけど

109 :世界@名無史さん:2010/09/13(月) 21:59:42 0
オーストリアの場合、歴史的に教皇とのつながりの深い「神聖ローマ皇帝」の位を返上してるやろ
まあ16世紀以後は教皇から戴冠されるなんて儀式はやってなかったが

110 :世界@名無史さん:2010/09/13(月) 21:59:47 0
>>106
ただ、もはやローマ帝国の後継としての帝位じゃないのは確かだ罠。
完全に体をなしていなかったとはいえ、一応まだ神聖ローマ帝国があるのだし。

んで、その神聖ローマ帝国のほうは>>107という状況。

111 :世界@名無史さん:2010/09/13(月) 22:12:17 0
皇帝位の安売りをしたナポレオンは許せんな

112 :世界@名無史さん:2010/09/13(月) 22:27:44 0
安売りじゃねぇよ。実力主義だ。古代(春秋戦国)の中国でも周しか名乗れない筈の王号を辺境の呉や楚が
名乗りだすとだんだん他の国も真似するし、ついには秦と斉がそれぞれ西帝、東帝を名乗るまでになる。

113 :世界@名無史さん:2010/09/13(月) 22:40:56 0
へいへい安いよ安いよ〜おうあんちゃん、なんかこうていきやー

とか思いついた俺は黙っていた方がいいっすかね?

114 :ど〜でもいいけど:2010/09/13(月) 22:42:41 0
>>98
> ローマ皇帝は、軍隊が推薦し、
これは、ローマの歴史の中では特定の期間の話でしょう。形式的には元老院
に指名され、市民の歓呼を受けて承認されるのが基本で、キリスト教が国教
になって以降は、さらに教皇等の祝福を受けるというパターンです。
ビザンツ帝国、東ローマ帝国でも延々とこのスタイルが踏襲されていました。
但し、歓呼で承認するローマ市民は役職として任命された人々が勤めたよう
ですが。

西欧の皇帝の話題になると、ローマ教皇によって戴冠されなければ皇帝じゃ
ないように勘違いしている人が湧いてきますが、元々の必須要件じゃないで
すよ。
ローマの初代皇帝は別にキリスト教ともローマ教皇とも特に関係ないです。

115 :世界@名無史さん:2010/09/13(月) 22:48:51 0
まあ、最高の位ってのはどうしても、時の流れによって価値が下がるって意味では、>>113が言っている
ことも、もあながち間違っているとは言えないな
本来、中華にただ1人であるべき「王」の価値が下がって、あちこちに王が乱立したからこそ、始皇帝は
「皇帝」を称したのに、その中華でただ1人であるべき皇帝も、前漢・新の後に乱立し、後漢の後に至って
は三国それぞれに正規の皇帝がいるという有様だ

116 :ど〜でもいいけど:2010/09/13(月) 22:55:20 0
>>111
そもそも、王と違って(西欧的)皇帝というのは、本来は征服者として
覇権を得た国が帝国となり、そのトップが皇帝となるのが筋で、権威
がどうのということじゃないですね。
王家は血筋が大切ですが、皇帝は国の覇権の有無が問題です。インペ
リウムという語が帝国という意味を持つに至ったのは、指揮権という
意味からさらに周辺国に対する指導権という意味に拡大したことが元
だったわけですから。
ナポレオンの場合は、ヨーロッパをほぼ征服して帝国を形成したわけ
で、議会の指名と国民の歓呼、ローマ教皇の祝福と古式に則って戴冠
したけれど、大切なのは実質のほうでしょう。
中華風に覇権国の主は皇帝の名にふさわしくない、なんて話はないで
よ。あれは、覇王は正統な王ではないという儒教的な発想を拡大した
変な理屈ですから。

117 :世界@名無史さん:2010/09/13(月) 23:05:25 0
>>111
非限定戦争と国民徴兵を世界中にばら撒いた点では
ローマのホモ皇帝やオーストリアの絵描きさんが及びも付かない極悪人だと思うんだ

118 :世界@名無史さん:2010/09/13(月) 23:13:46 0
制限つきの戦争から総力戦に転じる流れは歴史がくり返す周期運動だから
ナポレオン個人が悪いとも言えない
戦争による過度の損耗で生じる諸々の不都合から作法が発展し、
やがて勝てばなんでもいいという輩が現れて戦場を覆す

119 :113:2010/09/13(月) 23:14:14 0
>>115
兄貴、俺は>>111のレスをみて脊髄反射でダジャレ思いついただけのしがないバカでやんす。
そんな深謀遠慮はございませぬ。

120 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 01:17:15 0
ナポレオンのロシア遠征で首都サンクトペテルブルグでなく
モスクワ攻略がフランス軍の大方針だったのは何故?

121 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 01:53:34 0
別にペテルブルクやモスクワが目標だったのではない。
「ロシア軍の主力を撃滅すること」が目的だったのだが、
そいつらがモスクワまで後退したので、うかうかと追撃していったらああなった。
ペテルブルクを攻めに行くと、そのロシア軍に退路を絶たれる。

122 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 02:13:31 0
ロシア最強の将軍冬将軍が負けたことってあるの?

123 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 02:22:04 0
モンゴル襲来時。

124 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 03:39:07 0
黒溝台会戦で負けてる

125 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 03:41:51 0
毎年、ニュースウオッチ9の春ちゃんに負けてる

126 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 03:42:58 0
>>125
ざぶとん一枚!

127 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 08:26:01 0
>>103
たしか、アウグストゥスが10年ごとに退位して改めて皇帝就任をしたんじゃなかったかな。
初代がやったことが慣例となって以後継続。
ただし10年を超える皇帝はめったにないけど。
ディオクレティアヌスは2度目の退位で引退した殆ど唯一の例。

128 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 09:06:31 0
10年は多分護民官職権の更新のことを言ってるんだろうが
これが切れたタイミングでやめた皇帝なんざいないから皇帝は終身と考える方が自然
辞める辞めない関係なく更新の部分を重視するにしても1年更新の執政官があるから10年ごとを云々する意味が分からん

129 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 10:38:37 0
そうか。任期は1年なのか。

130 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 12:42:25 0
護民官特権の期限も1年
アウグストゥスが10年ごとって、そんなことしてないし
大体「何に対して」職を辞したんだ?
アウグストゥスの時代に「皇帝」なんてもんはないんだぞ

131 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 14:01:46 0
「ローマ皇帝」という官職や位階は、公式には存在しない。
アウグストゥス(尊厳者)、カエサル、インペラトール(最高司令官)、プリンケプス(第一人者)の称号を持ち、
執政官ないし執政官命令権によって本国イタリアでの政務官任命権を持ち、
プロコンスル命令権によって皇帝属州の総督任命権を持ち、
護民官特権によって身体上の不可侵権、平民会の召集権、あらゆる行政的な決定・提案に対する拒否権を持ち、
最高神祇官としてすべての神官の上に立つ権威を有する。

名目上は一人のローマ市民である人物が、これだけの称号や特権や権威を一人で兼任しているだけだ。
また執政官という職務についていなくても、その権限は彼も有していることになる。

132 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 14:28:49 0
>>127
いったいどこでそんなデマ聞いたの?

133 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 14:30:19 0
>>131
>最高神祇官としてすべての神官の上に立つ権威を有する。

神官というのは知らなかったな
ギリシャの神官系ですか

キリスト教国教後はどうしたのでしょう

134 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 14:43:53 O
あ、質問
皇帝って称号がないのは分かったんだけど、皇帝属州はどの権限に依るもの?

135 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 15:21:58 0
権限は元々元老院の物。
元老院が皇帝属州に関しては永続的にプロコンスル権限を持つという法律を作った。
元老院の作った法律により、皇帝は永続的に総督を選ぶ事になっただけだから、
本来の権限で言えば共和国時代と変わりなく元老院。

136 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 16:10:06 O
ありがとうございます
ところで当時皇帝って称号がなかった以上皇帝属州も現在の便宜上の事だと思うんですがその辺当時はなんて言ってたんですかね
つまり、書類上で元老院属州との区別を付ける名称があったのかが知りたいです

137 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 17:19:35 0
Augutus Caesarは称号ではないの?

138 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 17:24:03 0
>>133
グラティアヌス以降は就任しなくなった
逆に言えば、キリスト教化以後も、それまでは皇帝はローマの最高神祇官だった

139 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 18:59:30 O
>>137
どの称号での管轄なのかなって聞きたいのです、すいません
「皇帝」の部分はインペラトルなのかカエサルなのか…

140 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 19:14:35 0
サラエボでオーストリアの皇太子が殺されたんだけど

結局あれってやられ損なの?

一応セルビア人に謝ってもらったのかな?

オーストリアは敗戦国だからちょっときになって

141 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 20:39:25 0
半島の歴史(概略)

@箕子、衛氏、高句麗、百済、新羅
A任那滅亡、新羅統一、王位争奪激化
B長安国、後百済国、摩震国、高麗統一、契丹に服属、金に服属
C武家政権、崔氏独裁、モンゴルに服属、日本遠征、李氏朝鮮、倭寇
D秀吉侵略、清に服属、キリスト教の布教
E朝鮮開国、日韓併合、朝鮮戦争
F南北分裂

遊牧民・北東アジアの歴史(概略)

@スキタイ・匈奴分裂・鮮卑・柔然・突厥・高句麗
A突厥分裂・吐蕃・ウイグル・震国・渤海
Bキルギス・吐蕃・契丹・遼・西夏・金
Cモンゴル・チベット・元・北元・韃靼
Dロシア・後金・清・ジュンガル併合
Eロシア・中華民国・ソビエト・外蒙古・満州国
F北方領土侵攻・満州・新疆・チベット併合

支那の歴史(概略)

@商・殷・周・秦・楚・漢・三国・西晋・五胡十六国・東晋
A北魏・南朝・隋・唐・安史の乱
B両税法・節度使・五代十国・北宋
C金・南宋・元・明・鄭和・土木の変
D北虜南倭・朝鮮を救援・明滅亡・康熙帝・アヘン戦争・太平天国の乱
E台湾問題、清仏戦争、日清戦争、孫文、日中戦争(日本切腹中国介錯)
F毛沢東統一、チベット侵攻、文化大革命、四つの現代化

142 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 20:40:25 0
西国の歴史(概略)

@出雲・吉備・半島南部支配・磐井の乱・宇佐八幡
A隼人の服属・白村江の敗北・大宰府・遣隋使・大隈設置・南洋諸島の服属
B遣唐使・藤原純友の乱・日宋貿易・平氏の滅亡
C元寇・倭寇・勘合貿易・長門探題・鎮西探題・懐良親王・
寧波の乱・山名氏・大内氏・大友氏・島津氏・琉球
D南蛮貿易・毛利氏・キリシタン・天草の乱・長崎出島・朝鮮通信使・琉球服属
E生麦事件、薩長同盟、西南戦争、台湾出兵、日韓併合、満州建国
F大陸帰還、沖縄返還、日米同盟、米軍基地問題

東国の歴史(概略)

@諏訪神社・ヤマトタケル・毛野国
A足利荘・新田荘
B平将門の乱・武士の登場・鎌倉幕府・比企氏滅亡・畠山重忠敗死・和田義盛敗死
C承久の乱・宝治合戦・霜月騒動・頼綱の乱・北条氏滅亡・鎌倉公方・堀越公方・古河公方・後北条氏
D甲相駿三国同盟・北条征伐・江戸幕府・東廻り航路・五街道・株仲間・貨幣鋳造
E水戸天狗党・江戸開城・天皇東遷・関東大震災・東京大空襲
F米軍進駐・安保闘争・高度経済成長・バブル景気・平成不況

奥州の歴史(概略)

@後縄文
A蝦夷の服属・シ亭足柵・磐舟柵・阿倍比羅夫・出羽国設置・多賀城・秋田城
B坂上田村麻呂・胆沢城・志波城・文室綿麻呂・藤原保則・前九年
後三年の役・奥州藤原氏滅亡
C高氏出征・北畠顕家・伊達氏最上氏南部氏津軽氏など諸族
D奥州征伐・奥の細道・韃靼貿易・アイヌの反乱・ロシアの接近
E戊辰戦争・北海道設置・千島樺太交換・シベリア出兵
Fロシア侵攻・シベリア抑留・北方領土問題

143 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 20:44:26 0
毛野の毛ってのは稲とか麦のことだよな。

144 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 20:50:18 0
畿内の歴史(概略)

@天地開闢、天孫降臨、神武東征、崇神統一、応神八幡神格化、継体即位
A仏教伝来、大化の改新、壬申の乱、大仏建立、恵美押勝の乱
B平安遷都、摂関政治、源氏物語、僧兵、院政
C六波羅探題・南北朝・後南朝・一揆・応仁の乱・信長入京
D大阪夏の陣・商都大阪・西廻り航路・後水尾天皇・光格天皇
E尊皇攘夷・天皇東遷・琵琶湖疎水
F日本共産党・同和問題・新幹線・大阪万博

日本の歴史(概略)

@天地開闢、天孫降臨、神武東征、崇神統一、応神八幡神格化、継体即位
A仏教伝来、半島から撤退、壬申の乱、大仏建立、恵美押勝の乱
B平安遷都、摂関政治、荘園制度、僧兵、院政、武士登場
C承久の乱、元寇、建武悪政、徳政一揆、戦国時代
D鉄砲伝来(日欧交流)、江戸開府、元禄化政、黒船
E明治維新、日清戦争、日露戦争、日中戦争(日本切腹中国介錯)
Fアメリカが日本を占領するも、日本は史上空前の繁栄を迎えた。
(現在失われた30年にむかってるがorz)

日本(西国・畿内・東国・奥州)・華北華南半島・遊牧民の歴史を関連付けて
説明できないかと思って羅列してみたけど、どうも無学で。
恵美押勝の乱と安史の乱との同時代性とかみたいに、どんどん関連付けられたら面白いんだけど。
新羅後期の3国時代ってなにそれ?みたいに、軽々しく言えることじゃないんだけど。
高校の歴史資料集くらいじゃ、
奥州の歴史とか、反乱以外ほとんど記述がなかったり、
東国の歴史も武士が登場するまで記述がなかったり、
とりあえずお手上げ。

145 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 20:57:03 0
ここは、質問スレッドです……

まぁ、面白そうな話ではあるから雑談スレとか建ててやったらどう?

146 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 21:02:52 0
チェコとスロバキアの分離は円満に終わったのに、
ユーゴスラビアの分離はもつれにもつれて内戦にまで発展しました。
どちらも第一次世界大戦で生まれた人工国家なのに、
何がこの明暗を分けたのでしょう?

147 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 21:16:30 0

チェコ;チェコ人が90.4%である。さらに、モラヴィア人が3.7%である。
少数民族としては、スロバキア人が1.9%、ポーランド人が0.5%、ドイツ人が0.4%、
シレジア人が0.1%、マジャル人が0.1%、ロマが0.1%である。
スロバキア:2001年の国勢調査による民族構成は、スロバキア人が85.8%、マジャル人が9.7%、
ロマが1.7%、チェック人が0.8%である。
この他に、チェック人ではなくモラヴィア人、シレジア人としてのメンタリティを持っているもの、
ルテニア人・ウクライナ人、ドイツ人、ポーランド人、クロアチア人がいるがその総数は凡そ2%である。

 国家内の民族構成が見事じゃないか。
 入り組んでなくてチェコ人ばっかのとこと スロバキア人ばっかのとこで 二つに分離したんだよ


ユーゴはそうじゃなかったわな。
民族が移住政策とかで居住地がいりくんでたから分離するときの国境線の引き方で大もめしたんだろ。

148 :チョコ:2010/09/14(火) 21:36:10 0
自分は商業高校に通っています。
受験する大学の専門高校入試制度が、「センター試験で簿記と、もう1科目
を自由に選ぶ」という内容です。
そこで、自分は、世界史を受験しようと考えています。
学校では世界史Aをやっていますが、正直ほとんど授業が進んでおらず、
おおげさですが、やっていないに等しい状況です。
なので、平均点が高い世界史Bを受験した方がいいか迷っています。


ちなみに、先ほども書いたように自分は、2教科しか、受験しないので、
AかBどちらか決まれば、センター試験までの残りの時間のほとんどを世界史
につぎ込むことができます。
それを踏まえてどちらを受験した方がいいでしょうか?
なるべく、多くの皆さんの意見を聞かせて下さい。
長くなりましたが、ヨロシクおねがいします。


149 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 21:50:50 0
>>143
古代の大和朝廷側は、東国の人間を毛深い異民族と見ていたからだよ
478年の倭王武(雄略天皇)が宋に遣使した上表文の中に「東は毛人を征する」という記述がある
この場合の「毛」が稲や麦の意味であるはずがない
ひょっとすると、縄文民族の末裔が、獣皮を衣料にも活用していたのを見て、毛皮を着ている
連中という意味で毛人と言ったのかもしれないが、いずれにせよ、東国の民を侮蔑的な意味を
込め、征服の対象として毛人と呼んでいたのだ
それで、関東地方で比較的早く発展した、今の群馬・栃木あたりは、古代には「毛の国」と呼ばれ、
それが後に、上つ毛の国=上野国と、下つ毛の国=下野国に分割された

150 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 22:21:58 0
>>148
「センター試験 世界史aとbの違い」でぐぐってみな

151 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 22:43:44 0
総合的に受験を考えるなら専門の板行った方が良い気がするが、もしかして落ちてる?

152 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 22:47:40 0
>>138
ありがとうございます。

153 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 22:49:57 0
>>147
逆に考えれば、これだけきれいに主要構成民族が違う二つの地域がよく80年以上一つの国としてやってこれたな。

154 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 22:53:05 0
言葉は通じないわ習慣は違うわというアルバニア人がいない。
そこがユーゴとの違いかもしれん。

155 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 23:21:34 0
最高神祇官は今はローマ教皇の称号になっとる

156 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 23:30:31 0
>>155
へえ、キリスト教なのに、異教の位も兼ねるか。
今の日本で、仏教宗派のトップが、神主を兼ねるようなものですね。

157 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 23:56:06 0
最高神祇官というのは日本語訳で、ラテン語ではPontifex Maximus。
Pontifexとは神官だが、字義通りだと「(神々とこの世の)橋(pont)を架ける人」。
古代ローマには専門の聖職者階級が存在せず、神官といっても政務官の中から選挙でなるもので、
祭礼のときに供物や祝詞を上げたりする程度の役目だった。
それでも宗教的権威はあったし、最高神祇官は終身職だった(もともと王がやってた)ので、カエサルは立候補して当選した。
アウグストゥスや歴代の皇帝もこれを受け継ぎ、自分の権威づけに利用した。

ローマがキリスト教化すると、Pontifexはキリスト教の司教を指す言葉にもなり、
のちにローマ司教(教皇)がその長であるということでPontifex Maximusを名乗った。
無数にいたローマの「神祇」はキリスト教の「神」だけになったのだから、
最高神祇官を教皇が号してもおかしくはないし、かつてのローマ帝国の威光を借りて権威づけにもなる。

158 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 00:16:05 0
禿のカエサルが美の神の子孫を名乗ってた訳だし、
最初はキリスト教なんて辺境の宗教の新しい分派に過ぎなかったからな。
神と言うのは都市毎に守護神がいるわけで、ユダヤ教だって元々は多神教だった。

159 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 01:40:39 0
ユーゴスラビアは民族浄化をしようとした。
チェコとスロバキアは単にそれまでの国境線を境に別れただけ。

160 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 02:34:40 0
民族浄化は、ユーゴ崩壊以後だろ

161 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 02:41:06 0
>>160
WW2でもやってる。

162 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 02:43:20 0
>>153
もっと数の多い中国だって一応まとまってるじゃん。
結局自分や周りがどう思ってるかなんじゃね。

163 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 04:14:34 0
>>161
WW2の時点では、ユーゴスラヴィアという国家は存在していない
この話題は、>>159の>ユーゴスラビアは民族浄化をしようとした。
から始まっているわけだが、存在していない国家がどうして民族浄化をすることができるのだ?

164 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 04:16:32 0
あそこは全人口の94%が「漢族」ってことになってるしなぁ…

165 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 07:35:23 0
少数民族特権を捨てれば、誰でも漢族に転換できちゃうからな。
タイも同じ方式だ。だれでもタイ族に転換できてしまう。
モンゴルも同じ。だれでもハルハ族に転換できてしまう。
東アジアの民族名は、宗教か言語での括りなので、ルーツの違う者でも同じ民族名。
ルーツが同じであっても宗教や言語が違えば違う民族名になるので、民族意識は欧州とは違う形になる。

166 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 07:59:56 0
漢語も梵語も流入していないウイグル語を使っていて
遊牧もやらずオアシス都市に引きこもっていると、本当の「異民族」になってしまうのが中国。

167 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 09:08:58 0
WW2の時点では、ユーゴスラヴィアという国家は存在していない キリッ!

夏はまだ続いてるのか

168 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 10:35:58 0
>>149
今ではもう語源が判らない、ケノとかキヌとかいう部族が住んでいたんだろう。
ケノをあてて毛野、キヌをあてて鬼怒川の鬼怒だ。

169 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 10:43:36 0
>>153
合邦以前のスコットランドとか、
今のベルギーとか、スイスとか。

きっちり分かれているというのとはちょっと意味合いがちがってくるが、フィンランド領オーランドは、
住んでるのはスウェーデン語を喋る住民ばかりで、フィンランドは独立したいならしてもいいし、
スウェーデンに帰属変更してもかまわないと言ってるのだが、フィンランド国の自治領として居座り
つづけている。

170 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 11:24:19 0
>>159
いや、ビロード革命でも、もとの境界に接している自治体では、どっちに入るか住民投票して国境線引きなおしているよ。
農地・山林なんかは持ち主が一続きの土地を向こう側にもっていたりすると、持ち主で帰属を決めたりしているし。

それまで同等の地位だったものが、冷戦終結以降、チェコ語には訳されても人口の比較的少ないスロバキア語には
訳されない書物・映像の割合が増えて文化格差が広がった、結構な割合でチェコ語が解って読み書きはチェコ語で
やるというスロバキア人もいて、経済的に豊かなチェコ側に随分と土地や人口がもっていかれたそうだ。

171 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 11:31:25 0
>>164
残りの5〜6%も少数民族優遇政策のためクオーター程度でも非漢族で申告している者がかなりいる。
漢化の時期が古すぎて証拠もないから仕方なく漢族を名乗る者もいる。
蒙古族500万に対していくら混血が進んだからって満族2000万って多すぎだろwっていう。
>>165
トルコにはギリシア語・キリスト教徒のギリシア人とトルコ語・イスラム教徒のトルコ人で
スイッチング可能な者がうじゃうじゃいる。トルコ人とクルド人の間も同様。東アジアだけの話ではない。

中国の裕固族はチュルク系言語のサリグ・ヨグルとモンゴル系言語のシラ・ユグルに分かれるが
両者はルーツ・宗教・伝統・習俗を共有し、通婚関係も保っている。

中国では固有の言語を持たずにムスリムなら回族の筈だが海南島の三亜の回族は
チャム人の子孫でチャム語が声調言語化した独自の言語を持つがいまだに回族のまま。
ほかにもチベット・ビルマ系の独自性の強い言語を話すのにチベット族などにまとめられている集団がいくつもある。

中国のタジク族はペルシア系と言ってもパミール語群というタジク語とはまるで違う言語を話す。
本当の意味でのタジク人は中国に一人もいない。単にタジク共和国側でパミールに対して
文化的政治的に優位なタジク族の名を借りているだけ。

中国政府の民族分類は単なる行政区分。当然政治的な意図がてんこもりだ。

172 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 18:57:32 0
スイスが永世中立国になって他国の紛争に一切首を突っ込まなくなったのは、
いつ頃からですか?どんな理由からですか?

173 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 19:28:52 0
>>163
気が狂うってどういう気分?

174 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 20:59:29 0
恥ずかしくて真っ赤な顔を枕に押し付けて足をジタバタさせてるだろうからそっとしといてやれ

175 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 21:16:31 0
>>172
国際的に永世中立国と認められたのは、ナポレオン戦争後のウィーン会議

176 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 21:27:13 0
>>175
じゃあ、それまでは普通に他の国と戦争したりしてたんですか?

177 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 21:35:30 0
16世紀には領土拡大を目指してバシバシ仕掛けとる
それに永世中立というのは平和主義じゃない
どの陣営にも加担しないというだけで戦争は放棄していない

178 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 21:40:41 0
>>149>>168
いやいや。二毛作の毛ってのが作物を意味するんだぞ!。きりっ!
不毛の土地とかっていうしな!

179 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 21:52:10 0
スイスって傭兵が商売だもんな

180 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 21:54:34 0
日本人で傭兵やってんの高部正樹だけかと思ったら
フランス外人部隊と並んで案外日本人いるみたいだな

181 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 21:56:51 0
日本人は傭兵に向いてるとおもうぜ。
人殺しはすきじゃないが金の儲かる仕事には誠意をつくすからな。

182 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 21:58:26 0
傭兵商売って他国に兵力貸しだしても自国が攻められない国じゃないと無理じゃないのか?

183 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 22:00:20 0
別に国家が傭兵を管理してるわけじゃないし?


184 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 22:05:35 0
自衛隊がよその国で金もらって戦争したら本国も攻められかねないよ?
でも傭兵だよ?
グルカ兵なんて本国がイギリスの植民地じゃん。
しかも傭兵ってすごいぜ。
相手側の傭兵に幼なじみがいたりするんだぞ。
で、ころしあう。
(じつは手加減し合う。じつは互いに機密情報をながしあう)

185 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 22:21:00 0
>>181
江戸期まではむしろ戦闘民族と言って良いんじゃね?

186 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 22:23:08 0
戦闘民族っていうものはな。
スパルタ人みたいなのをいうのだ。

187 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 22:25:03 P
一方ローマ人は戦闘民族にして銭湯民族でした

188 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 22:25:17 0
朝から晩まで喧嘩!
まぁ、今の日本人も実は戦闘民族なのだ

189 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 22:35:43 0
スーパー○○人になったり、死にかけたらパワーアップしたり
するぐらいできなきゃ、戦闘民族とは言えない

190 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 22:36:54 0
まじかよ?

191 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 22:48:13 0
昔スーパーアラビアンというゲームがあった

192 :世界@名無史さん:2010/09/15(水) 22:54:54 0
モンゴル人は戦闘民族だとは思うけど
相撲つえーしな

193 :世界@名無史さん:2010/09/16(木) 00:07:29 0
たいていどの国の人間だって「俺達は戦闘民族」とか自慢話してるもんだろ
そんなのただの勝手な主観でしかない

194 :世界@名無史さん:2010/09/16(木) 00:11:01 0
そんなの日本人くらいだアホ

195 :世界@名無史さん:2010/09/16(木) 00:15:27 0
だろうね

196 :世界@名無史さん:2010/09/16(木) 01:04:26 0
グルカ兵が勇猛とか言うやついるが
それならイギリス倒せよ。

197 :世界@名無史さん:2010/09/16(木) 01:47:58 0
イギリス軍を倒せるやつは数多いが、
イギリスが呼んでくる仲間に負けるやつも
それに負けず劣らず多い。
日本とかドイツとか。

198 :世界@名無史さん:2010/09/16(木) 10:58:29 0
「戦闘民族」なんていう誇り方は逆に「尚武」の文化がない証拠。
武力を暴力と同一視するようになった時点でそんな文化は廃れたのだ。


199 :世界@名無史さん:2010/09/16(木) 11:04:06 0
結局kamomeが飛ぶ前のスレとログは復活しないのでしょうか?
仏の移民政策関連でロマの歴史を語りたいのですが
スレ立ててもいいのか待ったほうがいいのか

200 :世界@名無史さん:2010/09/16(木) 12:08:58 0
宣教師とインド人との摩擦を知りたいんだけど誰か詳しい事知らない?
日本にはそういう摩擦がいくつか記録されてるけど諸外国ではどうだったのかな?
宣教師が偶像燃やしてたら村一丸となって襲ってきたとか
領主の考えにそぐわない教義を唱えたら追い出されたとかそんなん

201 :世界@名無史さん:2010/09/16(木) 16:45:06 0
王義之の真筆は、今は存在していないと言われているけど、
唐の太宗が墓に全部埋めてしまったとも言われていますよね。
もしそうなら、太宗の墓を発掘したら、王義之の真筆も存在する可能性は
あるのでしょうか?

202 :世界@名無史さん:2010/09/16(木) 18:22:45 0
神聖ローマ帝国に首都はあったのでしょうか?
ドイツ帝国・ベルリン、ローマ帝国・ローマ、東ローマ帝国・コンスタンティノポリス、オーストリア・ウィーンは有名なのに
神聖ローマ帝国って有名ででかかった割に首都を聞いたことがありません。

203 :世界@名無史さん:2010/09/16(木) 19:24:05 0
>>197
イギリスとシナをいつまでも倒せずに血迷った枢軸の馬鹿共が
自分達から大熊&白頭鷲に喧嘩を売っただけだろ

イギリスは運が良かった

204 :世界@名無史さん:2010/09/16(木) 19:32:39 0
>>199
kamomeが飛んだ♪ Part2
http://qb5.2ch.net/test/read.cgi/operate/1283945797/

くわしくありませんが、後10日とかなんとか、書き込みがあります。
成功確率100%かどうかもわからないので、スレ立てしたほうがいいのでは、
と思います。

205 :世界@名無史さん:2010/09/16(木) 19:54:09 0
>>202
ハプスブルク家が皇帝を独占するようになってになってからは、おおむねウィーン
ルドルフ2世の時にプラハに移ったこともあるけどね
ハプスブルクの前は、それぞれの皇帝の本拠地がその時その時の事実上の首都
皇帝の出身家系やその直轄領はころころ変わってたし、即位以後も広い帝国を
あちこち移動しながら統治し、重要な会議をあっちの街で開き、次はこっちの街で
開き、即位式はこの街で、結婚式はこの街で、みたいなことも珍しくない
イングランドにおけるロンドンやフランスにおけるパリのように、特定の都市に帝国
全体の「首都」という機能が集中することは、その頃のドイツにはなかった

206 :世界@名無史さん:2010/09/16(木) 20:01:26 0
現代でもドイツは集中してないけど、腑に落ちないのは
日独伊で、人口の少ない都市の側が経済の主導権を握ってた、または今も握ってる事

フランクフルトとベルリン
ミラノとローマ
江戸時代の大坂(20万)と江戸(100万)

人口多い=経済力強いって人類史の基本的な考えが通用しないって言うか

207 :世界@名無史さん:2010/09/16(木) 20:59:05 0
ヴェネチィアがジェノヴァなどのイタリア諸都市を差し置いて地中海交易を制する事が出来た理由は?

208 :世界@名無史さん:2010/09/16(木) 21:36:37 0
>>206
日本史で『天下の台所』って習わなかった?江戸時代の大阪はそういう政策だったからでしょう。諸大名の
蔵屋敷を大阪に置く豊臣政権の政策を、江戸幕府もそのまま続けたから商業の中心であり続けた。

>>201
正しくは”太宗が墓の中まで持っていったんで真筆は残ってない”だな。馬王堆帛書とか、漢代の墓から
出た絹に書かれた物はあるけど、紙は難しいと思われる。

209 :世界@名無史さん:2010/09/17(金) 00:09:05 0
>『天下の台所』
真夜中につまらん突っ込み書き込むなよ〜

210 :世界@名無史さん:2010/09/17(金) 00:14:22 0
古い引用がつまらんかどうかはともかく、
流通の中心地だったのは大きいだろうね。

現代で金融都市国家が繁栄できたみたいに、金と物が始終出たり入ったり。

211 :世界@名無史さん:2010/09/17(金) 00:29:28 0
>>209
俺が小中の頃の教科書には載っていたが今は無いのか?

212 :世界@名無史さん:2010/09/17(金) 00:39:22 0
天下の台所(てんかのだいどころ)とは、江戸時代に物流、商業の中心地であった大坂を指した異名として使われる用語。全国の藩が大坂に蔵屋敷などを設け、生活物資の多くが一旦生産地より大坂に集められて再度全国の消費地に送られたからであると言われている。
公文書では、
天保13年(1843年)に天保の改革による株仲間廃止論に異論を唱えた大坂町奉行阿部正蔵の意見書(「諸色取締方之儀ニ付奉伺候書付」)の中に「大坂表之義は諸国取引第一之場所」「世俗諸国之台所と相唱」という文面が見られる。
このため、これを「天下の台所」の由来とする見方が広くなされていた。
ただ、正確な用語としては、大阪市史料調査会主任調査員の野高宏之によると、江戸時代の文献に大坂を「諸国之台所」「日本の賄い所」と評する記述は存在するが、「天下之台所」と直接記述した文献は存在せず、
大正時代に幸田成友が『大阪市史 第二』等の叙述中で用いた用語が、一般に広まっていく過程で、江戸時代から存在した言葉と誤解された事が分かっている。

213 :世界@名無史さん:2010/09/17(金) 00:43:25 0
>>206
>人口多い=経済力強いって人類史の基本的な考えが通用しないって言うか

つーか中国見てたら分かるだろ。
政府が無能だったり政策が誤ってたりすると、アドバンテージも無意味になる。

214 :世界@名無史さん:2010/09/17(金) 01:07:17 0
>>212
つまり正確な用語じゃないからって事?「聖徳太子は居なかった」ってのと同じ趣旨だが、俺は判り易いから
構わんと思うけどね。そしたら豊臣政権の五大老五奉行も教科書には無いの?

215 :世界@名無史さん:2010/09/17(金) 01:35:32 0
>>206
都市周辺人口とか背景人口、所得水準も考えるとどうなのかな

フランクフルト人口(金持ち多し)>ベルリン人口
ミラノ人口(金持ち多し)>>ローマ人口
江戸時代の大坂(20万)と江戸(100万):今でさえ人口の重心は関ヶ原付近だから
江戸時代はもっと西で、大阪の方が人というか経済活動の中心にはるかに近く有利だった。

216 :世界@名無史さん:2010/09/17(金) 01:55:22 0
>>212
> 正確な用語としては
正確だけどほんとにどーでもいい調査の典型だな。
「諸国」も「日本」も「天下」も言っている意味は同じで、
大坂を台所に喩えた事、その比喩の絶妙さが重要だというのに。

217 :世界@名無史さん:2010/09/17(金) 07:52:19 0
>>206
江戸が100万人に近いところまできたのは、実際のところ明治に入ってからだからねえ。
温暖だった16世紀の関東地方は未開地で生産性は低かったし、大名とその家族や家臣等士族の半分を強制的に
江戸に住まわせ、上方・伊勢・尾張・三河の商工業者や漁民を呼び寄せてそれなりの街に仕上げた家光の時代から
寒冷期になって東日本の農業は振るわず。
方や、西日本は、穀物(米)だけでなく、繊維(綿、麻、養蚕)、茶、イグサ、油(菜種、胡麻)、蝋、薬、染料とのような
広域流通を必要とする商品作物の栽培が進展する、手工業は量的にも質的にも上方が圧倒的、塩の生産は瀬戸内海に
集中しているというふうに、大坂に広域流通のための市場が置かれない理由、廃れる理由がなかった。
江戸は人口は多くても、生産に寄与しない士族が寄生しているだけで商工業者も士族を対象としているだけ、ド田舎の関東
平野にポツンと一つだけ街があるのが江戸で、手工業の質が上方に追いつくのはようやく19世紀も三分の一が過ぎた
あたりからなので、産品の集積地が遷るまでには至らなかった。


218 :世界@名無史さん:2010/09/17(金) 13:22:32 0
>>208
201ですけど、回答ありがとう。

219 :世界@名無史さん:2010/09/17(金) 17:01:43 0
日本に貧乏人が増えて中国に金持ちが増えたのは何故なのでしょうか?

220 :世界@名無史さん:2010/09/17(金) 17:04:48 0
>>219
日本の近現代史や、アジアの現代史には専門の板があります。
そちらへどうぞ。

221 :世界@名無史さん:2010/09/17(金) 21:01:22 0
中国もバブルはじけたあとが悲惨だろ。

222 :世界@名無史さん:2010/09/17(金) 21:01:59 0
東南アジアの今で言うマレーシアやインドネシアあたりの港湾都市国家群が
もともとヒンドゥー文化圏だったのに、急速にイスラム化したのはなんで?

223 :世界@名無史さん:2010/09/17(金) 21:23:00 0
そりゃイスラム商人が伝道したからさ。
そしてイスラムには魅力があったからさ。

224 :世界@名無史さん:2010/09/17(金) 21:29:49 0
ただの商人が伝道したりできるの?
イスラム神学に対する造詣が深くないプロでないと伝道なんて無理でない?

225 :世界@名無史さん:2010/09/17(金) 21:38:48 0
なんで?
プロじゃないと神を信じることはできないのですか?


226 :世界@名無史さん:2010/09/17(金) 21:42:39 0
>>224
イスラムには僧侶階級がいないってこと知らんのか?

227 :世界@名無史さん:2010/09/17(金) 21:49:35 0
>>226
僧侶の代わりに法学者がいるじゃん

228 :世界@名無史さん:2010/09/17(金) 21:52:15 0
スーフィーなんかは商人もいますね

229 :世界@名無史さん:2010/09/17(金) 22:46:43 0
清の西太后や殷のダッキは言われるほど悪人ではなかったというのは本当ですか?
後の共産政権が自らの正当化のために悪事をでっち上げたとか。

230 :世界@名無史さん:2010/09/17(金) 22:52:13 0
共産政権は呂后や武則天に対して、非常に高評価なのだ。
業績に対しての評価では最高評価に近い。
西太后は残念ながら、非常に評価が低い。

231 :世界@名無史さん:2010/09/17(金) 22:53:51 0
>>229
西太后は清の近代化をことごとく叩き潰したからなあ。

232 :世界@名無史さん:2010/09/17(金) 23:18:25 0
日本よりの史観から見ても、西太后のやろうとしたことは時代錯誤で愚かです。
日本に倣って維新(変法自強)をやろうとしたグループを完全に叩き潰しました。

但し、純粋に清朝としての史観から見るとそうとも言い切れないでしょう。
変法派は伊藤博文を顧問として招聘する計画を進めており、
伊藤の提案した「日、中、米、英の合邦」という青写真を丸のみしようとしていました。
清国の国家主権という意味では解釈によっては危うい事態に追い込まれていると西太后が考えても無理はなく、
それに基づいて変法派を粛清したという説が最近有力になってきています。

233 :世界@名無史さん:2010/09/17(金) 23:40:21 0
妲己は糞も何も所詮は紂王の付属物にすぎません。
紂王は桀王からの逸話拝借によって貶められたのではないかとの説があり、
最近見直されてきましたが、寧ろ桀王の方の逸話が紂王からの投影であるとの説もあります。
商の湯王の悪行が発掘された楚簡に記されていたことも知られて来ていますね。
どちらかというと、その楚簡で注目の記事は君主の世襲の完全否定を行っていたことだと思いますが。
始皇帝が焚書した理由もわかろうというものです。

紂王は英傑であり、美貌に優れ、猛獣と戦って素手で縊り殺したこともあり、
知能の高さは折り紙つきで、部下との論争では完全に言いくるめ、弄んで嘲弄すらしました。
当時日本や多くの国では人柱などの「人の命を神に捧げる因習」が多く存在しましたが、
それを中国で廃止したのは彼だといわれています。

234 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 00:03:13 0
>>229
妲己は実在したかどうかすら判らん。紂王は言われるほどの悪人ではなかったろうが、捏造したのは
周であって共産政権は関係ない。

>>233
>商の湯王の悪行が発掘された楚簡に記されていたことも知られて来ていますね。
もっと詳しく。って言うか、釣りかよ!

235 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 00:28:47 0
>「日、中、米、英の合邦」
これ、どこの国が賛成するんだ・・・

1960年代に仏国からの併合打診っていう
一見極上の誘惑をを英国が撥ねた事あったけど、
そりゃフランスの有権者票に英国が支配されるだけだからな


236 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 00:40:03 O
同盟の間違いじゃないのか?

237 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 01:20:59 i
気候変動や自然災害を切り口に世界史の変遷をまとめた書籍で何かオススメありませんか?読み物的なビギナー本でも構わないので。

238 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 03:20:26 0
自分で書いてみろ
できがよければ俺も買うぞ

239 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 09:18:06 0
領主とは縁もゆかりもない人物が領主を追放、
中央政府からそのまま新領主と認められたって事例ありません?

240 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 09:30:30 0
中央政府の定義次第だが、日本の戦国時代なんて下克上や侵略を追認なんて珍しくない
中国だって三国志はじめ豪族が手下を勝手に送り込んで実力で地方官にして既成事実で押し切る事は良くある

241 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 09:34:34 0
>>240
うーん、戦国時代だとあれなんで内乱状態にない国で
ところで室町幕府から追認された戦国大名とかいたっけ?

242 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 10:53:53 0
尾張守護の斯波氏から尾張を分捕ったにも拘らず室町将軍に頼られた織田氏他多数
戦国時代の場合中央政府が室町幕府なのか朝廷なのかという問題もあるが。

追放される&それが認められる=領主に問題があった
これと
新領主になる権利が有り、それが認められる
これは、全く別の出来事
追放の後別の継承者が後を継ぐか、政府の直轄領になる例ならある
追放者と継承者が同じ人物である事も珍しくない
しかし継承権を持ちながら赤の他人である事は有り得ないし、
継承権を持たない追放者が、追放の大義名分に自分の継承権を主張する事も有り得ない

そうした法的正当性を無視させる状況としては、戦乱・内乱を除くと王より強い権力者の恣意による場合くらいか
外戚が無理やり身内に領地を与えるような例ならある

243 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 11:20:49 0
北条早雲は結局室町幕府からは認めてもらえなかったしなぁ。
継承権が無いのに下克上を果たしてそのまま認められたって話は聞いたことないな。
織田とか三好は追認っていうより認めさせたって感じだし。
でも戦時や内乱で地方にまで手が回らず、
全然継承権のない土豪の支配を認めるとか感覚的にありそうだけどなぁ。

244 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 11:49:59 0
そういえば、グランド・フェンウィック大公国はまわりから国家として認知されたっけ?

245 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 12:46:24 0
領主が悪かったからと言ってそれを倒したら領主になれるとか無いな。
基本的には国王に訴えて処罰してもらうのが筋。
仮に情状で一揆や反乱が許されても、それで犯人を領主にする理由はない。
反乱を起こした側だって、領主が約束を破って税金を無理やり取ったのでそれを取り戻す為戦った、
というような大義名分があるはずで、国がそれを認めたらそこで終わり。
判った、その領主は首と認めるから新しい領主に従え、今度はちゃんとした領主だで収まる。
それ以上更に俺を代わりに領主にしろと主張しても誰にも相手にされない。

公害訴訟で被害者が責任者である県知事を殺したら県知事になれましたみたいな話だ。

246 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 13:02:30 0
言いたいことは分かるし、国王が傀儡であるケースなどの一部の例外を除き概ね同意するが、
県知事と領主を同列に比較すべきではないだろうw

県知事が私的な軍隊もってたりするのが許されるのかとか。
県の税金が私的に使われることもあるけどいいのかとか。
現代からしたら存在からして問題ありまくりだぞw

247 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 13:11:10 0
たしかに。
いくら朝鮮人でも、安重根を次の朝鮮総督にしろとは言わなかったよな。w

248 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 13:13:24 0
暗殺のような姑息な連中による事件ならともかく、領主に匹敵するような軍事・政治権力を
もった武将が取って代わり、その後を平穏に集束できたのなら、周囲はそれを認めざるを
得ないかもしれないね。

249 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 13:42:36 0
高麗や李氏朝鮮の初代は、前の王朝を倒したのち中華の皇帝から承認されてるが

250 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 13:51:30 0
中華的には冊封関係が維持されればどうでもよかっただけかと。
現物送ってきてればどうでもいいんじゃないか?

送らなくなって偉そうにしだしたら潰すか程度に捉えてたと思われ。

251 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 17:18:02 0
朝鮮は属国で自国の領地じゃないし
ありそうではあるけど考えるとそういう領主は思い浮かばないな
織田や三好は守護大名や管領に成り代わったわけじゃないし
でもありそうだよなぁ

252 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 17:34:51 0
国家の治安を乱す存在と思われたら認められる訳が無いから、
あるとしたら前領主の方が裏切ろうとしたので討ちましたってパターンだろうな

「良くぞ裏切り者を成敗した、褒美として領地をそのままそなたに授けよう」
これならありそうだ

253 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 18:03:15 0

結局、いつの時代でもどの世界でも、「勝てば官軍」なのよね。
 

254 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 18:47:34 0
>>200
インドはわからないなあ
早期にクリスチャンという民族カーストができてしまったからその後はどうなったのか
昔見たインドのドラマでクリスチャンインド人がどこの町へ行っても安住できずに
主人公のムスリムの世話好きばあさんに助けてもらうという話があった
ヒンディー・ウルドゥー語で進行するドラマなのに彼らだけ挨拶が英語だった
中国は「教案」というキーワードでいろいろ出てくるね
現役のキリスト教迫害国の一つなので教案関係の本はたくさんある
逆に日本のが読みたいのでいいのあったら教えてくれw


255 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 19:14:12 0
インド、アラビアってなんで本が少ないんだろうな。
一次資料がないわけじゃないだろうに。
ムガル帝国の貴族にヒンドゥー教徒がいるんだがどうやってなったんだ?

256 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 19:28:19 0
日本語で出てないだけだと思う。
ムガル帝国はアクバル帝の時代にラージプート族と婚姻関係を結んで取り込んでるし、
アウラングゼーブ帝が異教徒の弾圧を始めるまでは融和的だったし、別におかしくは無い。

257 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 19:52:01 0
>>256
ああ、元々インドの豪族の王侯貴族だったのか
トン

258 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 20:49:43 0
ていうか、異教徒の多い地域に国作って、
異教徒の豪族無視して安定統治する方が無理あるだろ?
王侯に匹敵する有力豪族がいるなら、協力を取り付けるために貴族の地位を与えるぐらい安い物さ。

259 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 20:52:07 0
スキタイが滅亡したのはいつ頃、誰の手によって?

260 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 21:10:17 0
>>229孟子「古代の悪王とされる者は悪政を行ったわけではない。単に
戦争に負けたために悪く言われるようになっただけである」

261 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 21:39:30 0
三木は姉小路乗っ取って朝廷から承認されたと見ていいのかな
でも朝廷の世の中じゃないからなあ

262 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 21:45:31 0
姉小路か…
一応織田に臣従しているが織田は将軍ではないからなぁ

263 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 21:47:30 0
なんで、さっきから日本史の話ばかりしてるの?ここは世界史スレだろうがバカ野郎。

264 :239 :2010/09/18(土) 22:03:16 0
>>263
いや、俺のせいだ
ごめんよ

しばらく待ってみたけど具体例は無いみたいだね
みんなありがとう

265 :世界@名無史さん:2010/09/19(日) 00:46:45 0
>>259
紀元前3世紀頃、東隣のサルマタイ人の圧力により黒海北岸のスキタイ部族連合が崩壊。
一部は西のドナウ川流域や南のクリミア半島、カフカスなどへと押し出される。
その後はサルマタイ・ゴート・フンなどの遊牧民部族連合に吸収されたようだが、
遊牧スキタイに支配されていた農民たちの一部はスラヴ人になったともいわれる。

266 :世界@名無史さん:2010/09/19(日) 01:24:59 0
なんでフランス革命政府は高島暦を採用しなかったんですか?

267 :世界@名無史さん:2010/09/19(日) 02:17:32 O
ブルータスは死ぬほど喉乾いていたんですか?

268 :世界@名無史さん:2010/09/19(日) 18:57:19 0
ブルータス!おまえも渇

269 :世界@名無史さん:2010/09/19(日) 19:33:32 0
さすがに無理あるな。。

270 :世界@名無史さん:2010/09/19(日) 20:49:14 0
ヨーロッパと言えば爵位制度ですが、
ビザンツ帝国の貴族の爵位制度はどうなってたんでしょう?

271 :世界@名無史さん:2010/09/19(日) 22:07:39 0
先生の自作プリントや教科書、その他参考書などで表記の違いがあるんだけど、どれを覚えても大丈夫なのか?
例えばタレースとタレスやシャイレンドラ朝とシャイレーンドラ朝みたいな違い。

272 :世界@名無史さん:2010/09/19(日) 22:53:11 P
>>271
そういう微細な違いが問題になるような世界にいるなら
元語なり英語なりのスペルを調べたほうが適切だと思うよ。
授業レベルなら、その違いで別のものを指すような事態にならない限りはまず問題ない。
大学入試などもそういう誤差を吸収した上で問題を作成する

273 :世界@名無史さん:2010/09/19(日) 22:54:19 0
ジンギスカンとチンギスハンはどっちでもいいの?入試で

274 :世界@名無史さん:2010/09/19(日) 22:57:01 0
チンギスハーンもいいでしょ?
チンギスアハーンもまちがいではないよね?
成吉思汗もいいでしょ?

 じゃあ、どこまでゆるされるの?
 チーンギスアッハーンぐらいまではおっけぇ?

275 :世界@名無史さん:2010/09/19(日) 22:57:12 0
例えばソクラテスはソークラテースがより近いらしい。ギリシャの用語は全般にそんな感じだがいちいち長音に
すると字面として間延びするからか、延ばさないで好しとされる。タレスもそうゆう事。
ササン朝ペルシャもホントはサーサーン朝らしいし、大学で専門的にやるんでなければどれで覚えても良いんじゃね?

276 :世界@名無史さん:2010/09/19(日) 23:13:57 0
>>254
そうか…
いや、ありがとう

日本はフロイスの書簡読んでると信者使って仏像燃やさせたとか
そんなんばっかり出てきますよ

277 :世界@名無史さん:2010/09/19(日) 23:18:57 0
>>274
>成吉思汗もいいでしょ?

この汗は、キプチャク汗国とか、字は違うが今の韓国など、
国の名前にもなっていますが、
どういう意味ですか。

278 :世界@名無史さん:2010/09/19(日) 23:21:40 0
可汗、天可汗の略が汗でしょ。
可汗ちゅうのはもともとは アハーンを中国語にしたもんやからね
カーンでもいいけど

 遊牧民の皇帝みたいな人の称号

279 :世界@名無史さん:2010/09/19(日) 23:55:06 0
>>278
ありがとうございました。

何々王国、king of .. と同じだったんですね。

280 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 00:40:06 0
>>277
その汗と韓国の韓は関係ないでしょ

281 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 00:59:04 0
http://www.youtube.com/watch?v=wrBrs2GhnC0&feature=PlayList&p=8F6AAED747D5FA00&playnext_from=PL&index=0&playnext=1

282 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 01:24:08 0
じゃあ旧課程から新課程で変更されたのはそれじゃなきゃ絶対ダメ?
ヴェトナムからベトナム、イスラムからイスラームとか変更あったみたいだけど

283 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 07:45:11 0
「ネィーピィードーゥ」も「ネピドー」だしな

284 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 09:07:46 0
関係ないけど国語の問題でヴィエトナムとかでてきて
ウザっ!と思ったことを思い出した。

285 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 09:09:08 0
平清盛みたいに家格や血統から資格がないのに貴族化した事例ってヨーロッパでありません?

286 : ◆fGouB8g0dw :2010/09/20(月) 09:25:08 0
>>285
テューダー家でしょうかね。

287 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 11:07:55 0
>>284
10年くらい前まで外務省の表記はヴィエトナムだったんだよ。

288 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 12:13:43 0
>>285
王様が村の娘を手籠めにしてできた子どもは、王子にはなれないがそこそこの貴族にするというならそれこそ枚挙に暇なくあるけど?

289 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 12:38:59 0
それは資格があってそうなるんだろ

290 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 12:41:37 0
チャールズ2世とかルイ15世のような艶福家の王様には、
爵位をやって貴族にした庶子が何人もいるな。

291 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 13:17:31 0
ヨーロッパでは、一応貴族の家系というものがあるし、その家系には征服民族の歴史という民族的な蓄積もある。
単なる地元の農民の娘が王侯貴族に孕まされて子を産んでも、貴族になるのは難しいんじゃないかな?

292 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 13:25:42 0
単に貴族じゃない者や下級貴族が勲功を上げて叙爵される事なら珍しくない。
小説の主人公向きの出世物語の主人公、ウィリアム・マーシャル。
村一つを領有する程度のノルマンディーの下級貴族にすぎなかったのに
傭兵として成り上がってついにはシチリア王になったオートヴィル家の一族。
ローマ教皇の息子と言う存在自体有ってはならない身なのに貴族になったと言うなら
チェーザレ・ボルジアがそうだけど家柄としては元々それなりの貴族の家柄。
あるいは近代の金で買ったブルジョア貴族や貴族を否定したはずのフランスで
ナポレオン1世と3世が作った貴族達も含んで良いかもしれない。

293 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 13:33:25 0
>>291
イングランドの場合、貴族どころか王統のはじまりである
ウィリアム1世自身が皮革加工職人の娘から生まれている。

294 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 14:04:13 0
近世になると、英国には平民(というか、ジェントルマン階級)出身の首相や閣僚も出てきて、
それが頻繁に宮廷に出入りして国王・女王に謁見しなきゃいけないから、その都合上、爵位が
与えられたり、とかね
もちろん、この頃になると、軍事的な功績で爵位が与えられる軍人も少なくないし

295 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 14:07:10 0
>>292
ローマ教皇とか枢機卿とか大司教の「甥」とか「姪」とかは、たくさんいますよ。
あってはならないかもしれないけど、よくあったらしい。困ったことに。

ところで、リシュリュー枢機卿の死を看取った「姪」の公爵夫人って、姪なのかな? 娘なのかな?w

296 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 14:25:47 0
>>295
甥、姪は親が聖職者でなければ問題ないでしょう
カソリックでは聖職者の結婚を禁じていて、かつ結婚以外による子供を否定しているから
枢機卿や教皇の子供が2重に禁じられた存在なだけだから。

297 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 14:39:04 0
いや、甥、姪という名目の息子や娘がごろごろ
まあだからこそ教会の腐敗とか言われて宗教改革になるわけだが

298 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 15:13:42 0
縁故主義を意味する英語のnepotismは甥っ子を意味するnephewが
語源らしいね

299 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 17:38:12 0
ヨーロッパの言語の多くが、甥とか姪とか従兄弟(従姉妹)をあらわす単語は、
もっと等親が遠い血縁者を指す言葉でもあるよね。

300 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 17:49:46 0
朱元璋や秀吉みたいなイレギュラーは他の国でもあったって事か
ありがとうございました

301 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 17:51:47 0
「日本の○○みたいな例が世界にありますか?」
という質問がなくならないのはなぜですか?

302 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 18:00:08 0
日本じゃなくても例があれば判りやすい。
239みたいに何が聞きたいかわからない上に一度否定しただけでだんまり見たいなのだと答えようが無いしな。
その挙句具体例が出ないとか自己完結してたが。

303 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 18:05:34 0
とりあえず自分で調べるという発想がない子が多いからです。

まぁでも多少調べただけではわからないことがあるのは事実ですし、
教えないでいた場合に本当の研究者に迷惑かけかねないほど行動力あるバカが混ざっていたら面倒です。
そして存外、詳しい人たちが「その程度のこと」というような些末なことは、
門外漢が多少調べるといったレベルの本には載ってないことが多いのもまた事実です。
まぁ、気が向いたら答えてあげてください。

それにいつぞやの明らかに「他の板で質問しろよ」といいたくなるような、
現代政治の話を持ち込まれるよりは遥かに有意義な質問であると思います。

304 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 19:34:18 0
オーストリアのヨーハン大公夫人アンナ・ブロッフルは当初男爵夫人、
後に伯爵夫人になりましたが、平民が王族や皇族と結婚したら、
必ず爵位が与えられるものなのでしょうか?
平民の身分のまま王族や皇族の妻でいることはできないのでしょうか?

305 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 19:37:19 0
>>304
妾でなく、正夫人となったのだから、当然「なんとか伯爵の妻」という名前になります。
もとが平民だろうが農奴だろうが、正式に貴族と結婚したのなら、相手が貴族の身分でいる限り、配偶者も貴族になりますよ。

卑近な例で言うと、社長夫人になったら、ヒラの娘という立場ではいられないでしょ?

306 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 19:39:35 0
305ですが補足。
貴族と結婚した平民(でもなんでもいいのですがその人)に爵位が与えられるのではなく、
貴族の配偶者という立場になるのです。夫婦は一心同体だから。w

307 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 21:27:06 0
名前の意味が「世界を焼き尽くす者」って王がインドか中央アジアにいたと思うんですが
何処の王朝の誰なのか分かる人いません?

308 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 21:34:42 0
>>305
えーと、じゃあ王族や皇族じゃなくて、普通の貴族と平民が結婚した場合でも、
結婚した平民は爵位を得る事が出きるんでしょうか?

309 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 22:43:54 0
>>308
できますのことあるよ!
だから成り上がりものが没落貴族の未亡人とか身寄りがなくなった小娘とかと結婚して貴族の仲間入りをしたもんですよ。

310 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 22:46:00 0
まあ、国や時代にもよるけど、ヨーロッパの貴族は、たとえば晩餐会とか公式の行事や儀式なんかに夫人同伴で
出席して社交するわけで、貴族の夫人ってのは、公式の爵位を得ていなくても、単に貴族の夫人であるというそれ
だけでも、貴族に準じる存在
まあ、逆に、ハプスブルクの皇太子フランツ・フェルディナントの夫人が、一応貴族の出なのに、下級の貴族だった
ために皇帝に疎んじられて、そういう公式の社交の場に夫人同伴で出ることを禁じられてしまったような例もある
(平民だったら、そういう例もたぶんもっとあるだろう)けどさ
余談になるけど、その皇太子は、夫人を伴って出られる数少ない公式行事だったために、自分が歓迎されている
わけでもないサラエボをノリノリで訪問して、その結果がサラエボ事件と第一次世界大戦となった

311 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 23:03:56 0
>>309
欠員補充かよ。それも没落した家。
そんな家で貴族になっても余計惨めじゃん。
そりゃよっぽど政治力があるナポレオンみたいな人でないと意味ない。

312 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 23:20:20 0
>>311
でも、平民よりはみじめじゃない。

313 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 23:21:02 0
>>311
連レスごめんね。没落してるなら、自分で復興すりゃいいし。

314 :世界@名無史さん:2010/09/21(火) 00:45:51 O
金があっても爵位は買えないのですよ、だから結婚ですよ

315 :世界@名無史さん:2010/09/21(火) 01:28:59 0
フランツ・フェルディナントの妻は夫が即位しても「皇后」の称号は
与えられないことになっていた。(即位する日は来なかったけど)。

故ダイアナ妃は離婚後も皇太子妃の称号を使うことを認められていた。
しかも再婚したカミーラ夫人の方が皇太子妃の称号は与えらていない。
…なんてこともある。

でも平民の娘と結婚する貴族なんてめったにいませんよ。
貴族は家の約束で結婚することが多いし、恋愛するのも
社交界で出会う相手のみが対象。
使用人は「使用人」としか見ないのでハナから対象外だし
町で通りすがりの娘に目を留める、なんて現実にはまずない。

316 :世界@名無史さん:2010/09/21(火) 06:05:21 0
>>285
平氏は皇別氏姓で貴族としては最上位の貴種だ。高望王の賜姓からずっと四位・五位の任官を受けているし、
清盛の父親の代で昇殿貴族になっている。

影響力がどれくらいのものかといえば、たとえば、菅原道真が遣唐使の廃止を奏上したときの官位が従五位上、
正式の廃止が従四位下。

そもそも、五位から上が貴族なわけだから、平清盛に至るまで累代ずっと貴族だ。

317 :307:2010/09/21(火) 19:55:07 0
自己解決
威張り散らした奴がいる割に思ったより役に立たないのねこのスレ

318 :世界@名無史さん:2010/09/21(火) 20:19:52 0
>>316
それって世界史の話か?ここは世界史板だが?

319 :世界@名無史さん:2010/09/21(火) 20:54:37 0
別に日本史の話が出てもいいだろう。何小さなことでがたがた言ってんの?

320 :世界@名無史さん:2010/09/21(火) 21:08:04 0
既に質問は切り上がってる上に質問と関係ない薀蓄垂れ流すなよ

321 :世界@名無史さん:2010/09/21(火) 21:14:44 0
中世ヨーロッパの年代記って誰が書いてたんですか?
王様おかかえの書記か何か?学のある貴族?聖職者?民間の学者?
書かせてたのは誰?王様?教会?大学?それとも自分で好きに書いてた?

322 :世界@名無史さん:2010/09/21(火) 21:52:00 0
もっぱら聖職者だね。というか、中世だと学者はだいたい聖職者だし、それ以外は読み書きができないのがほとんど。

323 :世界@名無史さん:2010/09/21(火) 22:27:57 0
13〜14世紀には、十字軍に従軍したフランスの貴族たちが実体験をつづったり、
アイスランドの豪族が古代北欧の伝説や歴史をまとめたり、
フィレンツェの銀行家が年代記を書いたり、
イングランドの宮廷詩人が百年戦争の様子を書き記したりもしている。
まあ、圧倒的に聖職者(修道士)が多いが。

324 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 05:57:34 0
書簡や公文書を収集して近世近代に編纂した場合もある

325 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 07:42:49 0
ヨーロッパとかで戦争時に用いるあの白いテントみたいな陣営ってモンゴルのゲルと同系統?

326 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 10:40:17 0
http://www.geocities.jp/nafricap/07/645.jpg
まず、「薛延陀」って何て読むんですかね?
東突厥の後継、ですかね?
民族的には何になるんでしょうか?
何もかも全く分かりません。

327 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 11:41:00 0
十字軍の頃のヨーロッパと、今のイランなどでは
どちらが宗教的規制や権威が多かったですか

328 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 12:41:28 0
>>326
薛延陀(せつえんだ)。
突厥以外のテュルク系諸部族を総称した「鉄勒」のなかの一部族で、
東西突厥の狭間、ジュンガル盆地の北部あたりにいた。
628年、薛延陀部族長の夷男がウイグル・バシュミルなど鉄勒諸族とともに東突厥から離反し、
たちまち東突厥を南へ追いやって、図のような広大な地域の諸部族を服属させた。
南の唐とも結んで一時は強勢を誇ったが、645年に夷男が死ぬと諸部が分裂し、唐に滅ぼされる。
鉄勒諸族は唐に服属したが、やがて第二次突厥やウイグルに組み込まれていく。

329 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 14:27:49 0
wikipediaにトンデモ地図が貼られてる
ttp://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/7/7e/3_8910_2cd50060cab98a5.jpg
ttp://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E9%89%84%E5%8B%92&diff=33463488&oldid=33339463
どこの世界の664年なんだ

330 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 14:44:09 0
九州が黄色いね

331 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 14:48:41 0
旧突厥領と波斯の東部が全部唐に服属して、
白村江の戦いで半島南部ばかりか倭国まで属国にした、
と手前勝手に考えれば、観念上はそうなる。

332 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 14:50:12 0
使節が来ている地域は全部友好国=黄色 という意味だろ

333 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 17:24:30 0
インド洋、カスピ海にまで達してる
ウマイヤ朝とかスードラ朝とか全部唐の属国かよ
645年の大化の改新の時九州は唐だったのか
北もバイカル湖の辺りはキルギスだったから含まれない
いっそ韓帝国と書いてあればいつものだとスルーできるのに

334 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 17:29:02 0
唐の行政区分になってるから黄色=領土だな
これが中国の教科書とかに載ってて、
これを元に中国の回復されざる領土とか言い出したら面白い

335 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 17:31:30 0
あと600年ぐらいすればモンゴルがもうちょっと大きめの版図を築いてくれるさ
キタイとシナは属領だけどな

336 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 17:36:13 0
>>329
タラス河畔でアッバース朝に惨敗してんのにあり得ないだろこの版図

337 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 20:20:44 0
海難事故をやらかした船長を無罪放免しろ、と一国の首相が言う国の法律はちゃんと機能し、守られているのでしょうか?

338 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 20:22:39 0
また、そうやって首相自らが支持して闇に葬らせた事件事故はどのくらいあるのでしょうか?

339 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 20:23:11 0
海難審判は刑事訴訟ではないぞよ
罪罰の審理はしないよ

340 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 20:30:52 0
ま、偉い人は法律を超越してる国だからな

341 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 20:34:09 0
政治判断で超法規的措置が取られるのは別に珍しくもないけどな
逆に法をタテにして返さないとツッぱねるのも政治

もっとアタマやわらかく考えたまえよ

342 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 20:46:23 0


343 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 20:57:57 0
オーストリア領南ネーデルラントが一旦オランダ領となったのに、
その後ベルギー王国として独立したのはなぜでしょう?

344 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 21:00:24 0
文化言語宗教の違いじゃね?

345 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 21:04:09 O
中世のイタリアとかも、交易はかなり活発だったわけで
貨幣経済も結構回っていたと思うのですが、
何故その頃はバブルとか発生しなかったんでしょう?
バブル経済が発生するには、何が足りなかったんでしょう?

346 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 21:06:18 0
チューリップ・バブルとか17世紀にもあるわけで
記録を発掘すればある可能性がある

347 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 21:10:35 0
投機がなけりゃバブルも起こらんだろそりゃあ

348 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 21:14:05 0
世界最古の投機はいつの時代、どこで何に対して行われたもの?

349 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 21:14:09 O
投機出来るような商品がなかったってことかな?

350 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 21:15:07 0
>>344
でも、南ネーデルラントはスペインやオーストリアからは独立しようとしませんでしたよね?

351 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 21:17:32 0
>>350
近代になりナショナリズムが芽生えたんじゃね?じゃねじゃね?

352 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 21:21:05 0
>>348
ギリシャの哲学者が、「哲学なんぞ役に立たん」と言われたのに腹を立てて
知識を総動員してその年のオリーブの豊作を予測し、オリーブを搾る機械を買い占めて大儲けした話がある

投機と言えば投機で、以降も似たような例はいくらでもあるが
バブルを引き起こすにはそれ用の自由取引市場が必要になる
イタリアの例で言うと、ベネチアは価格高騰に非常に神経質で常に交易品の市価には目を光らせていて、
交易路独占と併せて、ベネチアの交易品目は常に低価格で安定的に市場を占めていた

353 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 21:36:47 O
なるほど、自由市場が発達したのが中世後期から近代初期とwikiにあるから
それ以降でないと発生し得ないのか。ありがとう。>>352

しかし、自由市場はなんで発達したんだろう……ってググったら
ヨーマンリーの台頭がきっかけか。なるほどなぁ。

354 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 21:45:41 0
スペインやオーストリアはカトリックだが、
オランダはプロテスタント(カルヴァン派)だから気に食わなかった。
政治的・経済的にオランダとオランダ人ばかり優遇されてたせいもある。

355 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 21:48:59 0
>>315
全然反対。離婚後のダイアナ妃は Diana, Princess of Wales であって、
THE Princess of Wales (皇太子妃)ではありません。
前者の呼称は、「前(元)皇太子妃ダイアナ」という意味です。
もし再婚していたらこの呼称も使えなくなる。
チャールズの弟の元夫人は Sarah, Duchess of York で、THE Duchess of York ではない。
今のカミラ妃は THE Princess of Wales (皇太子妃)。皇太子の正妻は自動的に
皇太子妃です。イギリスには貴賤結婚の制度はない。
カミラは正真正銘「皇太子妃」だが、故ダイアナ妃を思う大衆感情に配慮して
皇太子妃の称号を使わないだけ。

356 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 22:35:27 O
>>343,350
北(オランダ)と南(ベルギー)で宗教が違うのでは

357 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 23:13:23 0
>>329
中華マンセーHPで唐の領土面積が2700万平方キロというありえない数字になってるのがあったが、
この地図が元になってるのだろうか。

358 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 23:37:24 0
>>330 九州王朝説か

359 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 23:40:32 0
>>336
タラス河畔の戦いは751年だから664年の地図にはまったく関係ない。

360 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 23:48:10 0
ウマイヤ朝が成立したてだからって、ホラーサーンは放置されてたのか?

361 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 23:49:12 0
アジア全域が韓国になっている地図もあったな

362 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 23:56:16 0
>>348
投機の元祖は 穀物栽培

363 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 23:58:20 0
どうも属国・朝貢国の領土を全部版図に組み込んだみたいだな。

それにしたって九州が入ってたり、ウマイヤ朝の領土だろうという部分まで黄色なのは変すぎるけど。

364 :世界@名無史さん:2010/09/22(水) 23:59:58 0
古代の西アジアや地中海地方には神殿娼婦がいましたが、東アジアや中央アジアにもいたんでしょうか?

365 :世界@名無史さん:2010/09/23(木) 00:08:10 O
特定の条件下で、乱交みたいにセックスする習慣なら日本でも山ほどあったよね。
ただ神殿娼婦みたいに、はるばる余所まで出かけていってやるってのはどうなんだろう?
シュリーマン航海記の、神社であがめられている現役の花魁ってのはちょっと違うだろうし。

366 :世界@名無史さん:2010/09/23(木) 01:35:25 0
>>343
どちらもスペイン支配下では「ネーデルラント」だったが
オランダはプロテスタント、ベルギーはカトリックなので分離した。

367 :世界@名無史さん:2010/09/23(木) 08:07:32 0
>>348投機と市場の起源は古代ギリシアの哲学者であり人類史上初の経済学者である
エコノミウコス(紀元前?342〜280年)。彼が考えた「需要と供給」という
概念、利子、市場規模、物価指数などという言葉は現代でも残っている重要な概念。
彼の学問はアレクサンドロス三世によって欧州のみならず、後にアラブ世界、インドや
中国といった世界の市場概念の起源にもなる。

368 :世界@名無史さん:2010/09/23(木) 08:33:06 O
民明書房「橋の下のエロ本の需給曲線」より

369 :世界@名無史さん:2010/09/23(木) 10:17:44 0
>>328 おお、わかりやすい。ご説明ありがとうございました!

370 :世界@名無史さん:2010/09/23(木) 17:12:04 0
質問させていただきます。

日清戦争時の日本の戦争目的は、「清国ニ対スル宣戦ノ詔勅」にあります。
日露戦争時の日本の戦争目的は、「宣戦詔書」にあります。

では当時、清・ロシアが自国の戦争目的を公表した公文書はありますか?

探し方が悪いせいか見つけられません。
よろしくご教授ください。


371 :世界@名無史さん:2010/09/23(木) 17:26:23 0
戦争目的を公表した公的文書なんてのは日本固有独特のものだよ

372 :世界@名無史さん:2010/09/23(木) 17:35:32 0
日清戦争は、中国では干支から「甲午戦争」という。

甲午戦争大清光緒皇帝宣戦諭旨
http://www.sishu.cn/bbs/read.php?tid=6857

「朝鮮は、我が大清の藩屏たること二百余年、歳に職貢を修めるは中外共に知ル所たり。
 近く十数年、該国時に内乱多く、朝廷は小を宇むを懐と為し、畳次兵を派して前往勘定せしめ、
 竝に員を派して、該国都城に駐紮せしめて、時に随って保護せり」云々。

373 :世界@名無史さん:2010/09/23(木) 17:43:47 0
繁体字版。
http://chinaha.net/html/200407/20040733243.php

374 :世界@名無史さん:2010/09/23(木) 18:26:33 0
ロシア皇帝の宣戦詔勅(一番下)
http://ww1.m78.com/sib/diplomacy%20before%20the%20war.html

375 :世界@名無史さん:2010/09/23(木) 18:50:19 0
なぜSAVAKは
ホメイニを逮捕し、イラン革命を阻止できなかったんでしょうか?

376 :世界@名無史さん:2010/09/23(木) 18:56:03 0
よくある質問だろうけど、させてもらいまっさね。
アンジュー朝を、後世プランタジネット朝と言い換えるのは文学チックで良いとしてもだ。
エニシダのplanta genesta(プランタ・ジェニスタ)を、Plantagenet(プランタジネット)
と呼び変える経緯がわからんです。
ジェニスタ朝じゃないのかと。英語の法則をわかっとらんからかもしれんけど、〜netってなんだよ。
区切りは正しくないけど、リチャード1世までをアンジュー朝、ジョン王からプランタジネット朝という訳でも無いし。

よけいな話、これだったら、後のWars of the Rosesを“バラ戦争”と呼ぶなら、この場合、和呼びの、
エニシダ朝でもいいし、オレンジ公は、ミカン公じゃないかと。

俺は、アンジュー朝と呼ぶのが、ひたすらわかり易いと思うだけなんですけどね。
どなたか、お示しくださいまし。

377 :世界@名無史さん:2010/09/23(木) 19:20:47 0
ヒッタイトを滅ぼし、エジプトに侵入した海の民というのは、
いったいどういう集団でどこへ消えていったのでしょうか?

378 :世界@名無史さん:2010/09/23(木) 19:25:40 0
>>377
まだわかっていません By青木

379 :世界@名無史さん:2010/09/23(木) 19:27:45 0
青木って誰よ?w

380 :世界@名無史さん:2010/09/23(木) 19:40:04 0
ヨーロッパの爵位はフランク王国の官位が起源とされているけど、
フランク王国の領域外の貴族の爵位の起源はどこから来てるの?
スペインとかイギリスとか東欧とか北欧とか。

381 :世界@名無史さん:2010/09/23(木) 19:51:50 0
>>376
元々フランス系の名前、英語じゃない
むしろまだ英王室ではフランス語使ってる時代
genesta ラテン語
le genet フランス語
そのままフランス読みするならプランタジュネだけど、現代は英語読みでプランタジネット

アンジュー朝でも良いけど、従兄弟のエルサレム王もアンジュー家だし、
ブルターニュ公もアンジューだから混同する。
それならイングランド王家の家系だけをプランタジネットの方が判り易い。

382 :370:2010/09/23(木) 20:00:07 0
返事が遅くなりました。

>>371-374
ご教授くださり、どうもありがとうございます。

383 :世界@名無史さん:2010/09/23(木) 20:01:02 0
>>377
似たものにバイキングとか和冦とか十字軍があるけど。
このころの気候が寒かったのであれば欧州北部から移動してきたのかな?

384 :世界@名無史さん:2010/09/23(木) 20:05:37 0
9世紀末にアンジュー伯となったガティネ家の家紋がエニシダだったことから家名ともなったのだが、
エニシダはラテン語でplanta genesta、フランス語でplantagenet(プランタジュネ)。
このガティネ=プランタジュネ・アンジュー伯家は、あくまでも「フランス人、フランス王国の貴族」であり、
海外領地としてイングランド(アングルテール)の王位を得てからもフランス語を話し、アングロサクソン語(中世英語)は話さなかった。
「プランタジュネ」をアングロサクソン語風に発音すると「プランタジネット」となる。
13世紀にアンジュー伯領はフランス王に奪われたので、イングランドの王家はプランタジュネ家と名乗るしかなくなった。
さらにフランス・カペー王家のシャルル親王がアンジュー伯領を得てカペー・アンジュー家の祖となるが、
これとプランタジュネ家は直接つながりがなく、全部「アンジュー朝」でまとめると変なことになる。

385 :世界@名無史さん:2010/09/23(木) 20:46:12 0
>>377
紀元前13世紀頃から、中東欧、バルカン、ギリシャ、イタリア、小アジア西部に住んでいた様々な民族集団。
青銅器文化を持ち、ヒッタイトとエジプトが戦争していた頃から、両国の傭兵などとして活躍していた。
やがて東地中海世界を放浪して荒らしまわり、現地の奴隷や周辺異民族の反乱・侵攻にも加担。
ヒッタイトから鉄器文化を吸収して広めたとの説もある。その後は各地に定住し、多くの都市国家を築いた。

「海の民」という名は後付けだが、エジプトなどの記録に残る彼らの名称のうち、
アカイワシャ/アヒヤワはミケーネ文明を築いていたアカイア人、トゥルシアはイタリア半島のエトルリア人、
ルカは小アジア南部のリュキア人、シェルデンはサルデーニャ人、シェクレシュはシチリア人と見られる。
またデネンはギリシャ人の古名であるダナオイ(川の女神ダナイスの民)、チェケルはトロイアの王テウケロスと関係があるともいう。
クレタ島から来たとされるペリシテ人はパレスチナ沿岸部に侵攻し、ヘブライ人とも抗争した。

386 :世界@名無史さん:2010/09/23(木) 21:19:21 0
>>380
爵位は基本的にフランクから
逆に言うと爵位の制度がもたらされるまでは、それ程立派な階級制度は存在しなかった。
ハラルド美髪王だのクヌート大王だのの頃には公爵だの男爵だのといった制度は無く、
族長が名前で呼ばれるか、特徴+名前で呼ばれる程度。
あるいはヤールのような独自の称号があったくらい。
それらはやがてフランクの制度で上書きされていく。

例外は東ローマ帝国。
専制公だの最高位尊厳侯だの他では聞いた事の無い称号ばかり。

387 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 00:32:03 0
>>345
もともと「バブル経済」は経済用語ではなくて以下の事件を指す歴史用語

南海泡沫事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E6%B5%B7%E6%B3%A1%E6%B2%AB%E4%BA%8B%E4%BB%B6
>南海泡沫事件(なんかいほうまつじけん、英語: South Sea Bubble)は、1720年春から秋にかけて
イギリスで起こった常軌を逸した投機ブームによる株価の急騰と暴落、およびそれに続く大混乱を
指す。のちにイギリスの初代首相と見なされる政治家ロバート・ウォルポールがこの混乱を収拾、
政治家として名をあげる契機となった。バブル経済の語源になった事件である。

388 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 13:23:54 0
近代から教える
歴史を遡って教える

っていう講義方法はありますかね?そういうテキストとか。

現代のことから関連付けて、
「歴史は繋がってるんだよ。遠い世界のことじゃないよ。面白いよ〜」
と中高の甥っ子と姪っ子に教えてあげたいんだけど。


自分はマンガで読む歴史物から興味持ったんだけど、甥っ子はスポーツ第一、
姪っ子は本嫌いで、本あげても読んでくれないんだよね・・・。


389 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 15:18:14 0
日本史なら、『逆日本史』って本があったけど
世界史だと、ちょっと思い浮かばない

390 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 15:22:31 0
そっか、ありがとう。
やっぱ自分で考えるしかないか。

391 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 16:12:24 0
漫画でもいわゆる学習漫画だとつまらないから、一般的な漫画で歴史物というのはどうだろう。
歴史的にかなりしっかりして、かつ面白い物もあるし、歴史的に正確ではなくてもそこから話を広げる事はできる。
参考までに
http://www.urizun-nikki.com/letter/historycomiclist.html#list
http://www.max.hi-ho.ne.jp/koeda/index.html

392 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 18:10:54 0
さかのぼってつまみ食いなんて勿体ないと思うんだがなあ
時系列に沿ってやっていって、「現代のアレはコレに繋がるのか!」って発見があるのが面白いのに

393 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 18:46:20 0
中国の歴史には貴種以外の人物が自称王とか自称皇帝とかを名乗って、
大きな勢力を持ったり、あげくの果てに地方政権や統一王朝まで樹立してしまう事がありますが、
ヨーロッパやインドや中近東で貴種以外の人物が王侯を勝手に名乗って、
王国や公国や侯国を建国してしまったり、王公認の王侯になったりすることはあったのでしょうか?

394 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 19:04:11 0
山ほど。

395 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 19:16:47 0
ローマ崩壊後やってきたゲルマン人どもに貴種も何もない
フランク人もローマから見ればただの野蛮人
その後だって292見たいなのはごろごろしてる
イスラムも同様、モハメッドにしろその後継者のカリフにしろ、
地方部族の中の名門程度で貴種と言うほどではない。
その後だって軍人が成り上がったりしたのも多いし、
解放奴隷の家系という位置付けのマムルークが建てた王朝も多い。

婚姻によって貴種が新王朝を開くという例もあるが、
成り上がり王朝も多い。

396 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 19:27:11 0
日本のように武装農民団が統治権力を握るに至った国はあるんでしょうか

デンマークやアイスランド、イギリスのように海賊が支配力を持った国は多かれど

397 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 19:29:28 0
中国

398 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 19:57:51 0
>>393
ミラノ公のスフォルツァ家は農民出の傭兵隊長出身。ヴィスコンティ家の
娘を娶ってミラノ公を名乗ってたが、名目上の任命権を持っていた神聖ロ
ーマ皇帝はイル・モーロの代まで公爵位を認めてなかった。
それとハプスブルク家のオーストリア「大公」も勝手に名乗ったもの。

ヨーロッパの地方領主は、先祖は本来官僚だったのが土着世襲化してしま
ったのが多い。伯とか辺境伯の元くらい知っておいたほうがいいぞ。

>>396>>393と同じ人間だと思うが、武装農民団って一向一揆のことか?

399 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 19:58:55 0
一揆じゃなくて武士の事っす>>398

400 :398:2010/09/24(金) 20:21:07 0
>>399
武家政治時代の武士を「武装農民団」というのは無茶だと思うけどなあ。
政権とったときには階級として出来上がってるし、平安末期の武士団の
頭は貴種が多いんじゃないか?
武装農民団が統治権力云々と言ったら、共和制ローマだって農民が自弁
で兵士になって選挙権も持ってるんだからそっちのほうが武士より余程
その定義にあってると思うが。
せめてもう少し自分の考える武士の定義をはっきりしてほしい。

401 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 20:26:56 0
むしろ中国が本命だよな。
ヨーロッパならフス戦争期のチェコとかプガチョフの乱、

とか書こうと思ったら武士?
結局農民反乱なのか内乱なのか。

402 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 20:42:21 0
武士は単なる「武装した農園領主」ではない。
「武士」はもともと下級貴族や下級官人・家人やその末裔・郎党で、武芸を家芸とし、
武装を朝廷や国衙から公認され、軍務を請け負っていた。
一種の公的な傭兵で、戦争がなければ領主として農地経営もするし、
没落すれば自分で農作をしたり農民化したりもする。単に武装した農民は農民。

北欧諸国のノルマン人も単なる「海賊」ではない。
漁業はもちろん商業・手工業も盛んに行い、定着した土地では牧畜や農園経営もした。
彼らが常に武装船団を率いて海賊行為をやっていたわけではない。

403 :398:2010/09/24(金) 20:57:25 0
>>401
やっぱり混乱するよな。武士階級が政権云々だったら高麗とか、少し広げて
戦士階級の支配者だったらアッバース朝宗主権下のトルコ人王朝とか出てく
るけど>>396にとっては違うだろうし。
中国でも農民が支配者になったのは前漢と明とか極少数だ。五代十国の節度
使辺りにもいるとは思うが。

396は「農民階級の政権」なのか「農民出身の支配者の政権」なのか、
「戦士階級の政権」なのか、せめてその辺を絞ってくれないか?
「武装農民団」なんて自分定義の用語で聞かないほうがいい。日本の
武士の性格だって時代で変遷しているんだ。
それが解らないというなら、もう返答のしようがない。

404 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 21:00:14 0
もともと○○の末裔とかそういった考え方だと、
中国も本当の意味で農民の反乱が統治権力を得たことが何回あったかという感じではある。
豪族というのはほとんどが春秋戦国の小国家諸侯の末裔なんだよね。
というのも、明らかに考古学的にも豪族の遺構と小国家の遺構の位置がほとんどが一致してしまってる。
豪族の末裔が貴族→士大夫と転化していくことを考えれば、ほとんどはもとは支配階層から出たという話になる。
劉邦なんかも、姓が祭器を表す字だから元からの支配階級以外ではありえないという説もある。

405 :398:2010/09/24(金) 21:13:34 0
>>404
質問板だからスレ違いになるが、春秋の小国家の後は都市になってる所
が多いだろう。漢代以降、豪族の荘園は寧ろそういう所から離れた所に
作られているし、前漢以降、貨幣経済の発達で商人から豪族に転化した
り時の宗室が豪族化するのも多い。五代以降になるとそれがもっと顕著だ。
宋代以降の士大夫階級を以前の豪族と一緒にしないほうがいい。

406 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 21:24:56 0
>>404
劉邦の生まれた頃にも劉家が支配階級だったのだとしたら、父親の本名すら
伝わってないってのはおかしくね?

407 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 21:26:21 0
あの。
武士ってのはもともとは今の暴力団みたいな存在ですよ?

408 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 21:31:06 0
>>406
劉邦の家族の名前が伝わってないのははばかられて
隠蔽されたため。劉邦自身の名も「劉邦」で確定したのは
1970年代で、つい最近の事にすぎない。

409 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 21:47:48 0
>>408
>劉邦の家族の名前が伝わってないのははばかられて
隠蔽されたため。

何が根拠なんだ?

410 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 21:53:02 0
>>409
基本的なことなんで

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%8C%E8%AB%B1

411 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 21:59:09 0
でも、兄の喜と弟の交の名前は伝わってるよね。

412 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 21:59:34 0
というか、『史記』原本には劉邦の諱が全く記されていないこととか、
相国が劉邦以前は相邦と呼ばれていたことが分かったのは秦代以前の出土資料からだとか、
そこを書かないと分からないんじゃなかろうか。

司馬遷の避諱は、仕えているのと同じ王朝について書いた本なだけに、他の史書より遥かに徹底している。

413 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 22:01:53 0
>>411
直系と傍系を同列に扱うのはどうよw

414 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 22:31:20 0
質問。何年も謎だったのだが、ここには賢い人がたくさんいるようなので教えてくれ。
アメリカはイギリスで迫害された人たちが渡った国のはず。
渡航の原因、目的は違えど、ブラジルにいる日系人みたいなもの。
日系ブラジル人は100万人足らずであり、本国の1/100以下の人口である。これなら納得。
ところが、米国ときたら、6000万人しかいない英国からのはぐれ者の集団のはずにも関わらず、人口は本国の3倍以上に膨れ上がっている。
メイフラワー号102人が渡ったの1620年からたった400年足らずでである。
本国と違い、インデアンのような天敵がいたため本国より人口増やすのは大変だったはず。
もちろん奴隷の二グロの比率がそれなりにあるのはわかるが、なんでこんなに増えちゃったの?
19世紀までは幼児の死亡率が高かったのは世界共通のはずなので、そうそう人口増加が出来ない環境だったはずなのだが..
耕作地には恵まれてたと思うが..
賢い人、教えて!

415 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 22:33:17 0
>>410
避諱くらい知ってる。ついでに漢書の注に後漢の荀スの言として諱が「邦」
だという記述が引いてある。
けど、史記にはおそらく字ではなく単なる通称なのだろうが、劉邦の字くら
いは記述してあるが、太公・媼は字だとすら記述されてない。
太公を尊んで諱を避けたのなら、太上皇と最初から書いてあってもよさそう
だが、高祖本紀は、高祖が太公に太上皇という称号を授けた後から記述が太
上皇に変わってる。
太公が避諱によるとは言いがたいのだが。

416 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 22:42:39 0
>>414
ヨーロッパ中から移民が大挙して集まってきたからです。

417 :410:2010/09/24(金) 22:44:59 0
>>410
避諱くらい知っている。劉邦の諱は漢書の注に後漢の荀スの言として
きちんと記述してある。
それにいくら史記でも一応の劉邦の字くらいは書いてあるが、両親の
太公・媼は字とすら書いてないし字でもない。あと、太公を尊んで諱
を避けたのなら、太上皇と最初から記述されていてもよさそうなのに、
太上皇と書かれるのは劉邦がその称号を奉って以降だ。
媼は他の記述からみても名前のはっきりしていない身分の低い女の普
通名詞だし、避諱の結果とは言いがたいのだが。

418 :410:2010/09/24(金) 22:46:51 0
スマン415がこっちで反映されてなかったので417を改めてカキコしてし
まった。

419 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 22:52:03 0
>>414
ドイツにロシアにアイルランド・・・移民が大量に来てる。メイフラワー
号で来たピルグリム・ファーザーズの子孫なんてごく少数だぞ。

420 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 23:00:00 0
http://www.fic.i.hosei.ac.jp/~morimura/members/1st/s_ichikawa021107.htm

現代アメリカの人口はドイツ・アイルランド・イギリス(UK)系で4割を占める
あとはイタリア人などのラテン系や、ヒスパニック(ラテンアメリカ)系も多い
ノアの箱舟じゃないんだから、メイフラワー号乗員の子孫だけが400年で増えたわけではない

421 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 23:13:30 0
ネイティブも疫病やインディアン戦争で弱まったしね。その後リザベーションを設けて
強制的に部族を移住させて、肥えた地域は白人が手に入れたわけだし。
日系人はもともとブラジル人やインディオが多数を占める社会に入っていったわけで、
人口希薄地帯に入植したのとは違う

422 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 23:19:04 0
現在(2004年)だとこんな物みたい
ttp://www.americanasseenontv.com/
1 ドイツ系アメリカ人 42,800,000
2 アイルランド系アメリカ人 30,520,000
3 イギリス系アメリカ人 24,510,000
4 アメリカ人 20,190,000
5 メキシコ系アメリカ人 18,380,000
6 イタリア系アメリカ人 15,640,000
7 ポーランド系アメリカ人 8,980,000
8 フランス系アメリカ人 8,310,000
9 インディアン 7,880,000
10 スコットランド系アメリカ人 4,320,000
11 オランダ系アメリカ人 4,540,000
12 ノルウェー系アメリカ人 4,480,000
13 スコットランド系アイルランド人 4,320,000
14 スウェーデン系アメリカ人 4,000,000
15 白人 3,830,000
16 プエルトリコ系アメリカ人 2,650,000
17 ロシア系アメリカ人 2,650,000
18 ヒスパニック系アメリカ人 2,450,000
19 フランス系カナダ人 2,350,000
20 中国系アメリカ人 2,270,000


423 :世界@名無史さん:2010/09/24(金) 23:29:42 0
アイルランド系、もしかしてアイルランド本国のアイルランド人の何倍もいるんじゃねえか?

424 :世界@名無史さん:2010/09/25(土) 01:32:36 0
アイルランドは19世紀のジャガイモ飢饉で大量に移民したから。
本当に国が移るぐらい。

425 :世界@名無史さん:2010/09/25(土) 01:35:40 0
>>423
それはよく知られている事実

ドイツも多いね、本国の半分
アジア系は少数派なのか、日本や韓国

426 :世界@名無史さん:2010/09/25(土) 01:37:50 0
>>422
アメリカ人って東ヨーロッパ系の顔が多いような気がするけど、
あれがドイツ系の顔なのかな。或いはドイツの東の方の顔?

427 :世界@名無史さん:2010/09/25(土) 03:37:20 0
大体、名前にマックがついたらもうアイルランド系
マクダニエルとかマクレガンとかマッカーサーとか
これだけでどんだけ多いかわかろうというもの

428 :世界@名無史さん:2010/09/25(土) 04:07:25 0
ゲール語の名前はスコットランド系もいるから
そっちも間違えてカウントされることがあるだろうな
といっても違いはせいぜい宗教ぐらいだしお互い例外はいるし

429 :世界@名無史さん:2010/09/25(土) 05:48:50 0
414です。
Thanks!! 長年の謎が解けた!
こんだけ移民がいれば2億になるわな!
さすが賢い人集団。尊敬します!

430 :世界@名無史さん:2010/09/25(土) 06:34:20 0
アメリカ人は大恐慌の頃までやたら子だくさんが続いたのだ。

431 :世界@名無史さん:2010/09/25(土) 10:08:47 0
>>422
本国よりアメリカ移民の方が多い民族はアイルランド人とユダヤ人だな

反ユダヤ感情悪化を避けてか、黒人大統領は生まれても
いまだにユダヤ人大統領は現れようとしないが

432 :世界@名無史さん:2010/09/25(土) 11:18:18 0
公文書にユダヤ人と書かれているのはアイゼンハワー
疑惑段階は多数

ユダヤ陰謀論に組する気はないが、逆にそこまでユダヤ人が差別されてるとも思わないけどね

433 :世界@名無史さん:2010/09/25(土) 12:21:16 0
ブッシュ家って英米戦争のときにドイツから派遣された兵隊かいな?

434 :世界@名無史さん:2010/09/25(土) 12:28:11 0
イスラエルではトーラーに従う正統派と超正統派だけが活動を許されているから
改革派と保守派はアメリカに分かれて住んでいるんだな
イスラエルのユダヤ人とアメリカのユダヤ人は大体同数だけども

435 :376:2010/09/25(土) 16:26:22 0
アンジュー朝の呼び名についてのお返事ありがとうございました。 
なんだか釈然としないケドネ。
ジュネットと呼ぶのは良いとしても、
葵、桐、栢の家紋に“植物の”と冠するのと同じで、genetのみで、plantaは不要。。。でしょう。
どうでもいっか(w。

とは言っても、中世の英仏の悶着は面白いので、もういっちょついでに素人質問へご教示下さい。
イングランド王となった後のヘンリー2世(に限らず、ウィリアム1世からですが)の、アン
ジュー伯、ノルマンディー公、メーヌ伯での呼び名はどうなるんすか? 
各爵位にアンリ〜世とか付くのでしょうか。 要は、カペー朝側から呼び名ですね。

どうも見つけらんなくて。スンマセンがご教示おねがいします。

436 :世界@名無史さん:2010/09/25(土) 18:07:41 0
【白人黒人黄人が違う生物種だったら】
1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/09/25(土) 03:46:30
ホモサピエンスの中の分類として存在するコーカソイド、ネグロ
イド、モンゴロイドの三種が、実はホモサピエンスではなく、過
去において様々な人類種族として登場した別生物種の代表だった
ならどういう歴史が描かれたでしょうか。

例えば、
ネグロイドがホモ・サピエンス
コーカソイドがホモ・ネアンデルターレンシス
モンゴロイドがホモ・フローレシエンシス
の末裔であったならどうだろうか。設定として交配は不可。
3種は棲み分けをしつつ、時に戦い、時に襲い、襲われ、
現代に至るも生物種として衰退しなかったならば。

意思の疎通を図れ、文明を築くことの出来る知的生命体が
この地球上に3種あったなら。どんなことが起きたでしょう。

437 :世界@名無史さん:2010/09/25(土) 18:09:54 0
>>436
>>378

438 :世界@名無史さん:2010/09/25(土) 18:55:19 0
>>435
初見&別人回答者だけど。
プランタジネットて『エニシダの枝の若殿、ジョフロア・ダンジュー』からきてんだよね?
渾名でジョフロア・ド・プランタジュネ。
その息子がイングランド王になるアンリ(英名:ヘンリー)2世・ダンジュー。
父からエニシダの枝をシールとして受け継いでるからその後のアンジュー家の人たちは
プランタジュネ(英:プランタジネット)って呼ばれ、また、自らも使用するようになったんじゃないの?

エルサレムのアンジュー家はジョフロアの父(たしかフルク)の代からで王位は
ブローニュ家の妻からきたものなのでジョフロアの異母弟妹に継承権があるから
ジョフロア以降のプランタジュネ家と同じ王朝名(アンジューが妥当)にするのは
無理があると思う。


439 :438:2010/09/25(土) 19:22:56 0
>>435
最初にいっときたいのが、当時のイングランド(ノルマンコンクエスト以降)では、
王もほとんどの貴族(一部サクソン系貴族はデーンやアングロ・サクソンの混じった
古い英語?みたいなの使用)も仏語しか使用してないから。
ウィリアム征服王もギョーム1世(ド・ノルマンディー)だし。
ヘンリー2世もアンリ2世としか当時は呼ばれてなかったはず。

爵位ごとに*世が違う。だから、そのときどきの封建法的称号は、
立場によって変わり、*世の数もかわってくる。
これは王位でも一緒。

よくわからなかったら 佐藤賢一大先生 の本読んで。

440 :世界@名無史さん:2010/09/25(土) 19:23:28 0
なぜ産業革命後のヨーロッパで奴隷労働が廃れていき、
さらにヨーロッパ諸国は奴隷貿易に強硬な態度を取るようになったのでしょうか?
機械化によって、低賃金で事実上の奴隷として、自国の貧民を労働力として使う事ができるようになったから?

441 :438:2010/09/25(土) 20:06:19 0
もともとヨーロッパ本国では低賃金な労働力が存在しておりあえて奴隷を
導入する必要性が低かったこと(大都市への人口流入がこれを支えている)。
(これは産業革命以前からの傾向で人口増化による問題、 
 スペインの中南米移民、アメリカ移民を考えてみて)

奴隷貿易自体の利益が極めて小さかったこと。

奴隷貿易廃止を前提に短期間に植民地の奴隷確保(奴隷貿易の一時的な拡大)
してのち廃止したこと(デンマークは法案通過後、猶予期間をへて廃止)。

442 :世界@名無史さん:2010/09/25(土) 20:38:23 0
>>440
横からだが、補足すれば
労働力は消費の担い手でもあり、賃金が発生しない(もしくは極めて低い)奴隷は
市場経済において費用のみが発生する悪要因である事が解ったから。
なおかつ、奴隷を使いコストを安く押さえる資本家は設備投資や融資を必要としないため、
資本主義の象徴である銀行家や投資家にとって悪だと解ったから。

443 :世界@名無史さん:2010/09/25(土) 20:56:57 0
奴隷ほど燃費の悪い器械なし

444 :世界@名無史さん:2010/09/25(土) 20:57:29 0
奴隷って(当時)農業には必要で工業には必要ではなかったって認識でOK?

445 :世界@名無史さん:2010/09/25(土) 20:59:26 0
奴隷は大飯食らう、ウンコする、病気する、さぼる、無駄口きく、寝る、反抗する。
そのくせ1人力
まったく無駄が多いじゃわい。

446 :世界@名無史さん:2010/09/25(土) 21:03:40 0
例えばアメリカの黒人奴隷って右と左の区別もつかなかったらしいよ。
そんなんでどうやって工業機械を操るのかと。

447 :世界@名無史さん:2010/09/25(土) 21:05:32 0
工業は農業より教育された労働者が必要なんだよ
言葉も通じないでも周り見て見様見真似で鞭使って働かせる事のできる農業と
言葉での説明や指示が不可欠で、一人の失敗が全体の作業を止めかねない工業。
アフリカからさらって来るだけの奴隷では工場労働者にはなれない。
最低限初等教育を受けさせないと話にならないし、それだけのコストをかけるなら奴隷にメリットは無い。

448 :444:2010/09/25(土) 21:10:47 0
なるほど 農業での奴隷は牛馬のかわりで
工業では牛馬レベルでは使い物にならんてことね

449 :世界@名無史さん:2010/09/25(土) 21:14:51 0
なにがなるほどやねん!
もう一回良く考えてみろ

450 :世界@名無史さん:2010/09/25(土) 21:22:50 0
>>442
素晴らしい補足。
確かに北部と南部の対立もその点が最大の要因に思えてくる。

451 :世界@名無史さん:2010/09/25(土) 21:43:23 0
>>435
>葵、桐、栢の家紋に“植物の”と冠するのと同じで、genetのみで、plantaは不要。。。でしょう。

>>438も言っているように、この場合の「プランタ」は「植物」ではなく、「枝」とか「小枝」の意味
「エニシダ」そのものと「エニシダの枝」ではニュアンスが微妙に違うので、不要ではない

452 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 00:18:33 0
>>433
ブッシュ家は18世紀初め頃にブリストルからニューイングランドへ渡ってきたみたい
祖先は14世紀ぐらいまで遡れるとか英国王家の遠縁だとか、実はユダヤ系だなんていわれるが

453 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 01:13:52 0
ユダヤの血ひいてるだけなら、ポルトガル王家経由で
ハプスブルク家もひいてるでしょ?
そうなったら婚姻関係ある王家すべてユダヤ問題抱えちゃうけど。

454 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 01:50:08 0
つーか同化して混ざってる時点でユダヤって言えないだろ。

455 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 06:44:08 0
>>454
そんな定義を採用すると、此の世にユダヤ人は存在しないことになる。

456 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 13:24:36 0
まあ本来ユダヤ人は他国と貿易しちゃいけないはずだからな。

457 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 13:31:15 0
混血の場合のユダヤ人の定義ってあるみたいよ。
ユダヤ男と非ユダヤ女の間の子は非ユダヤ人。
非ユダヤ男とユダヤ女の間の子はユダヤ人(ただしユダヤ教徒限定)。
米ユダヤ人の本に載ってた。

458 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 14:00:04 0
陰謀論者にかかっちゃ誰でもユダヤになっちゃうからなぁ

459 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 14:29:55 0
逆陰謀論者にかかっちゃ誰もユダヤ人じゃなくなっちゃうけどな

460 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 14:33:01 0
結局、自分で自分をユダヤ人っていってたら
ユダヤ人でいいんじゃない?

461 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 15:31:50 0
日本人のくせに、やたらユダヤにこだわるヤツって、なんなんだろ?

462 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 15:38:44 0
そりゃ、トンデモ本のおかげでしょう。

463 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 15:41:46 0
ペルセポリス宮殿はダレイオス一世と誰のてによって完成されましたか?
アテネの6世紀に独裁政治をした ○主 ○にはいるのはなにですか?
オストラシズムとは日本語でどうゆう意味ですか?

464 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 15:44:40 0
・大工さん
・民
・雄虎沈む

465 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 15:46:54 0
・・・

466 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 16:51:23 0
中高生用スレとか初心者用スレとか、まだ再建されてなかったのか…
せっかくだから詳しくやってみよう

ペルセポリスは宮殿の集まった都市で、ダレイオス1世、クセルクセス1世、アルタクセルクセス1世の三代半世紀にわたり建設活動が行われた
アケメネス朝に数ある「首都」の一つではあるが、王が滞在することは少なく、やがて儀式を行うための聖地的存在になっていった

アテネの紀元後6世紀は東ローマ帝国時代だが、紀元前6世紀なら「僭主(ティランノス)」が独裁政治をしていた
ギリシャの都市国家には、古くは王もいたが権力基盤が弱く、多くの国で王制が廃され、貴族や有力者の合議による共和制になっていた
やがて平民層が富を蓄え力をつけると参政権を要求し、貴族と対立
このとき貴族の一部は富裕平民層の支持をとりつけて非合法に政権を奪取し、王のような独裁者となった
「僭(せん)」は「王位を僭称する」「僭越」などのように、本人の身分を超えた振る舞いのこと
ティランノスは小アジアやクレタで執政者を指す言葉に由来するらしく、英語でタイラント、恐竜のティラノサウルスのように「暴君」とみなされるが、
有能な僭主は開発独裁者・軍事指導者として国益をあげている

しかし僭主支配に不満を抱く人々は、貴族と平民の対立を超えて「市民」となり、僭主を追放して民主制をしいた
そして指導者から僭主のような人物を出さないよう、陶器の破片(オストラコン)に僭主になる恐れのある人の名前を書いて年に1回投票し、
6000票を超えた人は10年間の国外追放処分にされたので、これを「陶片追放(オストラシズム)」という
僭主出現以前から貴族同士の政治抗争解決のために用いられていたようで、期限付き追放刑だから流血も財産没収もないが、
指導者層が次々に追放されると国が機能不全に陥ることもあったので、前5世紀末には廃止されたという

467 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 17:24:36 0
パオ兄さんの見に行ってたら質問でてたんだ。
陶片追放っていったらアテネのペリクレスしか思い浮かばんけど。

468 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 17:33:25 0
柔道の起源は、ユダヤなりw
イェフド→ユード→ジュード→柔道!

469 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 17:36:52 0
ペリクレスはオストラシズムを利用して政敵を追放したが、
自分は30年間事実上の僭主だったのに一度も追放されていない
ルネサンス期の北伊諸国も、名目は共和制だが僭主(シニョリーア)による支配が多かった
フィレンツェのメディチ家やミラノのヴィスコンティ家などが有名

470 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 17:40:50 0
ペルガモンのアッタロス家とかは僭主から王家にかわっていたけど、
シラクサのゲロンの一族は僭主のままだったのか?
ヒエロンとか同じ家系から出てて何代も世襲化してるし王家なの僭主のままなの?

471 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 17:41:04 0
>>468
日本とじゃなくて起源を主張する某国のほうともめるぞ

472 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 17:49:06 0
ギリシャ起源なら白人が言うことなので信じるのになあ

473 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 18:07:34 0
>>466
ありがとうございます。

レポートのテストなのですがなかなか暗記できません。
ペリクレス カエサル ハトシェプスト レバノン杉 ローリンソン
コンスタンティトープル ビザンティウム アタナシウス派
パンジャーブ地方 シュードラ ガウタマシッダールタ アショーカ王
ぱーたりぷとらチャンドラグプタ カーリダーサ サンスクリット バラモン
ユダ プルシャプラ

無理

474 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 18:41:16 0
どこかを滅ぼした ヒッタイト人 アルファベットをつくったフェニキア人
神 セルウェ  クセルクセス 

神権政治 メンフィス ジックラッチ

475 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 19:04:42 0
フェニキア人はなんだかいつの間にか歴史から消えてるようなイメージがありますが、
実際はいつ頃まで民族として存続していたのでしょうか?

476 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 19:12:04 0
カルタゴ人に衣替えしたんじゃね?

477 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 19:12:40 0
古代フェニキア人のDNA、現代人にも
ttp://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=89591997&expand#title

478 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 19:22:43 0
カルタゴが滅亡した時に、民族としてのフェニキア人は消滅したと考えればいいのでしょうか?
その後再建されたカルタゴはローマの植民市ですし。

479 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 19:34:37 0
民族としては消滅したが亡霊となりヴァンダル族に憑依してローマに復讐するよ

480 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 19:38:24 0
>>470
僭主は民主的な独裁者なので、「民衆の支持」があれば世襲もできた。
メディチ家も王にならないまま世襲支配を続けている。
現代でも「民主主義人民共和国」を名乗る金氏朝鮮があるが。

シラクサの僭主ゲロンの系譜は、前337年に死んだティモレオンまでのようだ。
その後は寡頭政になり、ついでアガトクレスが僭主になり、
彼の死後の混乱期を経て、エペイロス王ピュロスに征服される。
前275年にピュロスがシラクサを離れると、その将軍が残り僭主となる。
彼はアガトクレスの傭兵団だったマメルティニの反乱を鎮圧し、
前270年頃には民衆から王に擁立された。これがヒエロン2世。

481 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 19:49:34 0
ローマは多民族帝国だから、カルタゴのポエニ人が急に「ローマ民族」や「ラテン民族」になったわけではない。
旧カルタゴの市民が絶滅させられたわけではないし、再建されたカルタゴにも多くのポエニ人が住んだ。
ラテン語は公用語なので話せるほうが得だが、ポエニ語(後期フェニキア語、カルタゴ語)は地方語として残っていた。
聖アウグスティヌスのような「キリスト教徒のポエニ系ローマ人」もいる。
ヴァンダルやベルベルやアラブ人に征服され、独自の言語も宗教も全く消滅した時点で、ようやく民族として滅んだ。

482 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 20:02:20 0
>>478
民族としてってどういう意味?
カルタゴ市は滅びたけど、フェニキア人の殖民都市が全部滅びたわけでもなく、
大抵はそのままローマに吸収され、やがてローマが滅びた後ゲルマン人がやってきて、
更にその後イスラム教徒がやってきた。
その中で混血が進み、今ではチュニジアとかスペインとかイタリアとかの国民に溶け込んでいる。
そのどこで民族が切り替わったと判断するのか。
文化的に言えば、例えばサルディニアのフェニキア諸都市は第一次ポエニ戦争でローマに降るものの、
紀元後数世紀までフェニキア文化が続いている。しかしこれも、ゲルマン人に占領され、イスラム教徒が荒らし回り、
その中でフェニキアから続く諸都市が破壊され、文化の系譜も途切れる。
彼らはフェニキア民族なのか。
何を持って民族と呼ぶかという問題を含めて、何年に滅びましたと言えるような物ではない。

483 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 20:53:02 0
>>480
ヒエロン2世のあとにもゲロン2世とかいたから続いてんのかと思ってたよ。


484 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 21:50:28 0
あー ジックラッチ  ヒッタイト人 フェニキア人 セハウェ クセルクセス
覚えられない

ラッドリッチになったり ヒットリヒ人 フェ  人 メンフェス タヒタリヒ
になっちゃう。。。

485 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 21:58:40 0
>>482
文化と言語が途絶えた時点で「滅びた」でいいんじゃネエの?
人種はあくまでも民族の一構成要素だから。

486 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 23:03:02 0
アイヌは滅んだか、と言うのと同じだと思うけどな
本人の意識で決まるんじゃないか
ローマ時代のフェニキア人は自分をフェニキア人と考えていたのか、ローマ人と考えていたのか

487 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 23:03:57 0
例えばアメリカで、ロシア系だとかドイツ系だとかイタリア系だとか
普通に多民族国家なので色々居るけど
文化は普通にアメリカナイズドされていて言語も英語
でもアイデンティティは持ち合わせている

そんなのがポエニ系ローマ人の意味合いではなかろうか?

488 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 23:31:55 0
>>486
帝国時代のローマ人の概念が、フェニキアとかギリシャを超越したもので
もあるからなあ。487の感覚が近いんじゃないかな。もっと文化とか言語
は温存されてるにしても

489 :世界@名無史さん:2010/09/26(日) 23:38:33 0
その一方で「ローマの奴ら俺達を同じローマ人だといって結局俺達ガリア人ばっかりこき使う」
といった感じの反乱も良く起こしてるからどこまで浸透してたか

490 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 00:24:05 0
世界史とは離れてしまいますが、
「旗」について情報をお願いします。
三色旗で、赤・白・黒はどこの国ですか?
(旧ドイツやイエメンでは無いです)
フランス国旗の様に、縦の三色旗なんです。

宗教の旗なのでしょうか?
詳しい方教えてください。

491 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 06:01:53 0
赤白黒はアラブしかありえんが、あれはオリジナルが横だから横しかない
どこで見たんだ

492 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 10:55:52 0
九品中正と九品官人制の違いは何でしょうか?

493 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 10:57:31 0
どちらもシナ人の官制度で覚える必要はない。
まず日本は核武装して尖閣で威風堂々と大戦争すべきだ。
わかったか。

494 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 11:00:31 0
六朝文化のときの
詩人 書家 画家で有名なひとを
それぞれおしえてください。

○淵明 王義之 ○○之
読み方がわかりません。

495 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 11:17:48 0
詩人 陶淵明(とう えんめい)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B6%E6%B7%B5%E6%98%8E
書家 王羲之(おう ぎし)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%8B%E7%BE%B2%E4%B9%8B
画家 顧ト之(こ がいし)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A1%A7%E3%82%AC%E3%82%A4%E4%B9%8B

陶(とう)は陶器の陶
「羲(ぎ)」の字は義理人情の義じゃないが、まあ学校の課題では義でもいいのかなぁ
「ト(がい)」も機種依存文字みたいだが、小+山+豆とでも覚えればいいか

あと質問でもないつぶやきはご家庭のチラシの裏でも利用してください

496 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 11:25:07 0
>>494
韓淵明 

日本人よ!朝鮮のもとにかえれ!と唱えた在日コリアンだよ。
知らないと立派な在日コリアンになれないぞ。


497 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 11:32:49 0
1953年(昭和28年)1月8日:中国共産党中央委員会機関紙『人民日報』が、
「琉球群島人民のアメリカによる占領に反対する闘争」と題した記事を掲載。
尖閣諸島を日本名で「尖閣諸島」と表記し、琉球群島(沖縄)を構成する一部だと紹介する。

1958年(昭和33年)11月:北京の地図出版社、『世界地図集』発行。
尖閣諸島を日本領として扱い「尖閣群島」と日本名で表記。

1965年(昭和40年)10月:中華民国国防研究院、『世界地図集第1冊東亜諸国』初版出版。
尖閣諸島を日本領として扱い「尖閣群島」と日本名で表記。

1970年(昭和45年)1月:中華民国の国定教科書「国民中学地理科教科書第4冊」(1970年1月初版)
において尖閣諸島は日本領として扱われ、「尖閣群島」という日本名で表記されている。

***1969年および70年に行なわれた国連による海洋調査で、推定1095億バレルという、
イラクの埋蔵量に匹敵する大量の石油埋蔵量の可能性が報告***

1971年12月30日:中華人民共和国が外交部声明という形で尖閣諸島の領有権を主張。

中国は1971年まで領有権を主張したことがない

498 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 11:36:54 0
ウ点々ルダマーナと ガルタマシッダールタ の覚えかたはありますか?

499 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 11:38:20 0
>>495

ありがとうございます。
まったくわかりづらい名前ですね。

500 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 13:23:20 0
>>490 >>491
国際信号旗とか船旗とかの海関係のでないかい?
もうじき1:30なのでバイバイ。

501 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 16:52:21 0
>>490
エジプト?

502 :501:2010/09/27(月) 16:53:34 0
間違えたスマソ

503 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 17:47:44 0
陶潜 字が淵明

 潜れるほど淵明らかなり ってことやね

504 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 18:34:25 0
陶淵明、字は元亮という説もある。

505 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 19:13:14 0
東晋の北府軍のルーツは祖逖の軍団、西府軍のルーツは劉弘から陶侃に引き継がれた軍団と考えて正解ですか?

506 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 20:00:50 0
>>504
淵明るくして 元から亮(明るく光り輝く様子)なり

507 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 20:14:23 0
>>505
祖逖系の軍団は後に反乱を起こしてるから、直接の北府軍の起源は郗鑒の軍団
になる。
西府軍は劉弘から陶侃に軍団が引き継がれてるかどうかはなんとも言えないが、
陶侃が劉弘の元部将である以上、陶侃軍に劉弘系の将兵はいただろう。
陶侃の軍団が西府軍の元なのは間違いない。

陶侃も郗鑒も東晋政府に軍団の後継者の選定を委ねていて、そこから北府、西
府が出来てくる。

508 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 20:36:22 0
よめない・・・

509 :sage:2010/09/27(月) 20:41:50 0
>>491>>500>>501
ありがとうございました。

この旗を見たのは、9/18(一日だけ)埼玉の南の方で
何故か、コンビニ(セブンイレブン)の入口に飾っていました。
2旗のみでした。18日でも調べてみましたが、関連が分りません。

謎でした。またそのコンビニに、もしも行けたら聞いてみます。
ありがとうございました。



510 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 21:53:55 0
ヨーロッパ中世あたりの質問こい、こい、たんとこい。

511 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 22:23:34 0
>>510
金襴の陣ではどんな御馳走が出されたんですか?

512 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 22:31:06 0
>>495
陶氏、王氏、顧氏は全部東晋の有力豪族。
東晋は琅邪王だった元帝が永嘉の乱前に洛陽を脱出し、
琅邪王である縁で地元の有力豪族王氏の手引きで脱出し
時代遡ること、20年前まで存在していた呉王朝の豪族や琅邪の豪族王氏らに
推戴され建国し、一族からは文化人を相次いで排出しているな。



513 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 22:44:56 0
>>512
陶氏は有力豪族じゃないだろ?
数代前に陶侃が位人臣を極めたが、それ以降は泣かず飛ばずの一族。

514 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 22:50:29 0
では初歩的な質問。
カタリ派って、佐藤賢一の本ぐらいしか知らないのですが、もともとはどこから別れたの?

515 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 22:53:08 0
ユリウス・クラウディウス朝が断絶したのは近親婚が多かったから?

516 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 22:57:53 0
呉時代から将軍だしているのに有力じゃないとか・・・。晋書列伝にも陶侃ふくめて3人入ってる。
勢力伸長は世の常だが、有力であったのは事実だよ。

517 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 22:58:07 0
>>511
バランゲム風カレーライス。
フランドルの西、ブローニュの北のほうに
カレーって町があってイギリスの大陸での根拠地だったのよ。
その郊外にバランゲムって呼ばれてたダダぴろい原っぱがあってそこで
テューダー家のでぶでぶヘンリー8世と、
ヴァロア・ダングレーム家のダビンチ大好きフランソワ1世がお食事会をしたのよ。
そのとき金ぴかの天幕がずらっと並んでたってたから金襴の陣ていわれてるの。
当時の常識からいってまずワインよね。次にマトン、これは臭いのよ。
次にお塩ベッタリの、豚さんのハム、超リッチな生ハムよ。
豚さんといえば丸焼きよね。楽しい狩りでの獲物もあるわね。雉、鹿、猪とかね。
あとなにがあるかなー?野菜と果物ね。これはたいしたものは用意できないはね。
近在の農家や修道院で栽培されてたものになるわ。
あ、忘れてた、サーロインよ、サーロイン。もしかしたら食べてたかもよ。
テーブルマナーは手で食べること、ちょっと齧ってすぐ床に捨てることね。

518 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 23:25:34 0
>>515
属州総督ウィンデクスが反乱を興して、それを見た元老院や親衛隊は、ネロを見捨てて殺そうとするの。
ローマ郊外の別荘(自由奴隷の秘書のだったとおもう)に身を隠したんだけど、辱めを受ける前に自害するよう
臣下からもいわれていやいや自殺したのよ。
だからユリウス・クラウディウス朝はネロが自殺して断絶したの。
そのあとケチケチなガルバや、ネロのもとおホモ達のオトとかお追従のウィテリウスといっぱい
皇帝がでたんだけど、最後はユダヤ戦争の指揮を執ってたウェスパシアヌスが息子のティトゥス
に後をまかせてローマへ進軍するのよ。ローマに入ったウェスパシアヌスは元老院の支持を得て
『ウェスパシアヌスによる平和』を宣言して皇帝になるの。
ウェスパシアヌスのフラウィウス家は騎士階級でそこそこの家柄ってていどよ。

519 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 23:34:27 0
>>514
オクシタニアを読んだのね。スケベ。
脳内記憶だとバルカン半島の正教会系の異端が発祥だったと思うわよ。
たしかボゴミール派だったとおもけど。
ただこれに関しては意見のわかれるとこね。

520 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 23:40:00 0
>>519
バルカン半島の正教会系ってぇと、ギリシャ正教の流れ?
あれ、当時はもう別れていたのかな?
最初からローマカトリックとは相容れなかったと言うことでしょうか?

521 :世界@名無史さん:2010/09/27(月) 23:53:53 0
>>515
ユリウス・クラウディウス家の人たちだけじゃなく当時のセレブ一般なんだけどね、
ワイン、それも当時最高級とされていたギリシャ産をガバガバ飲んでたことが問題だったらしいわよ。
ギリシャ産のワインは甘くて美味しいんだけど、醸造過程に有害な鉛がいっぱい溶けこんじゃうの。
だから、飲み続けると鉛中毒になって頭おかしくなっちゃうのよ。
ワイン以外にもセレブ御用達高級化粧品にも白鉛が普通に使われてるし、セレブな邸宅に引き込んである
水道管も加工の容易な鉛が使われてたし、セレブ=鉛中毒患者とその予備軍なのよ。
だから、セレブの中のセレブ、皇帝に変態が多かったのよ。
ちなみに貴族階級の出生率は今の日本の半分程度だったらしいわ。
鉛って怖いわね。

522 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 00:16:11 0
それを言うなら平安貴族の白粉も鉛の混ぜ物だったが
どれほど影響があったかはわからんな
大体鉛が致命的に害毒になるのは有機化合した場合であって
水にはそんなに溶けるものでもないし

523 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 00:18:18 0
>>520
それって鬼のような質問よ。
カソリックも正教もはっきりしてない3世紀ごろから説明しないと
理解できないかも的鬼問よ。

3世紀ごろにはキリスト教なんてそれぞれの地域やコミュニティによってバラバラだったのよ。
考え方(教義ってやつね)も儀礼も、生活上の宗教的タブーも違ってたのよ。
ローマ化されたものや、ユダヤ的なものまでね。この違いの代表が割礼に対する考え方の違いね。
割礼って知ってる?そう、おチンチンの皮を赤ちゃんのときに切っちゃうのよ。
おっきくなっても怖いのにね。
ユダヤ的な伝統を色濃く残す一派は割礼を宗教儀礼として維持してきたわ。
一方のローマ化された一派は、ローマ人一般が忌み嫌う割礼の儀式を捨てちゃったのよ。
こんなふうにみんなてんでバラバラだったの。 ここでいったん休憩よ。

524 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 00:27:43 0
>>523
勝手に休憩すんな!

525 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 00:28:31 0
http://www.voynich.com/cathar/index.htm

カタリ派の淵源は、紀元前後に大流行したグノーシス主義。
「この世には善悪の二つの原理がある」「この世は邪悪で穢れている」
「この世を創造したのは悪魔だ」「我々はもといた穢れなき光の世界に帰るのだ」という思想で、
戦乱や亡国により居場所をなくした人々には魅力的に思えたようだ。

これが諸宗教と混交して3世紀には東方でマニ教を生み、キリスト教の「異端」とも深く関わった。
その一派の「小パウロ派」が小アジアからアルメニアに逃れ、ここでも迫害されてトラキアへ移され、
ビザンツ帝国と戦っていたブルガリアに広まった。そして東欧からの交易路を通じてオクシタニアに来たらしい。
もとは聖職者の堕落に反対する民衆運動だったが、修道士運動のようにカトリック教会内部に入ることは拒み、
ボゴミル派教義を受容したこともあって一般的なキリスト教からも逸脱していく。

526 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 00:35:52 0
>>522
それは環境衛生工学の分野よ。
水道管説は結構昔からいわれてることよ。
実際、某大学の環境衛生工学の講義でも耳にしてるわよ。


527 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 00:43:37 0
やっぱり歴史学って工学分野との連携がこれまで以上に必要だよなと
そういう話を聞くたびに思う。
史料や文献だけでなく、専門知識をもつ人材でないとわからないことが多いね

528 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 00:47:59 0
>>523
誰か、大帝じゃないのにコンスタンティヌス大帝のミラノ勅令あたりと
ゴーマニズム宣言的『ペテロの座』ことローマ司教もとい強硬教皇でごわす。
このあたり説明してあげてちょだい。

529 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 00:56:34 0
>>527
工学分野は、何かを解決するソリューションの学問なので
解決分野の主体になることはないのです。
工場プラント設計や機械・ソフトウェアの選定も生産物を作る
目的達成に行うものであり、そこに技術者は喜びを見出すものなのです。
施主さんが主体で、工学は従なのです。
施主さんの情熱を叶えて、笑顔を見ることがわれわれの最大の喜びなのです。

530 :529:2010/09/28(火) 01:01:33 0
日本は産業空洞化して、さいきん暇だなー
ジャワ島は暑いのでいきたくね〜

531 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 01:05:55 0
>>530
南アで石炭を掘ってレアアースを分離させようコースとかどうよ

532 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 01:28:56 O
De unione Templi et Hospitalis ordinum ad Clementum Papam Jacobi de Molay の
日本語訳は「テンプル騎士団と聖ヨハネ騎士団(の合体)」でしょうか?
恐らく、テンプル騎士団と聖ヨハネ騎士団(の合体?)に関する、
ジャック・ド・モレーから教皇クレメンス5世への書簡だと
思うのですが、経緯について詳しいサイトがフランス語しかなく
良く分かりません。

533 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 01:50:15 0
>>532
普通は、統合か団結。
同じ意味なら合同、合体でもニュアンス的に合うもの選んだら。
フリーメイソンのロッジのWEBその手のことのってるから見てみたら。
一応、英語。
ま、トンデモ系なんだけど。

534 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 01:52:36 0
テンプル騎士団とヨハネ騎士団の合同 教皇クレメンスへ ジャックドモレー

535 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 01:52:48 0
いや連合か

536 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 03:03:26 0
テンプル騎士団とヨハネ騎士団の合同の順位について

合同の話が出た際に、どちらが優位を取るかという意見書

537 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 04:49:57 0
カマ豚きめえ

538 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 04:57:52 O
三国志の時代の
華北の人口は
どれ位だったんですか?

539 :507:2010/09/28(火) 06:21:43 0
>>521
水道管鉛中毒説のほうは、まず水道管の中の水が常に流れているから鉛が溶け込む
時間が最小限ということ、鉛管に水中の炭酸カルシウムが付着して膜を作ることが
wikipediaでも指摘されてるぞ。ただ、この辺は水質によるものみたいだから、ロー
マ水道の水質が分からないとなんとも言えないが。

だが、もし、鉛管がそこまで壊滅的に有害なら、この日本でもっと鉛中毒の害が報
告されているはずだ。今も数百万世帯が鉛管のままなうえ、日本の水は炭酸カルシ
ウム層は出来にくくて、水道管を腐食させる性質が強いから、鉛が溶けやすい。

それと、ワイン醸造に鉛が混入するんじゃなくて、ワインの甘味料に鉛が含まれて
いた。その害はあったかもしれんが、当時ワインは水で薄めて飲むもので、ガバガ
バ飲んで酔っ払うような行為ははしたないものとされていた。
だから、誰だったか忘れたが、ワインをストレートで飲む皇帝が特記されていたが、
カリギュラやネロといった暗君ではなくて、ティベリウスか五賢帝の誰かだったと
思ったが。

540 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 07:32:57 0
ストレートで飲んだのはトライアヌスとハドリアヌス

541 :507:2010/09/28(火) 07:46:15 0
念のため言っておくけど、鉛に害がないとは言ってないからな。
ただ、水道とローマ帝国の興亡に全然相関関係は見られないこと、この辺
は本当に同じ水源で再現実験でもしてローマ水道中の水中の鉛含有量を測
定しなければ、鉛管即頭がおかしくなるという誤解を与えかねないという
ことだから。

それとローマ皇帝観が、頭がおかしいだのワインがぶ飲みだのイメージが
先行し過ぎてる観が強すぎだからだ。鉛を多く摂取しやすい環境で鉛中毒
者出やすかっただろうが、それでローマ皇帝や帝国が全部そうだとでも言
うよう極論は質問板じゃ避けるべきだ。

542 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 07:50:21 0
>>478
マルタ共和国は、自称、フェニキア人の末裔で、言語もセム系だな。
セム語はどれもよく似ているけれど、現代マルタ語はマグレブのアラビア語に共通点が
多いから、オートヴィル王朝期に招聘されたアラビア人の末裔ではないかとも言われる。

543 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 09:06:34 0
>>540 Traianus?

544 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 13:11:55 0
Traianvsでもいいな

545 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 13:25:03 0
Try anus.
でないことは確かだ。

546 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 13:28:36 0
Trajanus

547 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 15:31:12 0
>>539
ローマの導水システムはかなり大規模よ。複数の導水システムによって支えられていたわ。
水源からローマまでは、数十キロ程度あったと思って(それぞれで幅があるのよ)。
当たり前だけど石造(ローマセメントで補強)部分がほとんどで、一部は開渠内に木製管を
設置していた区間もあったわ。
また、指摘のとおり、もともとがミネラル分の多い水質で、現存する水道橋などを調べると
5〜10cm程度の炭酸カルシウム層の付着はざらに見られるわ。場所によってはそれ以上よ。
距離がある分、それほど勾配はつけられないから、全体としてはかなりゆっくりした流れだったはずよ。
ローマ市内で生活用水として使用される前には、砂を使った濾過システム(複数よ)を通り、公共用、
個人宅用などに分流されるの。そこから市内各地の貯水層へ別れて行き、さらに邸宅用に石造、鉛管
などを使った市内の水道網になるのよ。庶民の家には通常、水道は引かれてないわ。
一応の補足程度よ。脳内オンリーだから、よい子のみんなは個々に検証しないとダメよ。

548 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 15:49:25 0
>>539
それとワインの件だけど、正確には搾汁の段階で、鉛が入り込むらしわ。
中世みたいに足で踏んでないわよ。機械搾りよ。
説明が面倒だったんでワイン醸造ってしたのよ。農学部いたら説明おねがいね。

549 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 16:45:29 0
以前、情報の断片を見かけたのですが、人名を思い出せないので手掛かりをおねがいします

うろ覚えの範囲で、
・ビザンツの人物
・戦術面で非常に優れた軍人
・保身の術に乏しく、主君からは冷遇された
・大変な恐妻家

ここからは推量で、
・戦史ヲタなら押さえておくような人物だが、日本の歴史教科書に採択されるほどではない

恐妻家、将軍のキーワードで検索してみたのですが、
戚継光やら源頼朝やらの別人がかかってしまいました
(頼朝が恐妻家というのは疑問だけど)

550 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 16:53:03 0
ベリサリウス

551 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 16:55:29 0
>>547-548 気色悪りぃ

552 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 16:58:12 0
>>549
べリサリウスよ。
たぶん間違いないわよ。

553 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 17:26:06 0
>>550>>552
ありがとうございました。探していた人物はそれで間違いありません

簡単な人物伝に目を通したところですが、想像し難いほどの不遇っぷりですね
彼の主君はユスティニアヌス帝と言うんですか…
なんという恩知らずな…

554 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 19:05:04 0
>>545
アッー


ていう書き込みほしいいんだろ!

              \   ∩─ー、
                \/ ● 、_ `ヽ
                / \( ●  ● |つ
                |   X_入__ノ   ミ 俺は釣られないクマ ・・・
                 、 (_/   ノ
                 \___ノ゙
                 / 丶' ⌒ヽ:::
                / ヽ    / /:::
               / /へ ヘ/ /:::
               / \ ヾミ  /|:::
              (__/| \___ノ/:::

555 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 20:34:17 0
ガンジス川って普通に宇宙人の死体も浮いてるってホント?

556 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 21:01:22 0
ユスティニアヌスはベリサリウスを信用しなかったのに、
なんでナルセスは信用したんだろうな?
どっちも野心が無くて有能な人物であることに代わりは無いのに。
ベリサリウスはよほど怪しげな奴だったのかな?

557 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 21:05:54 0
宦官だったかららしいよ、ナルセスが。

558 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 21:25:39 0
4世紀ぐらいからローマでも宦官がはびこってくるんだよな
帝位を狙わないから信用できるったって、去勢された時点で性格ねじまがるだろうに

559 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 21:30:12 0
去勢ってどうやってたのかな?痛くなかったのかな?感染症とか大丈夫だったのかな?
麻酔も薬も外科的な技術もなかったでしょ?今ほど?

560 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 21:32:07 O
砂に埋めるんだったか?

561 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 21:35:10 0
古代は半数以上が去勢手術で死亡してたらしいね。
麻酔は無かったけど、外科技術は中国でもローマでもかなり発達してたよ。

562 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 21:36:40 0
宦官が普通の人間より腐敗しているというのは中国人史家の印象論だけどな。
宦官だからというより君主の傍に侍っているから腐敗しやすいだけ。
もっといえば、貴族以外から出てきて常に君主の傍に侍っているのを見ればそりゃやっかみも受けるさ。

563 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 21:47:30 0
そりゃまあ、権力の近くにいて悪く言われないのは難しいからねえ。

564 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 22:01:37 0
「自ら去勢して後宮に入り君主に取り入ることは人情に外れたことであり」と管仲も言っている。

565 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 22:16:36 0
ナルセスなんて名前をつけられたとこをみると若いころは美少年だったんだろう。
ひょっとしたら皇帝とへんな仲だったのかのしれぬ。
愛と友情で結ばれた皇帝と家臣!

566 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 22:16:41 0
秦の趙高なんて極悪度では宦官の鏡だね。
ローマでは男⇒女の性転換手術してたって読んだことあるぞ。

567 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 22:19:27 0
漢の鄭衆、蔡倫、呂強などのような宦官も居るがね。
清貧な忠臣、発明家、極諫の臣。

568 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 22:26:19 0
蔡倫の最後はかわいそう。
そういや明の鄭和とか以外とメジャーな宦官多いね。

569 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 22:42:40 0
>>566
皇帝ヘリオガバルスがそれやって、奴隷に抱かれたり、
夜は娼婦として体を売ったりしてたそうだ。

570 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 22:44:28 0
>>567
唐の張承業を忘れるな。多分中国史上最も能力と忠誠心と高潔さと気骨を兼ね備えた宦官。

571 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 22:48:07 0
やはり鄭和はスケールがでかいわー

572 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 23:14:26 0
世界で一番隣国と接している国ってどこ?

573 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 23:15:04 0
ロシア

574 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 23:15:54 0
まじか。ちなみにヨーロッパ内では?

575 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 00:07:48 0
ロシア

576 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 00:12:30 0
第一次ロシア=イラン戦争の講和条約のゴレスターン条約の後、第二次が始まる前、イラン-ロシア間で何か条約が結ばれてると思うんですが、何か分かりますか?

577 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 01:34:02 0
>>576
まじか?ガージャール朝時代の研究してるけど、普通に知らんかったよ。どんな条約だよ?
暫定的な休戦協定か何か?

578 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 05:25:09 0
高力士はどうなんだ?

579 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 15:37:03 0
>>566
澁澤龍彦のヨタだよ

580 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 15:43:48 0
「彦」の旧字体って出ないんだな

581 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 18:09:03 0
ん。unicodeを見ても無いね。

582 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 18:52:43 0
イギリスとアフガンの間で三度に渡って繰り広げられた戦争に関して
結末とか経緯などを教えて欲しいです

583 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 18:55:36 0
そんなの1レスで語りつくせない

584 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 19:08:12 0
明末期なんか宦官の専横でくさってたろ・・・・おまえら崇拝しだしたら平気で理想化するから怖いわ。

585 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 19:12:12 0
>>574
歴史上遡っていいのなら、オーストリアではないか?
飛び地が多い、というより、オーストリアの領土はほとんど飛び地だったから。
隣接する王国、公国などを全部あわせたらdでもない数になるのでは?

586 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 19:23:57 0
それで言うと神聖ローマの諸邦国を独立国扱いするのか、
まとめて神聖ローマ1国扱いなのかとか、
マラータ同盟は何ヶ国なのかとか計算する国の定義から考えないといけない気がする

587 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 19:27:35 0
>>582
第1次アフガン戦争(1838〜1842)
ロシアの南下からインド植民地を守る防壁とするために、アフガニスタンに親英傀儡政権を
建てることを目的としてインド軍がアフガニスタンに侵攻
しかしボロ負け
インドにおける、英国軍無敗神話が崩れる

第2次アフガン戦争(1878〜1880)
アフガニスタンのシャー・アリが親ロシア政策をとり、英国(インド)からの使節団が入国を
拒否されたため、インド軍がアフガニスタンに侵攻
シャー・アリを追放し、アフガニスタンを英国の保護領化する

第3次アフガン戦争(1919)
第1次大戦で英国が疲弊したのを、保護領の立場を脱して独立する好機ととらえたアフガニ
スタン側がジハードを宣言
ラワルピンディー条約で、王制の独立国として承認される

588 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 19:30:13 0
>>584
誰も理想化なんぞしておらんがな。
清廉なる士大夫様(笑)よりも平均して清廉だったというなら理想化だろうが。
その専横、別に宦官じゃなくても起こりうるし、同じだけ権力に近ければ腐敗割合なんぞ変わらんよっちゅう話をしているわけで。
逆に言えば、宦官にも名臣は居るよって話から名臣を挙げる流れになったわけで。

単純に宦官と常に対立する立場である士大夫が書いた史書に基づいた見識をそんなに信用するんかいのうっちゅう話でもあり。
夷狄の反応に対する記述と同じくらいバイアスかかってるものとみて相違ないよ。

589 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 20:03:07 0
>>587
第三次アフガン戦争では戦車や戦闘機は使用されなかったのかな?

590 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 20:09:10 0
中国史上最初の銀行強盗っていつの何という事件なんでしょ?

591 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 20:16:11 0
>>579
タっちゃん以外にアルトナン・アルトー?こんな感じの名前のたぶんフランス人が書いた
ヘリオガバルスの評伝でも見たような記憶があんだよね。

592 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 20:21:25 0
>>589
戦車は知らないけど、航空機による爆撃は行われている

593 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 20:24:06 0
アフガン兵のような山岳地帯に潜むゲリラに戦略的爆撃はあまり意味がないんだよ

594 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 20:31:10 0
英印軍はグルカ戦争での経験に慢心していたんだろうなww

595 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 20:52:10 0
マラータ王国とマラータ同盟とマラータ宰相の区別がよくわからん。

596 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 21:07:37 0
>>595
マラータ王国…デカン高原西部のヒンドゥー系王国
マラータ同盟…マラータ族の諸侯の同盟
マラータ宰相…マラータ王国の宰相でマラータ同盟の指導者

597 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 21:39:05 0
漢代の都市住民はどんな食事をしていたんですかね?
ローマとかはその辺の資料が豊富だけど、漢は全然記述が無くて。

598 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 21:42:53 0
司馬遷『史記』からチラっと見だけど
河北省-粟粥
湖北省-ちまき

599 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 21:56:41 0
なんせ漢の時代の中国には饅頭がなかった。

600 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 22:05:09 0
関西では小麦がとれたんだよ。

601 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 22:17:58 0
その麦の食い方はクレープだったと言われている

602 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 23:04:21 0
>>597
実は現代で連想されるような中華料理の類は漢代にはまだなかった
粥や餅が主食で酢漬けの刺身や豚肉の塩辛や醤油や味噌といった麹類の調味料で味付した麺料理など
それとこの当時の中国は床に正座して食事をしていたんだ・・・・・全体的にどっかの国と似てるよね・・

603 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 23:28:08 0
飯寿司とか七草粥とかカブや瓜の漬物とかもあるよ。
豆腐や梅の塩漬けも。
鶏卵なんかもある。馬王タイ墓で無駄に沢山見つかった。

お団子も黒蜜もあるけど、お団子に黒蜜かけたりもありだったのかな。

604 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 23:44:49 0
>>599
饅頭を作ったのは孔明ってのは、たぶん伝説にすぎないと思うぞ

605 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 23:45:16 0
>>561
豚の去勢なんて、ハサミでチョッキンと切るだけだよ。

606 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 23:49:08 0
>>572
レソトかバチカンだろ。
一週グルッと囲まれてるし。

>>585
飛び地でいうなら、オランダとベルギーだろ。
家一軒のそのまた半分の飛び地とかあって、玄関と居間が別の国、台所までもう一度国境またぐとか。
飛び地の中の飛び地まで数えると500くらいあるそうな。

607 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 09:09:04 0
>>588
斉の豎チョウ、秦の趙高、後漢の十常侍、蜀漢の黄皓、明の劉瑾、魏忠賢
亡国の元ばかりつくっていますが何か? 

608 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 09:18:14 0
おまえの書き込みが何か?だよ。
悪辣な宦官もいれば、まともなのもいたよなってだけの話だぞ。
この話題の何がお前の逆鱗に触れたんだ?

609 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 09:29:11 0
>単純に宦官と常に対立する立場である士大夫が書いた史書に基づいた見識をそんなに信用するんかいのうっちゅう話でもあり。
夷狄の反応に対する記述と同じくらいバイアスかかってるものとみて相違ないよ


ふーん司馬遷はどういう立場だったと考えているのかな。

お前呼ばわりし始めた輩は急に攻撃的になったが、本性が出てきたね。
なんとも恥ずかしいお人だ。

610 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 09:37:41 0
>>607
最初の二つ以外は記録が全て宦官と対立する立場から書かれてることを知ってますか。

後漢の十常侍は呂強と対立する存在で、呂強は封侯を断り、十常侍を排除することに命をかけており、
彼は皇帝に疎まれても、家族が貧窮に瀕しようと、朝廷で孤立しようと構わず諫言を続けています。
またそういった清廉な宦官が呂強の他にも八人ほどいたことが史書に残されています。
つまりおよそ半々くらいから「皇帝が佞臣の方を選んだだけ」だったりします。
そして、『後漢書』は呂強の側を賞賛しています。

さらに言えば、そもそも宦官は皇帝権力の尖兵であり、後漢の滅亡は『三国志演義』ではともかく、
史実では皇帝権力対地方豪族≒名士≒士大夫という所に帰着しますので、
名士の末裔である六朝貴族がが宦官を書くときのバイアスは考慮に入れなければなりません。

黄皓のケースは陳寿が思いっきり対立派閥で、しかも蹴落とされた側ですし、
佞臣とはされていない、閻宇、諸葛セン、董厥らと連帯して、
姜維の軍事費の浪費を止めようとした件も伝えられていて、完全な佞臣とは言い難いです。

それに、あなたも中国の長い歴史でそれくらいしか挙げられてないことでもわかるとおり、実際はそこまで影響してません。

611 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 09:45:28 0
>>610
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E5%B8%B8%E4%BE%8D

『後漢書』によれば、宦官が本格的に政治上の権力を持つに至ったのは桓帝の時代、外戚の梁冀の排斥に功績を挙げた単超・徐?・具?・左?・唐衡の五名の宦官が重用され
「五侯」と呼ばれるようになったころである。単超の死後、傲慢になった五侯は失脚するが、その後の霊帝の時代にも侯覧、曹節、王甫が現れ、党錮の禁など幾多の政争において勝利し、
権勢を振るった。このころには、汝南袁氏のような名門の一族からも袁赦のような宦官が出るようになる。最終的には侯覧は自害、王甫は刑死に追い込まれるが、曹節は181年まで生き延び天寿をまっとうした。
曹節の没後には、十常侍と呼ばれる宦官の集団が存在したことが記録上確認されており、彼等は霊帝の寵愛を受け、絶大な権勢を振るった。中でも張讓と趙忠との権勢は大きく、
張讓と趙忠は皇帝にわが父、わが母とまで呼ばれた。
彼等の親族の多くが地方官に取り立てられ、至る所で人民を貪欲に搾取した。彼らを君側の奸と見なし、その横暴に漢王室の将来を憂う者もいたが、そのような者は十常侍により乱心者として
処罰されるか見てみぬふりをせねばならなかった。呂強や張均のような良識ある人物は、十常侍の腐敗を弾劾したが、やはり逆に処罰されている。逆に宦官におもねって官職を得ようとする者達も出現した。

612 :588、610:2010/09/30(木) 09:45:57 0
>>609
恥ずかしいのは君だよ。
「本性がでてきた」などという発言をするということは、
「本性」とやらが出る前の発言を知っているということで、
つまり同一人物認定をしたということなのだろうけど、
君の同一人物認定は思いっきり外れているし、甚だしく不快だ。

613 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 09:50:22 0
>あなたも中国の長い歴史でそれくらいしか挙げられてないことでもわかるとおり、実際はそこまで影響してません。

斉国・漢帝国を衰えさせ、秦、蜀漢を亡国に導き、明の内憂となり、大乱の種を幾度も作ってきたが、
「そこまで影響がない」とはコレいかに。


614 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 09:56:18 0
>>611
wikiソースで語るのかよとは思わないでもありませんが。
私の発言と矛盾していますか?まさしく帝室がよからぬ人を積極的に選んだものと思われますが。

>>613
それ以外の国家のほとんどは、宦官とは別ソースの佞臣を抱えていたわけです。
宦官は変わらず権力に近かったにも関わらずね。
宦官であることと、健常者であることは実際にかわらないでしょう。

615 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 10:05:16 0
>>612
ようするに便乗たたきの輩か。
>>588は史書そのものの正当性まで疑問を呈しているが、
実際は国政を揺るがし、天下に大乱を招いた事実を無視して
自説を主張している。
ときたま、異説を唱え、自己の説を押し通すあまりに史料を無視して
自説を補強しようと試みる輩がいるが>>588の言っているのはそういうことだよ。

明なんて皇帝独裁も相まってそれが宦官に利用されている。
つか、俺がどうこういうより、中公新書から宦官―側近政治の構造が出ているから一度読んでみたら。

616 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 10:11:55 0
>>615
その本は既に読んでいるが、その本とは別の結論を持っているというだけ。
そしてその本にも書かれている通り、人は多く宦官を「宦官族」という特殊な人種として受け取りがちだ。
また、史料を無視しろと言っているのではなく、史料記述にはバイアスがかかっていることを承知して読めといっている。
また、国政を揺るがし大乱を起こしたということを覆した訳ではなく、皇帝権力の傍にいるからキーパーソンになりがちなだけで、
宦官であるか否かはそれほど大きな意義を持たないと言っているだけ。

617 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 10:23:00 0
>>614
>それ以外の国家のほとんどは、宦官とは別ソースの佞臣を抱えていたわけです。

唐も末期は宦官が専横していたよ。 


618 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 10:24:10 0
ついでに言うが、これ以上続けるなら中国の宦官史スレ行こう。

http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/whis/1284223637/

619 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 10:25:24 0
>>617
ほとんどはと言っておろうに。
だからこっち行くぞ。
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/whis/1284223637/

620 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 10:36:04 0
>>619
おまえがいけよw 

晋末に塞外民族が侵入してから隋唐が中華帝国化するまで帝室や軍閥、外戚の力が強すぎて宦官は権勢に割って入る余地がなかっただけ。
唐も中期すぎると専横しはじめるし、五代十国でも南唐で宦官の勢力非常に強かった。
そもそも、統一王朝である、漢、唐、明、宦官の禍を被っているな。
溥儀と宦官の関係も気色悪いものであったし、お前如きが先人の宦官の悪行の数々をひっくりかえせるはずもない。
失せろ。


621 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 10:42:24 0
そもそも俺は>>607の指摘のみするつもりだったがどこかの野良犬がかみついてきて
欝陶しいことこの上なし。
同一人物じゃないといっている癖してあたかも>>588がバイアスかかった史料を〜の
弁論までしているから本人なんだろうが、なんともキャンキャンとうるさいことだ。
こんな気味悪い人物に関わりたくないね。御免被るよ。


622 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 10:42:29 0
マナーも知らないのかこいつ……。

623 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 10:42:51 0
まあ、貫徹できなかったにしても
清の宦官の禍に対する姿勢や体制を見れば、ねえ。
独特の「文化」や統治上の役割から、特殊な「族」や集団と見て差し支えあるまい。

はい、次↓

624 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 10:45:45 0
大体ここは質問スレだ。 >>588の言い分だけでは>>607の実例あげないと両論併記にならんだろう。
質問者が自分の判断材料にすれば良いのであって、暗がりから野良犬が吠えてコッチにこいとか
馬鹿じゃねえの>>619などに付き合う気微塵もないね。

625 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 10:47:53 0
>>622
噛み付いてきたのはお前だろうどうせ>>588が第3者装っただけなんだろうがね。
お前のような「うざい」奴とこれ以上話す事は何もない。
不愉快なだけだからな。

626 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 10:49:52 0
>>621
私は>>608が私じゃないといっただけだ。
流石に>>609のあとの8分強であんな長文を書ける訳もない。
攻撃的ということを嫌っているのなら、君も攻撃的になるのをやめなさい。

627 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 10:50:42 0
はい、次↓

628 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 19:29:13 0
ウマイヤ朝がアッバース朝に取って代わられた時、
なぜイベリア半島だけはウマイヤ朝の残党の手に残ったのですか?
強力なウマイヤ朝支持勢力でもいたのでしょうか?

629 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 20:21:17 0
>>628
北アフリカのベルべル人の支援があったからよ。
アブド・アッラフマーンの母親がベルベル人出身だったの。
『ローランの歌』に登場するムスリムの君主よ。

630 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 20:24:52 0
ベルベル人ってトゥアレグ族のこと?

631 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 20:41:58 0
もっと広い
ベルベル語を話す諸族をまとめてベルベル人と言う

632 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 20:50:44 0
バルバロイとベルベル人って関係あんの?

633 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 20:54:54 0
>>632
まさにそれに由来している。なので、他民族からの蔑称

634 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 20:55:18 0
>>629
そのわりに北アフリカもアッバース朝の版図に入ってるみたいだけど。

635 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 21:02:24 0
>>632
全然関係ないわよ!
バルバロイって古代ギリシャ人から見て自分たちとは違う民族を
蛮族つまりバルバロイって呼んだの。
意味は『訳の分からない言葉を話す者』。
おもに黒海沿岸に住むスキタイ人や、民主制よりおとった政治体制とギリシャ人が考えてた
専制君主の支配するペルシア人を指して使われたわ。



636 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 21:06:32 0
>>632 >>633
ごめんさいね。
問題の趣旨を間違えてたわ。
てっきりオスマン期の海賊の渾名と混同してるのかと思ってたわ。

637 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 21:14:25 0
異民族の起源も古代ギリシャだったのか。すごいなあ

638 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 21:20:01 0
>>634
その認識でOKよ。
ただ、北アフリカはアッバース家のものといっても行政、統治機構のみなのよ。
初期から中期にかけてのイスラム帝国では、
地方の総督(もしくは軍司令官:アミール)は中央から派遣されてくる
おもにアラブ系の聖職者(実際は官僚)が担っていたわ。
たいして、ベルベルは遊牧系の部族社会で地縁、血縁重視よ。
彼らはムスリムとしてアミールに従うだけ。
だから、ベルベルに対する政治的な影響力なんてカイワルーンなどの
都市とその周囲のみでしか持っていないわ。

639 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 22:35:40 0
>>632,633,635
北アフリカの諸民族をベルベル人と呼ぶのはギリシア語のバルバロイに由来する、であってるよ
日本人が外国語を「ペラペラ」という擬音(?)で表現するように、古代ギリシア人にはギリシア語以外の
言葉は「バルバル」と言っているように聞こえた(というか、そう表現した)
「バルバロイ」を「訳のわからない言葉を話す者」ってのは意訳で、要するに「『バルバル』と話す者」
が「バルバロイ」
当然、北アフリカの諸民族も、ギリシア人から見ればバルバロイ

640 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 22:36:54 0
ちなみに英語で蛮族をバーバリアンというのも、バルバロイが語源ね

641 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 22:51:33 0
古代中国でも文明国と蛮族といった似たような思想があるね

642 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 22:59:03 0
中華思想ね。
類似の思想はローマ、イギリス、アメリカなどの覇権国家全般にいえることね。
アレクサンドロスの東方遠征の動機のひとつともいえるかもね。

643 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 23:01:48 0
ただ、モンゴルに関してはちょっとなやむわね。
どうなのかしら。

644 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 23:06:30 0
アメリカもちょっと違うんじゃない

645 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 23:08:25 0
漢人は物凄い勢いで弾圧されてたけど、あれは伝統的な対立意識が転化してる気もするね。

646 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 23:11:19 0
五胡十六国時代から隋王朝の成立で漢民族としてのアイデンティティや中華思想の正当性も崩壊してしまった

647 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 23:14:00 0
南宋の時代に朱子学攘夷思想が確立する

648 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 23:25:54 0
>>644
インディアンのこと考えると、そうなんじゃないのって思っちゃうけど?
ちょっと時代が古いかな。ただ、インディアン居留区はいまもあるけど。

649 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 23:34:22 0
今の中国人は無茶苦茶中華思想って感じよね。

隋以降、たぶん漢人の王朝って明だけでしょ。
それも乞食坊主がヤクザの親分になってさらに変な宗教団体の幹部になって…。
初代はかなりいかがわしい漢人だけど。

650 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 23:34:42 0
>>628
都落ちして辺境で土着化なんてことは歴史上よくあることだし、水は防御壁として最強の
部類になるから、海を隔てたところに落ち延びてゆくというのは、別に理由を問うようなこと
でもないだろうに。

651 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 23:39:35 0
>>649
むしろ当時の意味での血縁的漢人は居ないって話もあるらしいよ。
もう。

652 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 23:43:28 0
>>645
11〜14世紀頃といえばイスラム圏が文明を牽引した時期だし、インド圏も華やかだった時分。
モンゴル人はイスラム圏と直接の交渉もあったし、チベットを介してインド圏の事情も知っていた。
そういう見識からすると、古代に留まっていた支那圏は見劣りがしただろう。精々穀物の供給地、
くらいの認識だ。
現に、支那の穀物や塩をかき集めるための徴税官はペルシャ人やらアラビア人やらインド人やらの
行政官を書記官・徴税官として沢山呼んで来ていただろ。
イスラム圏やらインド人は支配階層の一員として呼ばれてきたが、支那人は収奪されるだけの
上等な家畜くらいのものだ。

653 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 23:45:41 0
>>651
晋の混乱以降、北方系が入って華北はそうよね。
ただ江南の方は大丈夫なんじゃないの?

654 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 23:49:58 O
漢人がほとんど消えたら、文化も絶えて五胡が「漢化」する事なんてないんじゃあ…
だれがそんなこと言い出したの?証拠でもあるのだろうか?

655 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 23:55:04 0
>>652
中国での最大の獲物は、鉄と銀でしょうね。
銀のために塩をかき集めてお札まで刷ったんだから。
武器のための鉄生産(銀も)増産に圧迫されて銅生産量が激減、
銅銭使用を何度も禁止して、紙幣で代用しようともしてるわ。

656 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 23:55:25 0
唐と漢では随分と文化も違うし漢字の発音も違う。
「漢化」ではなく「唐化」なのだ。
江南を支配するために、せいいっぱい歩み寄っても五胡の尻尾が残っている。

657 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 23:57:53 0
>>654
漢化はしてるでしょ。
北宋、南宋の趙氏も北方系よ。もろに中華受け入れてるじゃないの。

658 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 00:00:26 0
>>657
趙氏は、五胡ではなくて沙侘族という新しいお「客」さんを
従えて王朝を築いたのだ。

659 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 00:05:02 0
>>654
自称だが華北には周武王を祖先とする家系がとても少なく
江南に多いということだろうか?

660 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 00:09:48 0
>>658
鮮卑系じゃないの?
後周の郭威、柴栄と同じ系列の鮮卑系だと思ってたけど?

661 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 00:16:07 0
北朝総合スレへどうぞ
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/whis/1284115117/

662 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 00:17:42 0
>>659
呉越春秋の呉王の家系が周武王を祖先とする姫氏を名乗ってたから。
ホントに周武王の子孫なのかどうかかなり疑問。
だから呉王の子孫って意味ぐらいで。

663 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 00:39:24 0
>>659
日本だって似たようなものじゃん。
関東とか九州とかの辺境の武士に、何故か、河内源氏の末裔がいっぱい。

支那の隣の蒙古に関連したものなら、一番遅くまで残ってたジンギスカン裔の王朝は
黒海北岸のクリミアだし。

664 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 00:45:17 0
レーニンの父方の祖母は、カルムイク語が話せて、無量光仏に帰依していた。
ロシアは、ジンギスカン裔なのである(爆)

665 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 00:46:22 0
〜朝や、〜家ってなんなんですか?

〜朝は一つの国と考えていいんですか?
〜家はその国の一番偉い血筋ってことですか?

666 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 00:47:52 0
>>664
レーニンの家系ってポーランド系貴族の子孫でしょ?

667 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 01:00:29 0
>>666
混血の新興貴族。

668 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 01:13:32 0
>>665
〜朝、王朝の政府、政権みたいな感じ。
〜家、王家にかぎらず家系をあらわすもの、日本の氏、姓、苗字的なもの。
こんなかんじかな?ほかある?

669 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 01:17:13 0
>>662
「姫」は氏ではなく姓。当時はまだ姓と氏の概念の区別があった。

姓は当初「種族名」みたいなもので、「氏」と違い名前と続けて言う習慣はなかったようだ。
周の武王を姫昌なんてよぶのはずっとあとの習慣。

670 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 01:36:39 0
姜姓の呂氏
姚姓の胡氏
大野姓の李氏
普六茹姓の楊氏
慕容姓の楊氏
葉赫那拉姓の那氏

華北はもう色々ありすぎて賑やかだよw

671 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 03:27:34 0
 姫姓漢族オワタ〜♪ 5エビ せんじゃー参上
               (胡) 
  \(^o^)/.                  \(^o^)/
    )  )                      ノ ノ
((((  > ̄ > ))))              ((( < ̄< ))))

      \(^o^)/.           \(^o^)/
        )  )               ノ ノ
    ((((  > ̄ > )))) \(^o^)/ ((( < ̄< ))))
                 )  )
                (((  > ̄ > ))))

672 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 03:37:01 0
          ◯                  
         //           ____/\_________
         // |\_____/              /
        // │                      /
        // │        匈奴          (
       //  │                       )
       //  │  鮮卑    羯           /
      //   │                      /
      //   /        氐           /
     //  /     羌              /
     //  /                     │
    //<                      \
   //  \__            ______/ 
   //       \________/
  //

673 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 06:35:02 0
>>664
カルムイクはオイラートなので、言語や習俗がモンゴルにちかいけれども、大帝国時代は
反主流派で少数民族扱い。

674 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 06:57:32 0
>>651
>>654
五胡時代に華北の漢民族がいなくなったって極論している人間もたしかにいる
けど、行き過ぎだな。
五胡十六国時代から北魏にかけて、漢人知識層はきっちり存在しているし、北
魏〜唐の時代にかけて華北貴族は一級名門貴族層で残っている。彼らの基盤
は漢族農民層だよ。多数の漢族を考慮して初めて漢化や北周の府兵制が意味を
持ってくる。

>>652
モンゴルの狙いは農業生産もあるが、経済力だ。紙幣や塩引のシステムも宋の
ものだし、銀も商人・政府間で通貨代わりになっていて、銅生産が限定された
南宋じゃさらに紙幣と銀の流通が加速している。
銀は産出もあるだろうが、貿易による流入も大きかっただろうな。北宋の時代
でさえ、銅銭の流出で銭荒が慢性的問題だったし、そうなると貿易相手の決算
が銀などの貴金属が重要な位置を占めてくるしかない。銅銭は貿易の場合は通
貨というより密輸の輸出品で、貿易総額じゃ常に北宋・南宋の輸出超過だ。

南宋の時代になると、鉱山の消失による更なる銅銭不足と紙幣の円滑な流通の
ためにさらに銀が重要になってくる。交易の収入と銅不足が原因の銀や紙幣、
塩引の決算システムの基礎が既に築かれてるよ。モンゴルが特に南宋を必要と
したのはその経済力による富もでかい。というか重商主義のモンゴルにとっちゃ
その経済システムが必要だったんだろうな。

675 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 07:25:16 0
>>652
南宋バカにしすぎ。全世界のGDPの半分を占めると言われるほどの
超巨大経済大国だぞ。

676 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 07:55:51 O
周王家は「周」氏?

677 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 08:00:43 0
>>676
なんで「周」でググろうとしないの? 馬鹿なの? 死ぬの?

678 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 08:18:06 O
「氏」は分家が名乗るものなのか?

679 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 08:31:17 0
>>674
主に燕の国に姫姓の貴族が残留している。
西晋崩壊時でも河北省や遼寧省は影響が少ない。
中原は西晋の人口減少後、北魏時代の農民層の牧畜兼業比率が漢代に比べると高い。

680 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 08:49:17 P
・福田首相は中国講演で歴史認識について村山談話をかみくだいて語った。
・だがそれは、日本人に向かって言ったのでも、日本人が聞いていたわけでもない。
・こういう大事なことは、日本に向かってこそ語りかけるべきだ。

681 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 09:28:18 0
>>674
南宋の紙幣が欲しくて、攻め取ったの?
こりゃ、お笑い種だ。
紙幣のようなもの、管理通貨とか、貸借関係に基づいた紙幣とか、そういうものは発行元が
潰れてしまうと全く価値が無くなる。
紙幣がその価値を保っているのは、財やサービスと交換できるという裏付があるからだ。

南宋の経済力ったって、んなもの、農業生産に基づいたものだから、結局のところ、蒙古帝国が
支那に欲したのは、精々、農産物だし、農産物こそが遊牧政権が南侵する理由そのものだし。

682 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 09:37:09 0
>>675
人口と農地面積は多いけれど、後進地帯だ。前近代だから、人口支持力=GDPだから、そりゃ
無駄に人口多ければ、数値は高いだろう。
西や南の世界を見てきたモンゴル人が、支那の文化や政治制度に全く全く関心を寄せなかったのも
その為だ。
支那圏はずっと農耕経済が基盤なのに、10世紀くらいから暦の作成すらままならん状況だ。
徽宗の絵や書はそりゃ美術的価値は高いが、それが民間にまで浸透していたわけではあるまいに。


683 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 09:40:19 0
ベイスターズの身売り話は世界史的にどういう位置づけになるとおもいますか?

684 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 09:43:55 0
>>681
お前、あまりにも頭が悪すぎ。消えろ

685 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 09:45:44 0
>>681-682って世界史板各所に湧いている池沼でそ。食スレなんてこいつに
荒らされまくり。死ねばいいのに。

686 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 09:54:05 0
>>649
中華思想というより、第一次大戦後のドイツみたいなもんじゃね。
あまりに周囲にいじめられすぎたせいで、変なカルトや国粋偏執狂に
走ってしまったと。歴代中華思想も同じだよな。

687 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 10:11:16 0
>>685
俺に論破されたのがそんなに悔しかったの?

688 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 10:19:16 0
>>687
キチガイ勝利宣言乙。オナニーは気持ちいいかい?

689 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 10:25:10 0
>>687
こいつ、せめて、パオみたいにコテハン付けてくれればいいんだけど。

690 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 10:42:08 0
>>674
経済システムの話で紙幣が欲しかったなんて言っちゃいないけどな。どう読め
ば紙幣が欲しかったなんて誤読をするのか分からんが、アンカーこそつけてな
いがモンゴル史で杉山史観に影響されてる人間もいたみたいだから、それを意
識した文章にしただけ。

まさか、それにも達していない人間がいることは想定外だったわ。もうちょっ
と東西交易史の勉強をしてから質問板で反応しような。
まあ相手するだけ無駄か。

691 :690:2010/10/01(金) 10:43:46 0
スマン、アンカー打ち間違えた。>>681な。

692 :376:2010/10/01(金) 18:06:19 0
アンジュー朝の呼び方についてのレス。たびたびありがとうございました。
お恥ずかしい話、根本的にアンジューとはフランスの地名である事を認識せずに書いてました。
なので、アンジューを失地したイングランド王がいつまでもアンジュー朝ではおかしいと理解
できました。たいへんお手数おかけいたしました。

>>439
>最初にいっときたいのが、当時のイングランド(ノルマンコンクエスト以降)では、
>王もほとんどの貴族(一部サクソン系貴族はデーンやアングロ・サクソンの混じった
>古い英語?みたいなの使用)も仏語しか使用してないから。
>ウィリアム征服王もギョーム1世(ド・ノルマンディー)だし。
>ヘンリー2世もアンリ2世としか当時は呼ばれてなかったはず。

そりゃそうだわ。と目から鱗でしたが。
しかしですね。ウィリアムに関しては、1080年代作成とされるバイユーのタペストリーでは、
Guillaume(ギョーム)ではなく、“WILLELM(ウィリアムの当時の綴り?)”とあり、ヘン
リー、リチャード、エドワードとは明らかに,呼び方にも違いの判るスペルで書かれてます。
さすがに、WILLELMをギョームと読むのは苦しいと思います。
どう思われますか?
ノルマンディ公爵としては無論ギョームでしょうが、タペストリーが捏造品でなければイン
グランド王ではウィリアムと当時既に呼ばれいた証拠と思われます。
それにコノ作品は、イングランド王室のモノではなく、ノルマン人名のウィリアムをギョーム
と呼んでるフランス側のものです。

バイユーのタペストリー http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%A4%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%81%AE%E3%82%BF%E3%83%9A%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%BC

中世の支配者層の言葉がフランス語とされながら、“いつから”ピエトロ、ピーター、ピョートル等
呼び方を分別するようになったのか。ご存知の方ご教示下さい。また、良い本あったら紹介下さい。
ま、フランスでウィリアムをギョームと呼びだしたのが近世というなら理解出来ますけれど。

693 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 19:05:56 0
タペストリーに「REX(王)」とあるだろ? 多分それ、ラテン語で書いてある。
WILLEMI (調べたが、最後に「I」がつく)は英語やフランス語じゃなくて、ラテ
ン語表記。当時のとくに書き言葉の共通語はラテン語で、ラテン語記述が多い。

ただ、ウィリアムのラテン語風表記には、GUILLELMUSもあるみたいだから、はっ
きり言えないが。

中世の支配層の言語がフランス語じゃなくて、当時のプランタジネット家がフ
ランス諸侯だからフランス語を用いていたということ。宮廷語というのはその
国の言葉じゃないことも多い。近世のロシア宮廷でもフランス語を使用してた
し、かなりややこしくなる。

発音はそれぞれの国の言語の表記と発音に従ってる程度にしておいてくれ。
カール5世が本人が元々ブルゴーニュ語を母語にしてても皇帝としちゃカール
5世だし、スペインじゃカルロス1世になるとかな。

694 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 19:16:30 0
ハプスブルグが王国や公国単位での継承を繰り返してどんどん膨れ上がっていったのに、
それに対する大きな反発も起きず、継承戦争とかが起きなかったのはなぜ?
他のとこがやってたら、他の継承権を主張する人間や周辺諸国が介入してきて、
戦争の一つや二つ起きててもおかしくないよね?

695 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 19:23:16 O
どこにも周王家の氏が書いてない。

696 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 19:34:47 0
>>692
693のいうとおりラテン語よ。
バイユーのタペストリーを作らせたのは、征服王の異母弟のオド(ケントあたりに領地を貰った)で
彼は甲冑を着て戦場にでてても一応は聖職者よ。
その彼が、教会(それもフランスの)のタペストリーに英語なんて使うわけないじゃない。
その手のものは、ラテン語で当然よ。
中世ヨーロッパ全般ではラテン語が公用語みたいなものだったのよ。
スペイン、ドイツ、イタリア、フランスだろうがカトリックの聖職者がいれば
ラテン語だったら多少の違いがあっても会話が可能だし、王や貴族にもラテン語を
理解する教養のある人物もいたわ。

697 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 19:40:30 0
>>694
起きてるわよ。
ブルゴーニュのときも『蜘蛛』ことフランスのルイ11世と
ハプスブルグのマクシミリアンの間で争ってるわ。

698 :693:2010/10/01(金) 19:42:51 0
>>692
あと、追加だが中世ヨーロッパを今の国境と言語の国とは考えるなよ。
イングランドとフランスは特にその辺顕著だし、こっちは今のフランスだ
からフランス語、こっちは英語だとはっきり分けられるものじゃない。名
前なんか特にそうだろう。当時は英語やフランス語も今とは違う。

人名をそれぞれの各国語読みで表記できるのは日本だからでもある。前
教皇のヨハネ・パウロだって、英語じゃジョン・ポールになってしまう。
昔の日本も、ヨーロッパの人名を英語読みで書いて、カール大帝が
チャールズ大帝になってたこともあるくらいだからな。

699 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 20:19:13 0
チャーチルは日本の外交下手を

「日本人は無理な要求をしても怒らず、反論もしない。笑みを浮かべて要求を
呑んでくれる。しかし、これでは困る。反論する相手を捩じ伏せてこそ政治家と
しての点数があがるのに、それができない。
それでもう一度無理難題を要求すると、またこれも呑んでくれる。すると議会は
いままで以上の要求をしろという。無理を承知で要求してみると、今度は、笑み
を浮かべていた日本人はまったく別の顔になって、「これほどこちらが譲歩して
いるのに、そんなことをいうとは、あなたは話の分からない人だ。事ここに至って
は、刺し違えるしかない」といって突っかかってくる。」

と評していますが

チャーチルが昭和の軍国日本に対して何か要求し、日本側が二度に渡って
譲歩したのは、具体的には何の件についてでしょうか?

700 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 20:35:27 0
ジョン・ポールって、ミュージシャンかなんかでいそうな名前だな

701 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 20:41:27 0
今の日本で原語に従わないのって、人名でユークリッド、国名でオーストリアとか、数えるほどなのかしらん

702 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 20:42:42 0
イギリスとか

703 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 21:03:12 0
なぜ数ある騎馬民族の中でモンゴルだけが、
根拠地の草原地帯やその周辺の農耕・オアシス地帯だけに留まらず、
はるか遠くの地域にまで進出できたんですかね?
山岳地帯や熱帯地帯まで攻めてるじゃないですか?

704 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 21:04:56 0
>>699
ワシントン海軍軍縮会議でのできごとじゃないの?
近現代史は興味ないからわからないわ。

705 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 21:09:19 0
>>703
歴代の大ハーンがいってるじゃない。
天より遣わされ、天命を受けたから世界をあまねく支配する権利と義務があったのよ。

706 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 21:11:45 0
食スレ46w

707 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 21:22:43 0
>>703
多少真面目に答えれば、
遠征前の下準備に1〜5年程度かけて兵站上の問題をクリアしてから
中東、東欧への遠征の途についてるの。

708 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 21:30:56 0
>>699
具体的な件に対しての評価というより、日本の外交に対する恨み言めいた総論だわね。

その言は太平洋戦争開戦時にチャーチルが友人に宛てた手紙の一節らしいんだけど、

「ったく、もう我慢できないなら、そう言ってくれりゃあいいのになぁ。そうすりゃ
こっちだってそこまでは追い詰めないよ。駆け引きとしての譲歩もする。それが外交ってもんだろうに。
なのに日本は、そういうの抜きでいきなり宣戦布告してきやがった。ああもう」

くらいの愚痴と捉えればよいと思う。

709 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 21:35:50 0
>>703
遠くまで大規模出兵できるだけの領域(国)の支配に成功したから。
あと、チンギスハンの能力、気候が温暖化なども上げられる。

モンゴルほどじゃないけど、広い範囲を支配した騎馬民族は外にもある。
遼とか、匈奴とか

710 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 21:38:50 0
でもチャーチルは日本の真珠湾攻撃を歓迎してたんだぜ。
喜ぶか文句を言うかどっちかにしてほしいわ。


711 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 21:55:15 0
>>701
ゲーテ、キケロ、オーストリア、オランダ... まだまだたくさんありそうだが。

712 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 22:13:19 0
>>703
チンギスによる統合時のモンゴル騎馬兵だけで、世界征服&統治ができたわけではない。
「草原地帯やその周辺の農耕・オアシス地帯」には、モンゴル以前からテュルク、ウイグル、キタイ、キプチャク、ムスリム、漢人などがいた。
彼らはすでに高度な商業・政略・軍事のノウハウを持っており、これらが大挙してモンゴルに加わり、諸方面での実務を担った。

チベットは吐蕃崩壊後に諸勢力が分立していたが、強大化したモンゴルに自ら取り入って仲間になる。
雲南へは南宋・インドシナの交通路を押さえるためと、金銀などの資源を求めて、補給路を固めてから攻撃。
キプチャク草原はスキタイの昔から遊牧適地で、ここを取れば中東欧へ侵攻するのはたやすい。
中央アジアからイラン・中東へ攻め込むのも、セルジューク朝やホラズム・シャー朝に先例がある。
南宋が滅ぶと海への視野も広がり、ついでに東南アジア諸国にも遠征するほどになった。

突厥や唐も、数十年だけは内陸ユーラシアの東西にまたがる世界帝国だったが、内乱で崩壊した。
唐代には吐蕃や南詔も強大で、彼らが「山岳地帯や熱帯地帯」に君臨していたし、契丹は西夏が邪魔して南西方向へは進出できず。
モンゴルでも幾度か内乱は起きたものの、クビライ家を宗主とする連邦として100年ほど維持された。

713 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 00:13:05 0
>>695
周王家に氏は無いと思うよ

姓は基本的に血族集団を表すもので、周以前は全部で30くらいしかなかった
夏王家は「女以」、商王家は子または好、そして周王家は姫
これ等の由来が母親からもたらされた事からもその血族的性格と女系的な性格がわかる
女以:禹の母は「草冠に意」苡(ヨクイ)を呑んで禹を生んだ事から:女+以
子:契の母簡狄は燕卵(子)を呑んで契を生んだ事から:女+子
姫:后稷の母姜原は巨人の足跡を踏んで后稷を生んだ事から:女+巨

氏は周になってから生まれた制度で、社会的位置付けなどで決まる
周王室が諸侯に封土として与えた土地の名前を氏となす場合
封土ではないが出身地を氏となす場合
官位・地位や役職・職能を氏となす場合
更に後代になって先祖の姓をそのまま、あるいは字や号、排行等を氏となす場合等も加わるが、
基本的に周王朝が家臣に与えたものが氏

人口の増加や社会の拡大、女系から父系への移行など背景は色々あるにしろ、
氏という区分を生み出したのが周であり、氏を与える側ではあっても自分に氏を付ける必要は無い
秦の始皇帝は周によって秦に封じられたので秦が氏

因みに日本の天皇家は氏姓が無いが、実は姫姓だという説も有る

714 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 01:27:46 O
>>700
ジョン・レノン
ポール・マッカートニー

715 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 01:37:20 0
>>700
ジャン・ポール・ゴルチェはデザイナー。
ジャン・ポール・サルトルは哲学者。

716 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 03:00:43 0
>>696
というより、18世紀まで、建前上の国際語はラテン語だ。
16世紀以降、随一の大国であったフランスが、フランス中北部の方言に基づいたフランス語化政策を実施した
ことにより、一次話者の居なくなったラテン語に代わって、国際関係の事実上の作業語の地位を得てくる。
つまり、フランス語で交渉して、ラテン語で条文を書く、というような状態だ。
ヨーロッパの王侯貴族は国をまたがって大抵縁続きだし、フランスが超大国として君臨することによって、
支配階層(王侯貴族、高級官僚、職業軍人)・富裕層は大抵或る程度のフランス語の理解はあるという状態が、
大国が英米にとって代わるまでの状態。

ラテン語というと、19世紀でも、学術の場での書き言葉ではあったが、会話は殆ど通じない状況。
ウィーン会議の「会議は踊る、されど進まず」は、当然、超大国を欠いた多国間協議で、調整役の無い国益の
ぶつかり合いで進まないこともあったが、なにしろ、フランス語を排して協議をすすめようとしてラテン語で
やろうとしたものだから、そもそも、話が通じない。

717 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 03:18:14 0
>>701
近くでは、高雄、厦門、内モンゴル。


718 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 03:29:35 0
>>703
山岳地帯って、目立ったものは、天山、崑崙、チベット、パミール、ザクロス、コーカサスくらいだ。
ウラル山脈は山地でもなんでもなくて、精々、丘陵・高原くらい。
天山、崑崙、パミール、ザクロスは、周囲が全部騎馬圏。チベットは高原全体がそれ自体騎馬圏。
コーカサスはもともと小国乱立で、物質的に自活不能で、黒海・カスピ海の周辺との依存関係にあったので、
南北両側・東西の黒海・カスピ海の沿岸が一つの勢力に支配されれば全域で従属やむなし。

熱帯地域への侵攻は、すべて失敗している。精々、ベトナムに対して、従前の、大国対小国の関係を回復
するにとどまっているのが成功例か。

719 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 04:00:11 0
一応ビルマのパガン朝を一時属国化している
その後シャン族の首長が実権を握って撃退したけど

720 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 04:01:46 0
>>718
ベトナムって、その頃はチャムパ王国ヴィジャヤ王朝というチャム人の国であって
今のベトナム人は紅河デルタしか実効支配していない。

721 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 04:14:51 0
>>700,714,715
フランス語なら、ジャン・ピエールだな
あ、ありのまま今起こったことを(略)

722 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 04:32:20 0
雲南も、川沿いの盆地は稲作農耕民の土地ではあるが
スキト=シベリア文化が伝播してるぐらいで古来遊牧騎馬民の地でもあるな
ビルマ族は元来南詔に仕える騎馬民族だったらしい

723 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 04:49:52 0
ビルマもビルマ族よりも、モン族とかピュー族が有力民族だったし
タイもシャン族タイ族なんかよりも、クメール人が有力民族だった。
東南アジアは、13世紀以前と後では住民がかなり入れ替わっている。

724 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 05:20:37 0
>>700
John Paul Jones(Led Zeppelin)
Jean-Paul Belmondo(俳優)

725 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 06:12:36 0
便所洗剤

726 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 06:20:49 0
Saint Paulと違うか?

727 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 06:35:44 0
>>721
英ポールは仏もポールでパウロが起源
仏ピエールは英ピーターでペテロが起源


728 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 07:19:22 0
なぜ英国はすべての戦争に勝利したのに、ルーザードイツから
王をもらってウィンザー家なんてのを国王にしたのでしょうか?

729 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 08:58:26 0
質問なのですが

中東のイスラム国家だと、良くテロリストなんかが
異教徒が国の中に侵入しただけでブチ切れ状態になり殺しちゃったりしますが

なぜイスラム国家だけ、現在でも強硬な宗教国家でありつづけて居るのでしょうか。
欧米はキリスト教ですが、宗教的に比較的ゆるやかですよね
例えばドイツにトルコ系のイスラム移民が入ってきても宗教弾圧したりはしません。

なぜイスラム国家だけ強硬な宗教国家なのでしょうか。

730 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 10:05:34 0
>>728
>なぜ英国はすべての戦争に勝利したのに、
・すべての戦争に勝った訳ではない。

>ルーザードイツから 王をもらってウィンザー家なんてのを国王にしたのでしょうか?
・ドイツとは一つの国家ではない。多数の王国、公国のゆるやかな連合体だ。
・王をもらったのではない。アン女王の末期、後継者がいなかったので血縁であったハノーファー選帝侯ゲオルク・ルートヴィヒを王位継承者とした。
・ゲオルク・ルートヴィヒは、英国王ジョージ1世になったのちもハノーファー選帝侯位は手放さず、その後の英国国王もこの称号を持っていた。
・ウィンザー朝を名乗ったのはもっとあとの時代。

とりあえず資料を見ずに思いつくのはこんなところかな。


731 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 10:26:05 0
>>729
1.そんな事実は無い
2.ユダヤ教、キリスト教も同レベル

732 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 10:51:39 O
>>730
なんか朝鮮の王家が途絶えたので、親戚に当たる日本の大名から跡継ぎもらいました、
とかみたいだな。
天皇の先祖が朝鮮から来たとかは考えられても途中からは完全に外国とのつながりは消えている。
東アジアとヨーロッパの民族意識は全く違うな。

733 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 11:03:32 0
>>729
ユダヤ教、キリスト教は初めから閉鎖的・狂信的。
寛容の宗教だったイスラム教に対して意味不明な「十字軍」戦争をけしかけたのが御存知のキリスト教。
当然イスラム教側にもキリスト教を敵視する思想や集団が出現するわけ。
その後大航海時代になって以来、キリスト教の旗を掲げた侵略者どもが世界中を荒らしまわり植民地にしてゆく。
国土を蹂躙された地のごく一部のイスラム教徒がキリスト教徒の横暴に立ち上がったのが
いわゆるイスラム・テロ組織ということなのだ。

734 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 11:05:48 0
>ウィンザー家なんてのを国王にしたのでしょうか

え?「ウィンザー家」?

735 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 11:19:49 0
>>729
宗教国家ってイランとパキスタンくらいじゃね?あとアフガンがテロ多いけど
あとサウジアラビアは宗教国家じゃない筈だが、イランやアフガンよりやばめ
でもマグリブやレバント、中央/東南アジアなどは別に弾圧なんてしてないし
イランもイラン革命まではバハーイ教徒を死刑にするとかそんなのはなかった
フランス革命やロシア革命見てもわかるけど、革命を防衛する為には仮想敵を
策定して行かないと国を維持できない、外にアメリカ、内に異教徒ってとこで
パキスタンはインドと対峙する為イスラム国家として尖鋭化する必要があった
アフガンは内戦のなかで他者を排除するため、原理的なタリバンが力をつけた
宗教弾圧も夫々の歴史の過程で産まれていると思う、イスラムだからではなく
ヨーロッパも18世紀くらいまで普通に宗教弾圧していたし、日本も最近まで
そして国を挙げてでない弾圧は、少数派を弱者にし世界中で行われ続けている

736 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 11:31:57 0
釣り耐性の欠如

737 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 12:26:02 0
タリバンはイスラム原理主義と自称しているが、
その実はコーランを都合良く曲解したもの。
原理主義などとは全然言えない。

738 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 13:46:44 0
>>728
戦争はまったく関係ないし、「王をもらった」という感覚がそもそも間違い
ヨーロッパの王家や大貴族は、しばしば外国の王家、大貴族家と互いに婚姻で結ばれている
そういった血縁の結果、たまたま英国のアン女王の次の英国王の正統な継承者が、ハノーヴァー公
ゲオルク(ジョージ1世)だったというだけのこと(ジョージ1世の母が、ジェームズ1世の孫にあたる)で
こういうことは、ヨーロッパでは別に珍しい話ではない
ハノーヴァー朝がウィンザー朝と改称したのは、第一次大戦の時で、敵国の地名が英国王朝の名では
まずいということで当時の国王が自分から変えた

739 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 13:57:41 0
しつこいかも知らんが、

1714〜 ハノーヴァー家
 ↓
1901〜 サクス=コバーグ=ゴータ家
 ↓
1917〜 ウインザー家

740 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 17:39:59 0
中国や韓国という国では敵国から降ってきたり利敵行為を働いて
自国(中韓)に対して利益をもたらすような者に対しては寛容な国ですか?
それとも出自が敵国であったら身包み残らず剥されたり誅殺されますか?

あとアメリカやイギリスの場合腹見せて尻尾振ってきた人間には
心の中では見下されても降ってきた者には寛容であるという認識は間違いですか?

イソップ童話にある鳥と獣の間を行ったり来たりするこうもりのような生き方は
国際社会の中で一人一人の人間の保身術として用いることは無理ですか?

741 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 17:51:44 O
当然ながら時と場合によるだろう

742 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 18:16:06 0
>>732
>なんか朝鮮の王家が途絶えたので、親戚に当たる日本の大名から跡継ぎもらいました、
>とかみたいだな。
>天皇の先祖が朝鮮から来たとかは考えられても途中からは完全に外国とのつながりは消えている。
>東アジアとヨーロッパの民族意識は全く違うな。

朝鮮と日本が江戸時代に頻繁に婚姻関係を結ぶほど互いに親交があれば、そういうこともあり得たかも。
江戸時代の大名家は、将軍家、御三家、幕閣、大大名、中小大名、みな互いに婚姻関係をもっていたし、
他の家から養子をもらって家を継ぐ例は非常に多い。

しかしヨーロッパと日本の家系維持の制度で最大の違いは、日本は養子縁組によるものであっても元の家
が存続するという一種のフィクションを守り通すが、ヨーロッパでは血縁が薄い別の家名を名乗るものが
後継者になれば、国家の家系が変わったと言う扱いをすることかな。

743 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 18:19:41 0
>>740
なんだか聞きたいことが曖昧。もっと明確にして欲しい。

>あとアメリカやイギリスの場合腹見せて尻尾振ってきた人間には
>心の中では見下されても降ってきた者には寛容であるという認識は
たとえば、どんな状態の例?
認識を持っていると言うことは、いくつか例を知っていてこんな事が
普通と思っていいのかという思いがあると思うが。

744 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 18:23:15 0
>>740
根本的に板違いでは?

745 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 18:32:59 0
>>729
強硬な宗教国家というより、イスラムとキリスト教の違い。イスラムは個人の生
活まで規制するもので、その生活もイスラム法に基づいている。イスラム国家と
いうのは政教が分離していないというか教義的に分離という概念がない。国教は
イスラム教で国はイスラム法で運営される。例外は強引に政教分離を行った現ト
ルコくらいじゃないかな。

そんで、イスラム法もムフティーというイスラム法学者の解釈(ファトワ)で運用
されている。よくテレビでイスラム宗教指導者と言うが、本来はイスラム法学者
であるムフティーだ。イスラムには専任の聖職者がいないのが、教会組織との分
離を図れば良かったキリスト教徒の違いでもある。
前近代のイスラムの頃はその時代や地域の実情に合わせて柔軟な解釈で運用され
ていたが、近代になって西洋ナショナリズムの影響をうけて、ナショナリズムと
本来のイスラムへの回帰運動が合体した形で独立運動が展開された。

サウジアラビアなんかは、特に厳密なワッハーブ派の国家だ。そういったナショ
ナリズムと回帰運動が基礎になったこと、西洋的な価値観の押し付けへの反発も
あいまって寧ろ前近代より柔軟性がなくて非寛容な所ができてしまっている。
勿論、柔軟性のあるムフティーもいて社会的な信用も高いが、過激なほうにも
熱狂的な信者がでてくるのは、キリスト教と一緒だな。

746 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 21:02:56 0
第一次世界大戦でセルビアは他の地域と統合してユーゴスラビア王国になりましたが、
これは戦勝国としての報酬のようなものでしょうか?
それとも別の政治的思惑の結果でしょうか?

747 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 22:08:37 0
報酬っつーか、セルビア王国自体はオーストリア=ハンガリーに侵攻されて消滅しかけたけどな

戦後オーストリア=ハンガリーが解体されて、南スラヴの諸民族が独立すると
「お前らだけじゃやってけないから連合しようぜ」とセルビアが呼びかけて統合され、ユーゴスラビアになった
まあ列強としては「民族自決」で崩壊しそうなバルカンをなんとかまとめて、
東方との緩衝国として作用してくれればよかったんだが、なかなか難しかったようだ

748 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 22:38:00 O
古代の黄河流域には
象が生息してたんですか?

749 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 22:49:16 0
象もワニもいた。

750 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 22:50:34 0
数年前まではイルカもいた

751 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 22:55:40 0
人間もいるらしい

752 :世界@名無史さん:2010/10/02(土) 23:48:09 0
「象」って漢字自体が象の象形文字やろ。

753 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 00:20:06 0
象が今もいたら、えれぇーファンとかが見物に行くのかな

754 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 00:30:40 0
駄洒落に異端審問AAとか良く見るが、歴史スレとしては生半可な審問では済まないのではないかと思うんだ
なあ753

755 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 00:36:00 0
>>732
ヨーロッパの、王とか大公とかの相互関係は、日本で喩えると、大名の相互関係に近い。
日本全体で一界、その中の藩と、藩の世襲領主
ヨーロッパ全体で一界で、その中に王国・大公領・大公国が日本の藩に相当。

ちなみに、朝鮮の含まれる一界は支那圏。

756 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 00:39:07 0
>>735
サウジは宗教国家だよ。
国教はイスラム教、正統信仰はワッハーブ派。異教徒は信仰禁止。異端は社会的権利を著しく制限される。
王様は、メッカの守護者を自認自称。


757 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 00:46:33 0
どうして戦争が起こると、侵攻してきた軍の兵士はレイプとかするんでしょうか?
古今東西、この忌まわしい行為を止めようとしないのは何故でしょう?
また、女性兵士によって少年に対する逆レイプも行われているのでしょうか?
後者に関しては被害の訴えが少ないので何とも言えませんが、少なくとも女性の方が理性的だからでしょう。

758 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 00:53:23 0
>>729
フランスではヘジャブ禁止でムスリムが排斥されているが。

759 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 01:00:16 0
>>729
そんなことあったかなぁ。記憶にないんだが。
>異教徒が国の中に侵入しただけでブチ切れ状態
イスラエルとその周辺の国家を巡る問題、あるいはイラン(あるいはイラク・アフガン)とアメリカの問題と絡むなら、
それは純粋な宗教対立ではなく政治の問題が宗教の皮を被って出てきただけ。
(何事にも大義名分は必要ですから)

強硬な宗教国家と言えば第一にイスラエルだろうし、
時代によっちゃアメリカも宗教的には意外と苛烈になりうる。
特に民族主義傾向の弱いところ(=中東、アフリカの一部、アメリカ)がアイデンティティを維持するために
未だに宗教は重要なファクターなんだと思う。

760 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 01:01:55 0
>>757
戦場という尋常ではない場所にあっては正気で居る事は難しい。

761 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 01:11:48 0
>>757
西欧の場合について。
止めようとしなかった、というのは間違い。
相手の気勢を削いだり、掠奪目的の場合以外、
過度な乱暴は後々統治するにあたって禍根を残す。
俺が知っている限りだと、傭兵が暴虐を極めたと言われる三十年戦争での
スウェーデン軍の軍規に過度の掠奪、暴行を禁止する条項があったはず。

ただ、特に情報の行き渡らない前近代においてすべての兵士を統括することは不可能。
また、慣習的に給金の支払いが滞りがちだった傭兵たちにとって、攻め落とした都市での掠奪は黙認された権利だった。

あと、女性兵士による逆レイプ。
これは理性的云々の問題ではなく、そもそも女性兵士という存在が歴史上絶対的に少なく、
掠奪に参加するような最前線に配置される例はさらに稀だった、という推測の方が説得力があるように思う。
女性兵士の捕虜に対する性的暴行に関してはナチスドイツやアメリカ軍に例があったはずだ。

762 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 01:15:49 0
ある意味では、兵士をわざわざ正気でなくなるように訓練して、人を殺せるようにして行くからな。
具体的には敵国の人間を、人間だと思わないように訓練してるはず。
当然人間と思っていない相手に対してなら、どんな酷いことも出来る。
あと、雄は生命の危機を感じると、子孫を残そうとするけど
雌はまず生き残ろうとするので、レイプには走らないのではないかと。
(なんせ出産まで十月十日かかるので、生き残るのが一番大事)

763 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 01:16:34 0
グアンタナモ
http://img2.wiredvision.jp/news/wiredscience/images/2007/08/20/englandleash_3.jpg

764 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 01:22:01 0
18世紀あたりのヨーロッパの貴族のサロンでよく中心となったのは
○○夫人みたいな貴族の既婚女性のようですが、こういう女性は
本当に夫と夫婦関係にあったのでしょうか?仮に恋多き女性だったとして、
夫の評判を落とす事にはならなかったのでしょうか?

765 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 01:38:57 0
>>757
テレビとラジオとゲーム機とマンガとオモチャに囲まれて育った人間には想像しにくいかもしれないが
昔の庶民には、セックスは最大の娯楽だった
庶民は字も読めなくて小説すら楽しめず、音楽を聞くけるのすらお祭りの時ぐらい
楽しみと言えば、洋の東西を問わず、呑む打つ買う(酒・バクチ・セックス)
仕事以外にはセックスしかすることがないから、昔の農村なんてみんな子だくさんだった
そして、軍隊というところも基本的に、娯楽が少ない
基地や駐屯地にいる時ならともかく、侵攻している時は、作戦行動中だ
作戦中は、酒も飲めず、バクチもまずできない
聖人君子でもないかぎり、人間は長期間娯楽なしにはいられない
よく、戦場で生命の危機にさらされていると種族保存本能がはたらいて性欲が増す、なんて話も聞くが
そんなこと以前に、兵士は娯楽としてのセックスに飢えているのだ
だから、従軍慰安婦なんてのがいたし、軍隊は、侵攻した先で羽目を外してしまいがちになる
敵国の女を口説き落とすのは難しいし、商売女を金で買うほど金もない
たいていの交戦当事国は、敵国について悪いことばかりプロパガンダしているから、どうせ敵国の女
俺たちが抱いてやる方が幸せだ、などという意識もあるだろう
そんなわけで、手っ取り早くセックスするにはレイプ、ということになるのだ

あと、女性兵士について、女性の方が理性的と言うのは、分母の違いを考慮していない
もし仮に、A集団の中にレイプ魔が100人、B集団の中には1人だけだったとしよう
それだけのデータで、B集団がA集団より理性的と言っていいのか?
A集団は、全体が100万人、B集団は100人の集団だったとする
もしそうなら、A集団ではレイプ魔は全体の1万分の1しかいないのに、B集団は100分の1もいることに
なるのだ
女性兵士、特に後方勤務ではなく実戦に参加して敵国に侵攻したことのあるような女性兵士は、その
絶対数が男性兵士に比べて圧倒的に少ないことを忘れてもらっては困る
また、女性兵士は数が少ないということは、同じ軍隊内でいくらでもセックスのお相手を見つけられる、と
いうことでもあり、レイプなどしなくてもセックスの相手には困らない

766 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 01:42:00 0
縦読み?

767 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 01:50:31 0
>>699
どっちかといえばイギリスの外交下手、情報分析の拙劣さがよく現れた言葉だな。
チャーチルはアラブにもあんな交渉じゃまとまらないって文句言ってるから。
ナチに失敗したのも周知の通り。

現状、相手の文化理解や敵状視察が十分だったら楽観できないって一発で分かるのに。
イギリスが上り調子で弱小中国やインドの土民なら力で潰す、自分のやり方通すで良かったが、
ドイツや日本など興隆してきて、簡単に力攻めできないとなるとそれがどん詰まりになってしまう。
今のアメリカも同じく外交下手だけど、まだ力押しができるのでカバーできてるわけ。

768 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 01:59:39 0
>>757
これは犯罪心理学の話になってくるんで、歴史板的に相応しい解答じゃないかも知れないが
快楽殺人の欲求と、レイプの欲求は、根が被っている部分がある。
白人男性のシリアルキラーの典型的な行動パターンに
髪の色や年齢層などが、特定のタイプの女性ばかりを殺す、ってのがある。
人によっては性的行為も行うケースと、単に殺すだけのケースがある。
後者の場合も含めて、心理学的には性犯罪だと考えられている。
戦争での殺人は、快楽殺人とは違うかも知れないが、
この手の感覚と、どこかでリンクしてしまっているのかも知れない。

769 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 08:00:14 0
>>764
たとえば、ナンチャラ侯爵夫人 とかだと、
ナンチャラ侯爵という男の貴族が居て、その嫁さんの場合と、
自分自身が爵位を持っている侯爵家の女当主の場合と、
どっちゃもあるでよ。
ヨーロッパの殆どの言語で、女帝と皇后も同じ単語だったりする。

ここは文脈とか背景をしっていたりとかでないと訳せないでよ。
でも、侯爵夫人とか男爵夫人とかは、訳はゴッチャで、あんまし詳しくない人が
訳した文章だと背景とかも混同して変な具合になってたりする。

770 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 08:23:26 0
>>764
>>769のように、貴婦人自身が相続や叙爵で爵位持ちのケース(女侯爵)も、
翻訳の便宜上、侯爵夫人とか訳している。
一方で、夫がいる本当の「夫人」がサロンの主宰者であることも少なくない。

フランスがその典型だが、むこうの貴族社会は結婚前の娘時代は身持ちにきびしいが、
結婚したら不倫も恋愛も何でもありの状態になる。
夫も外に愛人や私生児つくってるし、夫婦そろって不倫なんて珍しくもなかった。
いわば18世紀貴婦人の不倫は夫公認で、社会的に何の問題にもならなかった。

771 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 12:04:08 0
>貴婦人自身が相続や叙爵で爵位持ちのケース
前者はスペインのアルバ公爵夫人(ゴヤの絵のモデル)
後者はフランスのマントノン公爵夫人やポンパドゥール侯爵夫人など多数

772 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 12:22:00 0
サロンというのは、まぁ不倫の舞台になったことも多いが、本来の目的は文芸的なものです。
平安貴族が歌(和歌)の腕前や香の配合を競ったように、機知に富んだ詩や会話を楽しむことが
本来の目的。
既婚だろうが(名目的に)独身だろうが、才能あふれる貴族の女性が中心になったサークルですよ。

その中で陰謀や謀反も企まれたことがあったらしいね。

773 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 12:34:21 0
でもまあみんな出会いを期待して集ったわけで
建前を守っててきとーに文化ぶったことをすればHできるぞと
そういうのがサロンの原動力になってた
ヒッピーとか見てもわかるようにポルノ解禁とか性の解放とかすると文化は衰退しますね


774 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 12:43:30 0
隠してタブーとするからこそ性欲が増すのであって。ですか〜
かの北杜夫せんせなんか水着なんか興奮しない、十二単みたいなのをタマネギの皮を剥くみたいに脱がしてゆくのがこうふんするんだ!っておっしゃってますね。

 上様、お許しになって! あ〜れぇ〜 の世界

775 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 12:47:55 0
ダルタニャン物語の後半で、おそらく原書で言う「ブラジュロンヌ子爵」の冒頭のパートで、
アトスが息子を連れてパリのサロンに顔を出す場面があるね。
当意即妙の警句を言う人にやんややんやの喝采をしていたっけ。
サロンの女主人はみなに褒め称えられるのだけど、その立場を狙う女どもの陰湿な争いもあっただろうし。
その陰で、フロンドの乱に至る陰謀がこっそり語られていたのが面白かった。
こう言うのって、フランス人の琴線に触れる文化らしいね。

776 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 13:00:17 0
そうだよね。
ヂュマの作品を読むとそういう駆け引きがこれでもかこれでもかとでてくる。
もっと今の日本人に人気がでると思うんだけどなぁ
ああいう駆け引き大好きじゃん?今の人間て。

777 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 13:16:42 0
>>775 >>776
そうゆうのをエスプリってゆうのよ。

778 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 13:53:00 0
デュマの痛快なお話を読んでいて、すぐにエロに落としてほくそ笑む日本作家が嫌になったことがあるな
サロンというと浮気だ不倫だとエロで考えるより、大人同士の腹の探り合い、上手い自己アピール方法などを愉しむ方が面白いと思うんだが。

779 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 14:12:53 0
王政末期には、サド侯爵、ラファイエット夫人、ラクロ(かなりの悪党よ)、
なんかもいたんだしいいじゃないの。個人レベルでは、恋愛こそ最大の駆け引きよ。
みんなエログロ大好物よ。エロは耽美には欠かせない要素よ。

780 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 14:57:46 0
そのなんだ、近世ヨーロッパの社交界としてのサロンには賭博があったと聞いたのだけど、
カードゲームの賭博?
さらには賭博のプロも、取り立てのプロもいたとか

781 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 15:32:23 0
>>780
基本カードゲームよ。
貴族=プロよ。多くの貴族が働かずに賭博で食べてんだから。
キューブリックの映画『バリーリンドン』を見てみなさい。
当時の雰囲気が多少わかるんじゃない。
あとアラン・ドロンがでてた『カサノバ』とか。副題あったけど忘れたわ。

782 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 15:35:15 0
>>780
書き忘れ。
多くの貴族は借金でも食べてたわ。
それと賭博で破産した貴族だらけよ。

783 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 16:03:08 0
http://white.ap.teacup.com/kawakatublog/img/1183528657.jpg

江戸城というか、皇居って人柱埋めてたんだな。

784 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 16:05:29 0
http://homepage2.nifty.com/onibi/hitopro.html

785 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 16:24:40 0
賭博は洋の東西を問わず行われ、日本でも御成敗式目に何度も出てくるし、
江戸時代にも何度も禁令が出ている。
ヨーロッパでは特にイギリス人がのめり込んだ。
カードもその一つではあるが、競馬やドッグレース、スポーツでの勝敗から
政治的な話題に至るまであらゆる事に賭けた。
屋内で行われる物としては闘犬などもあった。
ブルドックとは文字通り牛と戦わせる為に改良された犬で、13世紀からの歴史を持つ。
イギリスでは1835年に闘犬が禁止されるが、その後も闇闘犬などが続いた。
ブルドックには「勇気・不屈・忍耐」というイメージが持たれ、英国国犬、英国海軍のマスコットにもなる。

786 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 16:38:09 0
>>782
岩倉具視の家みたいw


787 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 17:20:29 0
>>786
岩倉公爵家にかぎらないわ。
華族でも酌婦(売春もするわ)に売られた令嬢もいるし、貧困で自殺した人も多いわ。
岩倉具張公爵の場合、息子に襲爵させて、借金は前当主具張の個人のものとして
事実上踏み倒してるわ。当時から詐欺だと批判があったし。
二条公、山科伯、有馬伯、散在華族を挙げていったらきりがないし、
詐欺(とくに多い)、殺人なんかの犯罪者も結構いるわ。

788 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 17:24:50 0

散財がただしいわ。
それと三条公の件がたぶん一番有名ね。

789 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 17:52:22 0
柳原白蓮もそういう結婚でしょ?

790 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 18:38:06 0
そのとおり。
九州の炭鉱王伊藤伝右衛門に嫁いだのは、ホモで有名な兄の義光の政治資金のためよ。
柳原白蓮の不倫離婚より義光のホモ売春が新聞にのったほうがよほど恥さらしだけど。
黄金結婚として結婚前から新聞をにぎわしてたわ。


791 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 19:05:57 0
>>790
書き忘れ。
ただ、柳原伯爵家は貧乏じゃないわよ。

792 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 19:30:15 0
ローマ帝国が帝位をオークションに出した事がありましたが、
その他の国でも王位や大公位や公位がオークションに出されるような同様の事例は他にあったのでしょうか?

793 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 19:41:36 0
オークションはないけど、売官は、中国、朝鮮、日本でもあるわ。
ヨーロッパでも御同様。
ステュアート家のチャールズ1世は、金を融通してくれたら伯爵にするなんて手紙を
何通も残してるわ。
テューダー家までは60前後だった爵位もチャールズ1世の頃には倍に増えて軽く100オバー。
最盛期(ハノーヴァー家)には1000前後に達し、現在は絶家による自然減で世襲貴族は700〜750の間よ。


794 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 19:45:17 0
日本も幕末は、農民に侍の権利を売っていたね。
場所によって違いはあるが、一代で15両、永代で25両という数字が残っている。
オークションはしなかったのかな?w

795 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 19:57:07 0
一族の柳原愛子は大正天皇の実母だし、ちなんで愛子内親王が名付けられたんだよね。

796 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 20:05:54 0
幕末・・・
柳原・・・

これって、世界史?どうよ?

797 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 20:14:29 0
まあそこらへんは確実日本史板よね。

798 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 20:40:24 0
そう思いながらレスするやつって…

799 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 20:44:59 0
あれ?ここ世界史板だったの?
日本史板と勘違いしてたわ!
……。

800 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 20:52:43 0
白々しいんだよゴミクズ。死ね。さっさと死ねよ。

801 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 20:52:49 0
山野が板違いの話をし始めてから世界史板はむちゃくちゃになったな。
早くしねよ。

802 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 20:56:03 0
>>793
そんで、王国や大公国や公国が売買の対象になった事はあるの?
伯爵ぐらいなら売っても大勢に影響なさそうだけど。

803 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 20:57:23 0
>>802
リヒテンシュタインの前身がそうだろうね

804 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 21:06:03 P
>>801
お前が山野より前に世界史板にいたということの方が有り得なさそうだがw

805 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 21:13:16 0
http://www.jrcl.net/frame040405n.html
日清戦争のドサクサにまぎれて

 一八八五年、日本政府は海産物業者であった古賀辰四郎による「開拓願い」を受ける形で、
沖縄県庁に対してこれらの諸島に対する調査を「内命」した。命令を受けた沖縄県は、同年
九月二十二日付の沖縄県令西村捨三の上申書で、これらの島々は中国領であるようだから
実地調査して直ちに国標を立てるわけには行かないだろうという主旨を、政府に伝えている。
このような沖縄からの上申を受けたにもかかわらず、内務卿・山県有朋は同年十月九日、
「たとえ『中山傳信録』に記された島々であったとしても」、すなわち中国領であっても、「宮古
や八重山に近い無人島なのだから日本のものにしてしまっても構わないだろう」と主張して、
外務卿・井上馨に打診した。
 これに対して井上は十月二十一日付の親書で、「清国では、日本が台湾に近い島々を占
領しようとしているということを新聞でも書き立てるなどの状態になって、日本への警戒が高
まっているから、いま国標を建てるべきではなく、調査した事実も新聞などに載って知られて
しまわないよう注意すべきだ」と返答している。その上で山県と井上は連名で沖縄県に対して、
直ちに国標を建設する必要はないと指令している。戦争の準備が整わないうちに、清国との
国際紛争が激化してしまうのを恐れたのである。
日清戦争で日本の勝利が確実になった一八九四年末になって、内務省は外務省に秘密文書
(十二月二十七日付け)で、釣魚諸島を沖縄県所轄として国標を建てることについて閣議決定
することを申し入れ、翌一八九五年一月十四日に閣議決定が行われた。
 この閣議決定は非公開で、公開されたのは五十年以上も後の一九五〇年になってからであった。



以上の経緯により、世界史住民の総意として尖閣はもちろん、宮古や沖縄は中国に返還すべきとの
合意を取り付けたいと思います。

806 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 21:14:56 0
国無の公爵までならイギリスでもあるわ。平民→伯爵→公爵って2段階だけど。
ヴァレンシュタインがボヘミア王国内で認められた、フリートラント候(候国)は
売買で手に入れたもの。金貨も銀貨もだしてるわ。



807 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 21:20:43 0
フリートラント候として貨幣発行してるって意味よ。
支払いに出したって意味じゃないわよ。

808 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 21:32:11 0
中国じゃ、党項(後の西夏)の李継捧なんかは国を売ったほうになるんじゃないの?

809 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 22:05:20 0
ハーロックなんかは侯爵なんだぜ

810 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 22:28:41 0
DVD「紅楼夢」の葬式シーンはラマ教の雰囲気
だった。清朝ならそうかもしれないが、
清朝以前の中国の仏教はどんな雰囲気だった
のでしょう?日本のスタイルみたいな時代も
あったのだろうか?

811 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 22:40:21 0
日本のスタイルのお葬式ってどういうのをいってなさるのかな?
いろいろあるでな。

812 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 22:52:45 0
近世の東アジアでは李朝や清朝、徳川幕府、トンブリー朝などが長命な安定政権を
作ったのに、ベトナムでは分裂していたのは何故ですか?

813 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 23:27:20 0
アユタヤ朝が400年、チャクリー朝が200年以上続いてるが
トンブリー朝は15年で滅んだやないかい

814 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 23:28:40 0
>>812
ベトナム人は、北の一部しか実効支配していなかったから。
チャンパやクメールが中部や南部を支配していて
先住民族の王朝があった。中部はチャンパの王朝がずっと続いていた。

815 :世界@名無史さん:2010/10/03(日) 23:38:31 0
トンブリー朝が安定政権かどうかはともかく、
南部のチャンパと北部の歴代王朝の話なら、
むしろ最近になって本来別の国が統合されたと考えるべきかと。
北は中国系文化、南はインド系文化でずっと続いてきた。
北は歴代中国王朝が攻め込んでくるので安定しない。
ところが明を撃退して意気の上がる黎朝がそのまま南征し征服し、
そのままその領土がフランスに飲み込まれ、日本に取られとするうちに
同じ国として扱われた為にそういう意識ができて現在に至る。

816 :812:2010/10/03(日) 23:55:21 0
チャクリー朝とバンコク王朝を書き間違えていました
北部中部南部で全く別の国なんですね
ありがとうございました

817 :世界@名無史さん:2010/10/04(月) 01:20:02 0
当時の売官って国債みたいなモノでは。

818 :世界@名無史さん:2010/10/04(月) 01:52:49 0
短期でかつ利率が買った側が設定できる国債だな。
下手すると利率が200%とか300%とか行く。

819 :世界@名無史さん:2010/10/04(月) 02:26:27 0
まあ清朝や江戸幕府の時代には、大越国も北の東京鄭氏と南の広南阮氏に分裂してるがな
広南の南にはパーンドゥランガ朝チャンパがあるし、18世紀には西山阮氏も南から出てくるし

820 :世界@名無史さん:2010/10/04(月) 10:16:51 0
ヨーロッパの人ってお経か呪文のように名前が長いのですが
あれって決まり事はあるんですか
こう、名前・洗礼名・家名その一・家名その二〜みたいな

821 :世界@名無史さん:2010/10/04(月) 13:49:26 0
古代ローマでは、個人名・氏族名・家族名の順
ロシアなどでは、名前・父称(「〜ヴィッチ」とか「〜ヴナ」、たとえば「イワノビッチ」なら「イワンの息子」の意)・姓
など、決まりがあることもあるけど
そういったのをのぞけば、割と自由なんじゃないか?
欧米の言語は名前も苗字も種類が少ないから、名前が1つだけだと同姓同名が多くなってしまうから、複数の
名前をつけているだけで

822 :世界@名無史さん:2010/10/04(月) 14:36:26 0
古い時代にはどこの世界も家のほかに氏族の概念が強いためこれがつく
本気で長いのは貴族
所領の名前とか役職官職名がつく

名前について補足すると、現代と違って昔は個人名はさほど重視されなかった
いまでも、社会に出ると個人名より所属会社や肩書き、役職のほうで識別される
しょせん個人を名前で区別するのは家族、知人どまりで、公的な場では名前にはあまり意味がない
長い名前というのは、要するに昔で言うところの「○○物産の××総務部長」のようなもの

823 :世界@名無史さん:2010/10/04(月) 15:11:53 0
ピカソの場合
ttp://www.tisen.jp/tisenwiki/?%A5%D4%A5%AB%A5%BD

824 :世界@名無史さん:2010/10/04(月) 17:10:10 0
あだ名、職業、所領名、父親や母親の名、出身地や出身部族・氏族・家門の名、
その他もろもろをくっつけて、ある個人を特定しようとすればお経のように長くなる
親しい人は個人名やあだ名だけで呼ぶだろうし、立場によっても呼びかけ方は違う

またキリスト教徒は生まれてすぐに洗礼を受け、聖人の名前を洗礼名としたが、
聖人の記念日が暦に毎日割り振ってあり、聖マルチンの日に洗礼を受けたならマルチンと名づけられた
しかし同じ名前の人が増えすぎたので、同じ日に複数の聖人を割り振ったり、
二つ以上の聖人の名を続けて一つの名にしたりするようにもなった

たとえばモーツァルトの洗礼名は、ラテン語で「ヨハンネス・クリュソストムス・ウォルフガングス・テオフィルス・モザルト」というが
ヨハンネス・クリュソストムス(金の口のヨハネ)は洗礼を受けた日の頃を記念日とするギリシャの聖人、
ウォルフガングはドイツの聖人で、モザルト(モーツァルト)が家名になる
テオフィルスは「神に愛される者」というギリシャ語のラテン語形で、本人はラテン語で意訳した「アマデウス」という通称を用いた
さらにアマデウスをイタリア語風にアマデーオ、フランス語風にアマデー、ドイツ語訳してゴットリープと書いたこともある
子供の頃はドイツ風にヴォルフガンゲルルと呼ばれていたという

825 :692:2010/10/04(月) 17:20:54 0
ウィリアムの件、ご回答たびたびありがとうございました。
(バイユーのタペストリーが英語表記とは、あっし書いてませんので…)

>>716
ありがたいレスです。脳内整理できましたよ。

826 :世界@名無史さん:2010/10/04(月) 19:18:53 0
弟脈メディチ家のもので、邦文献ってどんなのある(wiki以外)?
内容濃いもので。ヒバートみたいなのはダメ。

827 :世界@名無史さん:2010/10/04(月) 19:25:01 0
中世、ルーシ諸公や東欧諸国と激しく戦った強力な騎馬民族クマン人は、
モンゴルに本拠地のキプチャク平原を制圧された後、
歴史から名前を消しますが、いったいどこへ行ったのでしょうか?

828 :世界@名無史さん:2010/10/04(月) 19:32:02 0
ハンガリー人

829 :世界@名無史さん:2010/10/04(月) 19:52:04 0
クマン、ポロヴェツ、キプチャクはだいたい同じ。
一部は西方のハンガリーに流れ込んで同化していったが、多くはモンゴルに吸収され、ジョチ・ウルスの基盤をなした。
抵抗した連中は捕虜にされたあと奴隷商人に売り払われたが、これがエジプトやアフガン・インドに流れ、
各地にマムルークによる軍事政権を築いてモンゴル軍の侵攻を撃退する原動力となる。
また勇猛なキプチャク軍団はモンゴルの大カアンにも親衛隊として重宝され、対南宋戦争や反乱軍の鎮圧に投入されたが、
14世紀になると大都でクーデターを起こして一時政権を掌握したこともあった。
その後もキプチャク部族集団はユーラシア各地で活動している。

830 :世界@名無史さん:2010/10/04(月) 20:59:29 0
東アジア、東南アジア以外の国の漁業史に関して
別のテーマの本で部分的に漁業史について触れているものでもかまいませんので、
日本語で書かれた本、または論文があったら教えて下さい。

831 :世界@名無史さん:2010/10/04(月) 22:24:36 0
ニシンが築いた国オランダ−海の技術史を読む−
http://www.seizando.co.jp/index.php?main_page=product_info&products_id=712
鱈 世界を変えた魚の歴史
http://www.asukashinsha.co.jp/book/b12291.html

832 :世界@名無史さん:2010/10/04(月) 23:18:55 0
先日のNHK TV、世界街歩き・ノルウェーのベルゲンで
ハンザ同盟時代、鮭だったかタラだったか忘れたけど、
薫製を輸出して、大繁栄したらしい。

小樽のニシン御殿に相当する建物が並んでいる。

833 :世界@名無史さん:2010/10/04(月) 23:27:28 0
>>832
鱈だろ。

834 :世界@名無史さん:2010/10/05(火) 06:32:19 0
汗、たらーーっ

835 :世界@名無史さん:2010/10/05(火) 11:05:12 0
フランスのプランタジネット朝の台頭ってのは
イングランドコンクエストには入らないのかな?

836 :世界@名無史さん:2010/10/05(火) 11:08:03 0
フランスがそう決めていればそうなるがな

837 :世界@名無史さん:2010/10/05(火) 12:01:29 0
百済王分家である日王家の台頭ってのは
朝鮮のジャパンコンクエストに入らないのかな?

838 :世界@名無史さん:2010/10/05(火) 12:27:09 O
>>835
プランタジネはみんなフランス人だからだめ

839 :世界@名無史さん:2010/10/05(火) 13:32:29 0
>>837
百済王室の女を側室にしてその子が天皇になったからと言って、天皇家を百済の分家というのね。
朝鮮ではプールに赤インクを一滴垂らすとプールは真っ赤になると教えるらしいし。

840 :820:2010/10/05(火) 14:46:57 0
なるほど、ほかにも所領の名前とか役職官職名ですか
>>824さんのモーツァルトの具体例は興味深かったです
ありがとうございました

841 :世界@名無史さん:2010/10/05(火) 16:30:25 0
>>835
プランタジネでもランカスター家あたりになると普段は英語(フランス化したもの)を
使用していたみたいだからフランス系イングランド人ってなるんじゃないの?
ただ、征服以前に過去にフランス人の先祖が相続継承してた土地でしょ。
再征服したからってイングランドコンクエストとはならないでしょ?

842 :世界@名無史さん:2010/10/05(火) 16:43:16 0

ただ、ヘンリー5世とヘンリー6世のこととなると
ちょっとかわってくるけど…、まあフランスでは正統な王として認められてないからいいのかもしれないけど。
アンリ5世(ランブイェの王、シャンボール伯として知られる)もいることだし。

843 :世界@名無史さん:2010/10/05(火) 16:48:55 0

もし、正統なフランス王だったら、アンリ3世と4世ってなってたはず。
ヴァロア・ダングレーム家に3世、ブルボン家に4世がいるし。

844 :世界@名無史さん:2010/10/05(火) 17:12:31 0
ノルマン朝のヘンリー1世のノルマンディ奪取時は、ノルマン男子の身嗜
みにたち返り髯と髪をばっさりと切ったみたいだけど、フランス人のアン
ジュー朝はそういった戦士階級的な身嗜みは特に無いみたいね。
エドワード3世なんてトランプの意匠そのものやで。

845 :世界@名無史さん:2010/10/05(火) 18:51:41 0
イギリスってフランス野郎に占領されたことあるんだ・・幻滅

846 :世界@名無史さん:2010/10/05(火) 18:55:48 0
は?
フランスの臣下だったところが分離したことを言ってる?

847 :世界@名無史さん:2010/10/05(火) 18:56:06 0
ちゃんと学校行ったのか?w

848 :世界@名無史さん:2010/10/05(火) 18:56:28 0
なにが「有史以来わが国連合王国は戦争に負けたことがない」だよ
このうそつきが。

849 :世界@名無史さん:2010/10/05(火) 19:06:54 0
デンマークにも負けてる…。
スヴェンやクヌートとかデンマーク王もイングランド王になってるし。
デーンロー地方ってあるし。
ただ、連合王国(アン女王以降)になってからはどうなの?

850 :世界@名無史さん:2010/10/05(火) 19:33:41 0
「ノルマン・コンクエスト以来、『外国に軍事的に征服された』ことはない」とはいうが、
まあ王朝は相続やなんかでころころ変わってるわな

851 :世界@名無史さん:2010/10/05(火) 19:49:55 0
カナダちゃんなんて手付かずだと思って手に入れたら
幼馴染の許婚者(先住民)がいた上にフランスの中古だったんだぞ
とんだビッチだな
おまけに自立するとか言い出すし、イギリス処女厨涙目

852 :世界@名無史さん:2010/10/05(火) 19:51:26 O
カナダという国がもの凄くエロイ気がしてきた、ハァハァ

853 :世界@名無史さん:2010/10/05(火) 20:37:47 P
>>851-852
野蛮なアンクル・サムに言い寄られても散々袖にして、
弱い立場のメヒコと一緒ならって(NAFTA)、
自分を一番高く売りつけたのは見事だと思うが。

854 :世界@名無史さん:2010/10/05(火) 20:56:56 0
デンマークはなんで、イングランドにしつこく進出したんだろうね?
遠すぎるし間に海あるし、継続的に出兵するのも恒久的な支配を打ち立てるのも難しいと思うんだが。
それぐらいなら北ドイツやスウェーデン攻めた方がマシじゃないかと。

855 :世界@名無史さん:2010/10/05(火) 22:24:19 0
>>839
プールの中で俺がオシッコもらしたら、その水をおまぃは喜んで飲めるか?
おまぃが飲尿愛好家ではないとしたら、とてもイヤだろ。

856 :世界@名無史さん:2010/10/05(火) 22:39:14 0
>>846
ちげーよ。
ウィリアム公は、ノルマンディの領主としてはフランス王を上位とする封建主従関係、
イングランド王としてはフランス王の支配を受けない。
言い換えれば、別の立場を1人で兼任しているだけ。

857 :世界@名無史さん:2010/10/05(火) 22:55:11 0
>>850
日本に喩えてみたら、米沢藩(大名上杉家領)は吉良の旗本に征服されたの?
ちげーだろ、吉良の旗本の息子を婿養子として呼んで殿様に据えただけ。

>>853
ちけーよ。すげえちけーよ。
もともとアングロ人だとかサクソニア人とかはユトランド半島の付根のあたりから船で漕ぎ出して
イングランドやらに定着した。
クヌート王とかハラルド王とかの時代はノルウェーら辺もデンマークの領土だし、地図見てみろ、
ノルウェーとブリテン島の間には、シェットランド、フェア、オークニーと、小島が橋を架けたように
横たわっている。
スコットランドに近いオークニー諸島は、スコットランド王ジェームズ三世とデンマークのマーガット王女との
縁組の際に化粧領として渡されるまでデンマーク領だったし。

858 :世界@名無史さん:2010/10/05(火) 23:13:25 0
スウェーデンには同族のスヴェーア人がいて手ごわく、土地自体にたいした産物はない。
バルト・ルーシ方面の航路を抑えれば利益を上げられるが、スヴェーア人と抗争する必要がある。
(その後の北方十字軍でデーン人もこっちへ伸びてくるが)
森と湿地に覆われた北ドイツやポーランドも似たようなもの。

一方、フランスやイングランドはローマによる開発も長く、北欧に比べれば遥かに肥沃で、交易も盛んだった。
そのうえフランクもアングロサクソンも分裂抗争してばかりで、容易に攻め込んで略奪することができた。
特にイングランドはフランクほど豊かでも強くもないので格好のカモになる。
また、海は障壁にもなるが、ヴァイキングにとっては道に等しい。
ヴィンランドやシチリアやビザンツまで大遠征する連中にとって、近所の北海を渡るなど簡単なことだ。

で、豊かで弱くて近い国があれば、攻め込んで定住して支配しようという発想も出てくる。
そこでデンマーク本国から継続出兵せずとも、デーンロウという植民地を現地に作れば、
いつでも「地続きの」イングランドを攻撃できるというわけ。

859 :830:2010/10/05(火) 23:35:10 0
>>831
ありがとうございます。読ませていただきます。

>>832-833
海の通商路としての役割も面白いんですが、北海まわりなんかは仰る通り、
漁業の存在もそれなりに大きかったと思うのです。
それで探してみたのですが、農業のようにまとめられた本が見つけられず、
聞いてみました。

860 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 00:17:39 0
>>857
吉良の息子って上杉の外孫じゃなかったっけ?
まぁ、いいけど。

まぁ、当時は主権国家の概念がないから、血縁が近い王侯貴族であったら誰でも王位を継げる可能性があった。

861 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 02:33:58 O
さらっと読める世界史の本教えてください

862 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 08:31:27 0
年表


863 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 11:15:32 0
ということは近代植民地の起源はヴァイキングか・・北欧人はさすが
英国がつけたランキングに常に上位になってるだけあるね

864 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 11:57:08 0
ただ単に当時は蛮族が腕っ節だけで知能がなくても伸し上がれる世界だっただけだ

865 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 12:16:47 0
なんで近代植民地にカテゴライズするんや

866 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 15:00:38 0
ルイ14世について勉強したいのですが
まともな本がありません。
助けてください。

867 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 16:02:45 0
>>860
カヌート王もウィリアム征服公もアルフレッド大王の血を引いてることは引いてるんだよね

868 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 19:35:56 0
>>866
『ブルボン家の落日―ヴェルサイユの憂愁』 戸張 規子 著、人文書院。
内容は薄いけど、それなりによかったわよ。
『真実のルイ14世』も賛否あるもそれなり。
ルイ15世の評伝だったら中央公論からいい翻訳本があるんだけどね。

869 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 19:41:28 0
>>866
あと、時系列的なことを知りたいんだったら、
30年ぐらい前にフランスかスイスで出版(Spinkがだしたもの)された、
ルイ14世のメダルカタログが結構役に立つわ。私は持ってるわよ。
今でもフランスの古書店やコイン商のWebで買えるとこもあるわ。

870 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 19:45:21 0
本のタイトルおしえろや オカマ

871 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 20:05:16 0
>>866
「ヴェルサイユの異端公妃」(宮本絢子)がおもしろいよ。
ルイ14世じゃなくて、その弟の奥さんだった豪快なリーゼロッテさんの手記を元にした伝記風のお話。


872 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 20:12:22 0
>>870
めんどくさいわねー。
ルイ14世のメダルカタログっていったら普通これなのよ。

『MEDAILLES DE LOUIS XW』JEAN-PAUL DIVO 著、よ。

2,3年まえにルイ15世のも同じ著者がだしてるわ。版元がちがうけど。

873 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 20:25:40 0
>>855
おまいがスカトロ趣味で、しかも日本の天皇家を百済の子孫と思っていることはわかった。
それで?w

874 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 20:28:26 0
ルイ15世でおすすめは、ズバリこれよ。
『ルイ十五世 ブルボン王朝の衰亡』 G.P.グーチ著、林健太郎訳、中央公論、よ。

875 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 21:09:17 0
フランスの大元帥というのはどういう基準で選ばれるんでしょうか?

876 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 21:18:19 0
>>875
基本家柄。たまに実力。

877 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 21:19:44 0
>>875
あと縁故。

878 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 21:21:13 0
そもそもフランス大元帥って、そんなにいないよね?

879 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 21:24:46 0
コンデ公(大コンデ)は、3つすべて。
グラモン公は家柄、縁故。
ヴォーバンは実力、少しだけ縁故。
ジル・ド・レ、縁故と莫大な富。

880 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 21:25:20 0
友人が秋の連休でエジプト旅行に行ったのですが
アレキサンドリア図書館に行ったそうです。
アレキサンドリア図書館って焼失したと思うのですが友人に騙されたのでしょうか。

881 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 21:28:03 0
アルテュール・リッシュモンは、家柄よく、縁故もあるが
実力で十分に元帥の資格ありの傑物。

882 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 21:29:40 0
>>880
アレキサンドリア“の”図書館でしょ。

883 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 21:30:22 0
>>880 建て替え

884 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 21:36:29 0
シャルル5世の元帥については…。

885 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 21:46:56 0
>>880
古代の図書館の復活プロジェクトでユネスコとエジプトの共同で最近出来た図書館だろう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%9B%B3%E6%9B%B8%E9%A4%A8

886 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 21:51:40 0
前出のって全員元帥で大元帥じゃないわよね?

887 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 21:59:47 0
中世のフランス元帥と近世のフランス大元帥の違いはなに?

888 :世界@名無史さん:2010/10/07(木) 00:18:11 0
西洋中世の自治都市の市民軍て、具体的にどんなものだったの?
専業の兵士がいたのか、商人やら職人やらが有事の際に武器を持ったのか、傭兵任せだったのか

889 :世界@名無史さん:2010/10/07(木) 00:46:04 0
新聞やテレビニュースをみて疑問に思ったのですが、
アメリカの外交を担当する省庁をなぜ国務省とよぶのでしょうか?

ほかの国の場合では外務省と呼んでますよね?

890 :世界@名無史さん:2010/10/07(木) 01:08:02 0
>>889
・最初は外務省と言った。
・その後、内務(造幣局の運営、国璽の管理、統計調査等)なども担当
 するようになり、国務省と変更された。
・現在は内務の仕事はほとんど他の省庁に移されたが、名前は変更されていない。

まあ、昔の名残ってとこだね。

891 :世界@名無史さん:2010/10/07(木) 01:24:35 0
アメリカの国務省は、正式には「United States Department of State」という。
1789年、まず「Department of Foreign Affairs(外務省)」として発足したが、
同年追加立法により「Department of State(国務省)」と改称、国事・内政任務も担当することになった。

Stateとはまさしく「国」を指す語であるが、単数形ではアメリカ合衆国の「州」にも用いる。
各州にもDepartment of Stateがいるが、これは「州務長官」と訳され、自治権を持つ州政府の総務を司る。
州の連合体がUnited Statesであり、アメリカ合衆国連邦政府が統轄する。
この連邦政府は州が有しない権限、つまり外交や戦争、造幣などの権限を持っている。
合衆国のサイズが小さな頃は、そうした権限を国務省が一手に担っていたわけ。
のち内政任務の多くは他の省庁に移るが、今もただの「外務省」ではなく、国務長官は大きな権威と権力を持っている。

892 :世界@名無史さん:2010/10/07(木) 02:27:29 0
>>885
ギリシアも直接協力すればいいのにねw

893 :世界@名無史さん:2010/10/07(木) 07:37:20 0
>>880ちゃんと「図書館の起源は古代ギリシャで、アレクサンドリアの大図書館は
アレクサンドロス起源」とみんなに宣伝するんだよ。無能な有色人種の役割として。

894 :世界@名無史さん:2010/10/07(木) 08:37:27 0
>>893
カタワ君久しぶりだね
色んなスレで敗北しまくって自殺したのかと思った

895 :世界@名無史さん:2010/10/07(木) 08:39:31 0
>>893
すでにエジプト時代に書物に近いものがあったような?


896 :世界@名無史さん:2010/10/07(木) 09:50:47 0
アレクサンドロス三世が征服してできたんだよ、それらは。

897 :世界@名無史さん:2010/10/07(木) 18:35:51 0
イギリス人と北欧人ってどっちが偉いのん??

898 :世界@名無史さん:2010/10/07(木) 18:52:46 0
>>863
確かノルウェーがハラルド美髪王の時代(860年頃)に一斉に各部族民が追放されて
当時は無人のアイスランドに植民したんだっけな? その頃は大きな軍船ができはじめて、
出征も通常の春から夏に変更されていた。(ちなみに、基本的にヴァイキングは冬に船を出す)
原因やどんな技術が開発されたのかは知らんが、これが何よりも大きいように思う。
歩きのフロールヴがノルマンディーに行ったのもハラルド王の頃だが、
ハラルド王の息子も英国に行って親睦を深めた。

899 :世界@名無史さん:2010/10/07(木) 19:06:35 0
>>897
「偉い」の定義を出してくれタマエ。

平均身長か?
平均体重か?
歴史の古さか?
人口か?
農業生産高か?
文化程度か?(その値を示す客観的な数字かなにかがあるとして)
肌の色の白さか?
稼いだ金額の差か?
殺した敵国人の数か?


900 :世界@名無史さん:2010/10/07(木) 19:21:21 0
中世から近世にかけてのヨーロッパの大国で最大の穀倉地帯だったポーランドが、
急に精彩を欠くようになるのは、議会制と選挙王制による指導力の欠如が原因ですか?

901 :世界@名無史さん:2010/10/07(木) 20:05:07 0
小氷期で寒くなりました。
その結果ポーランドは南のウクライナ方面に進出。

902 :世界@名無史さん:2010/10/07(木) 23:37:39 0
15〜17世紀のポーランドは、リトアニア、ベラルーシ、ウクライナなどを併せた大国だった。
ポーランド本土も穀倉地帯で、欧州への穀物の輸出により大きな財を成した。

大国ポーランドの没落は17世紀半ばから始まる。
この頃にはすでに大貴族(マグナート)が国の支配権を掌握していたが、
欧州では新大陸からの穀物が入るようになり、穀物価格が下落した。
大貴族たちは収入を確保するため領地拡大を図り、農民を農奴同然に搾取した。

また大貴族は中央政府を無力化して権益を維持するため、
1652年にリベルム・ヴェト(任意拒否権)を議会の全議員が持つことにし、
議会に提出されたいかなる法案も「拒否権発動」で取り消せるようにした。
また外国と結託して自分の権益を守ろうとする者まで現われ、ほぼ無政府状態になった。
さらにウクライナでのコサックの反乱、スウェーデンやロシアなどとの大戦争が打ち続き、
18世紀に入ると国内はすっかり荒れ果て、国王も外国の傀儡に過ぎなくなってしまった。

903 :世界@名無史さん:2010/10/08(金) 09:35:58 0
>議会に提出されたいかなる法案も「拒否権発動」で取り消せるようにした。

要するに、すべての議決を全会一致としたのだ。

904 :世界@名無史さん:2010/10/08(金) 11:59:19 0
即死ないの?この板
ないならこの乱立スレを次スレとして消費してほしい

世界史質問スレ
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/whis/1286170257/

905 :世界@名無史さん:2010/10/08(金) 12:18:45 0


906 :世界@名無史さん:2010/10/08(金) 13:55:26 0


907 :世界@名無史さん:2010/10/08(金) 13:55:43 0
アリエノール・ダキテーヌ(他、エレアノール、エレノア)
この名前。どれが日本では慣用表現なの?
ヘンリー2世王妃、リチャード1世、ジョン王の母なら英語のエレノアが良い気がするが、
あまりエレノアで書かれる事無く、紛らわしい(アリエ〜、エレア〜)フランス語読みがほとんど。
出自、地位、スキル、ドラマ性、いずれも中世欧州人物列伝の桁違い組なのに、このテッシュか洗剤
のような呼び方のいい加減さはなんなんですか。

908 :世界@名無史さん:2010/10/08(金) 14:00:51 0
フランス語が妥当

909 :世界@名無史さん:2010/10/08(金) 14:42:04 0
南仏のオック語:アリエノール・ダキテーヌ
北仏のオイル語:エレアノール・ダキテーヌ
英語:エレノア・オブ・アクイテイン

オック語圏たるアキテーヌの女公であるから、
オック語の名前で呼ぶ方が彼女は喜ぶだろう。

910 :世界@名無史さん:2010/10/08(金) 14:42:12 0
アリエノールはフランス王妃時代にも第2回十字軍に参加するなど、活躍してる(というか、
第2回十字軍にとっては迷惑な参加者だったが、一応十字軍史上重要な)人物なので
フランス語表記がいいと思うよ
当時はイングランドの宮廷で使われてた言葉もフランス語だったんだし
(じゃあ、ヘンリー2世やジョン王を、アンリ2世、ジャン王と表記すべきかというと、それは
なんか違うけどさ)

911 :世界@名無史さん:2010/10/08(金) 14:54:17 0
フィッシャー論争は、フィッシャーとその批判者のどちらが勝ったの?

912 :世界@名無史さん:2010/10/08(金) 14:59:44 0
フランス大好き、イギリス大嫌い。
リチャードもリシャールっていっちゃいなさいよ。
スティーブンもエティエンヌっていっちゃいなさいよ。
みんなフランス風でいっちゃいなさいよ。

913 :世界@名無史さん:2010/10/08(金) 15:38:19 0
ダンジュー、ダキテーヌ、ドルレアン、ダンギャン とかね…

カタカナで書くと、なーんか痛く見えるんだよね。

914 :世界@名無史さん:2010/10/08(金) 16:22:41 0
フランス語の冠詞つき単語ばかりみていると、ダ行ばかりになってなんかヤダ。

915 :世界@名無史さん:2010/10/08(金) 16:23:31 0
阿基坦的埃莉諾

916 :世界@名無史さん:2010/10/08(金) 19:25:16 0
イル・ハン朝はいつ誰によって滅ぼされたんでしょうか?

917 :世界@名無史さん:2010/10/08(金) 19:28:30 0
ティムール

918 :世界@名無史さん:2010/10/08(金) 20:11:20 0
イルハン朝は外敵によってではなく、内側から崩壊して滅んだ。
第9代のイルハン(国王)アブー・サイードが功臣を殺しまくって悪政をしき、嗣子なくして死んだためフレグの嫡流が絶えた。
遠縁のアルパ・ケウンが擁立されて重臣たちが団結し、ジョチ・ウルスの侵攻を防いだが、
こいつも猜疑心が強く、ひたすら功臣を殺しまくって反乱を招いた。

かくしてモンゴル・テュルク系の将軍たちは各地に群雄割拠し、
傀儡イルハンを各々が勝手に担いで、自分たちの政権の正当性を主張した。
これがチョバン朝、ジャライル朝、サルバダール朝、ムザッファル朝などと呼ばれる。
そのうち面倒なのでイルハンを担ぐのもやめて、自ら君主になって興亡を繰り広げた。

ジョチ・ウルス、チャガタイ・ウルス、大元ウルスも似たような感じで崩壊しまくっていたが、
最後に湧いて出たティムールが西方の諸ウルスをガンガン平定して大帝国を築いた。
最後に東方も平定しようと大遠征に出たところで、さすがに寿命が尽きて死んだ。

919 :世界@名無史さん:2010/10/08(金) 20:52:58 0
>>918
ありがとうございます。イル・ハン朝だけ具体的にどうやって滅んだのかが分かりませんでした。
他のウルスのように内乱で弱体化→分裂→外敵に滅ぼされる、じゃなくて、
内乱だけで滅んだんですね。

920 :世界@名無史さん:2010/10/08(金) 21:07:33 0
ムガル帝国の貴族には余所者が多くて
ムガル帝国に仕えた者が故国の優秀な友人を招いてそいつも貴族になったりするのがザラだった
っていうフランス人の書記を読んだ記憶があるのですが
ムガル帝国ではコネがあれば何人でも貴族になれたんでしょうか?

921 :世界@名無史さん:2010/10/09(土) 00:07:57 0
>>918
ティムールって強いなと思ったいたが、周辺が内紛で弱体化していたという運も
大きかったんだ。
アレキサンダーとペルシャ、明や清、似ている。

922 :世界@名無史さん:2010/10/09(土) 00:16:11 0
コネがあって優秀なら、だろう

ムガル帝国は元来が多民族・多宗教国家で、テュルク・モンゴル人もペルシャ人もアラブ人もインド人も西欧人もいた
わずかな数のモンゴル人が、自分たちだけで大帝国を切り盛りなどできんし、もともとインド世界は巨大かつ多様
アクバル帝は多様な社会階層から人材を抜擢し、封土を与えて官僚(貴族)制を構築している
アウラングゼーブ帝はスンニ派イスラームを贔屓して他宗教を虐げ、各地で反乱を招いてしまったが

923 :世界@名無史さん:2010/10/09(土) 00:19:07 P
唐みたいだなぁ
西欧人もか
何処の国の誰なん?

924 :世界@名無史さん:2010/10/09(土) 01:04:20 0
アリエノール・ダキテーヌはイングランド王妃になっても
ずっと自分の領地に住んでた。お墓もフランスにある。
本人も英語でなんかしゃべったことがないはずだから、
英語読みにするのはおかしい。

925 :世界@名無史さん:2010/10/09(土) 03:48:03 0
おまえの頭がおかしい

926 :世界@名無史さん:2010/10/09(土) 07:54:18 0
>>921
全然違うよ
当時のペルシャは単一国家としては当時世界最大だったし
清朝だってサルフの戦いや蒙古平定など実力がなければ成し得なかったし
そもそもビッコ野郎があまりにもショボ過ぎるんだよ

927 :世界@名無史さん:2010/10/09(土) 09:00:22 0
トクタミシュとの戦いとか、アンカラの戦いに誰も触れないのか

928 :世界@名無史さん:2010/10/09(土) 09:45:57 0
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%82%B6%E3%83%83%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AB%E6%9C%9D
当時のペルシャが単一の国で世界最大? 

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Chupanid_-_Jalayerid_dyansty_1337%E2%80%931432_ad.PNG
版図これだけしかないのに?


929 :世界@名無史さん:2010/10/09(土) 09:53:26 0
ちなみにビッコ野郎といっているからティムールの事をいっているんだろうけど、
ジャライル朝が盛り返したの「ティムールの死後」の話な。
君がいっているビッコ野郎とやらは、アナトリアまで進出してオスマン朝解体寸前までいったんだがな。
東へはもちろん明朝討伐途上で亡くなったが、一大政権には代わりがない。
そもそも、ジャライル朝はモンゴル系だし、
もしかしてジャライル朝の対抗勢力だった黒羊朝をペルシャ系と勘違いしているのかな?
あれティルク系の王朝だよ。  
当時のペルシャとやらは征服王朝の連続で多民族社会が進み、単一国家なんてとてもいえるような代物でもなくなってる。


930 :世界@名無史さん:2010/10/09(土) 10:56:49 0
わざわざ差別用語を使って挑発的に書いている>>926の肩をもつ気は毛頭ないが、
4行目で清朝に対してのことに言及しているところから見て、その前の3行目は
>>921の「アレキサンダーとペルシャ、明や清、似ている」のペルシャに対しての言及
つまり、彼の言う「当時」は、ティムールの時代ではなく、アレキサンダーの時代だろ

まあ、5行目でよけいなことを言ってるせいだから、正しく伝わってないのは彼の
自業自得だが

931 :世界@名無史さん:2010/10/09(土) 11:55:29 0
.

932 :世界@名無史さん:2010/10/09(土) 14:41:37 0
イル・ハン朝が解体したとはいっても
中央アジアのキプチャークテュルク+モンゴルの軍事勢力の総数はむしろ充実して、
割拠して対立したことによってむしろ戦闘レベルは上がっていたんじゃないかな。
そこをティムールがまとめあげた。
南のペルシア人はひとたまりもなかった、と。


933 :世界@名無史さん:2010/10/09(土) 15:00:35 0
支那の歴史家いわく「モンゴル帝国は寛大すぎたので滅んだ」


934 :世界@名無史さん:2010/10/09(土) 17:09:43 0
現代のモンゴル人いわく「モンゴル帝国はなぜ滅んだ?・・・・滅んでないぞ」
と真顔で答えた。

ちなみに奈良を訪ねた欧米人の質問で「この奈良文明は何故滅んだのか?」
という質問が有ったそうだ。

935 :世界@名無史さん:2010/10/09(土) 17:12:26 0
プトレマイオス朝のエジプトはどこへ行ったのでせう

936 :世界@名無史さん:2010/10/09(土) 19:00:29 0
奈良文明=百済王家分家が日本人を征服して建設した王朝 巻向遺跡がその証拠。
       宮内庁が古墳を研究・立ち入りを許可しない理由は、日本が朝鮮の人々に
       よって文字を授けられ、国を建設した歴史的史実を薩長が唱えた皇国史観ー
       それまで先祖代々朝鮮系天皇であった血筋が孝明天皇暗殺により伊藤博文
       と大久保と西郷の陰謀によって大室寅之祐にすげかえられ、傀儡化して
       文字通りの薩長系天皇支配体制を樹立した闇の歴史を明るみにだしたくないから
       今上天皇、昭和天皇、大正天皇、明治天皇いずれもそれまでの天皇と血縁関係は
       なく、大室寅之祐とその子孫による国政壟断が真相だからね。

937 :世界@名無史さん:2010/10/09(土) 19:05:54 0
百済ん

938 :世界@名無史さん:2010/10/09(土) 19:07:23 0
こりゃまたすんごい怪説

百済王家分家が日本人を征服って、時代が異なるのにどう接点を持ったんでしょ
古代には日本人なんて存在しなかったのに

939 :世界@名無史さん:2010/10/09(土) 19:08:10 0
古代世界のペルシア人とイスラーム期のペルシア人を同一視して論じるのは、問題がある。
両者ともに、「イーラーン」の土地に居住していたが、
前者が騎馬民族であるのに対して、後者は前者の言語と伝統を継承してはいるものの、基本的に農業民族である。

940 :世界@名無史さん:2010/10/09(土) 19:09:02 0
アレクサンダー大王死後、帝国は分裂したけど、
どの大王の旧領土もマケドニア人のディアドコイの王朝の支配下だよね?
どうしてどこの国もディアドコイの争いの混乱に乗じて現地人が独立しようとしないで、
マケドニア人の支配を受け入れ続けたの?

941 :世界@名無史さん:2010/10/09(土) 19:14:14 0
白人はどの人種より優秀だからじゃないの?

942 :世界@名無史さん:2010/10/09(土) 19:15:56 0
アレクサンダーの征服地に住んでたのはみんな白人だ阿呆

943 :世界@名無史さん:2010/10/09(土) 19:26:05 O
ギリシャ(マケドニア)人プトレマイオスいらね

944 :世界@名無史さん:2010/10/09(土) 19:56:44 0
これは、マケドニア人勢力がヘレニズム初期においては
軍事的に諸民族を圧倒していたからだというのは、正しいと思う。
加えて、ペルシア帝国の継承を標榜する勢力が、すぐには育たなかったからでは?

945 :世界@名無史さん:2010/10/09(土) 20:56:32 0
>>940
アカイメネス帝国を平定してまだ数年なんだから、配下の将軍達の力は充分に強くて
在地勢力が自立するなんてのはこの時点では無理なんじゃない?

946 :世界@名無史さん:2010/10/09(土) 20:56:49 0
マケドニア本国はさておき、小アジア地域には結構現地人系のヘレニズム王国がある。
ビテュニアは大王以前から独立。ポントスはアンティゴノスの死後、カッパドキアはエウメネスの死後独立。
ペルガモンはセレウコス朝から独立し、王家はマケドニア人とパフラゴニア人の混血。

アジアでは、セレウコス朝統治下でも何度か反乱はあったが、国力が強いうちは鎮圧できた。
しかし西方のエジプトやローマがつけこみ、現地人の反乱を煽ってセレウコス朝を弱体化させた。
東方でパルティアが独立するのはアケメネス朝崩壊の百年後で、イラン・イラクを掌握するのはさらに百年後。

プトレマイオス朝が長続きしたのは、エジプトという政治・文化・文明的統一体が何千年も前からあり、
王が現人神のファラオとして君臨し、各民族間のバランスをうまくとったため。
西のカルタゴに気をつければ、敵としてはシリアだけを相手にしていればよい。
まあ王位継承争いでグダグダになるが。

947 :世界@名無史さん:2010/10/09(土) 21:22:27 0
>>940
織田信長が死んだ後、地元勢力が立ち上がらないで、織田家の家臣だけが権力争いしてたのと同じ。
それぞれ現地勢力も新しい組織に組み込まれて、旧来の組織なんて残ってない。
残ってた関東なんかは織田勢力が出て行ったが。
アレクサンダー後も同様に、旧勢力の残っていたインド・バクトリアの各地は現地勢力が統治を続けた。
例えばインダス地方はポロスが、パンジャーブ地方はタクシレス、コーカサスはオクシュアルテスetc...
しかしそうした勢力は元々現地勢力であるだけに、全後継領域の争いには加わらない。

948 :世界@名無史さん:2010/10/09(土) 23:48:42 0
>>929
オスマン解体寸前と言っても次代のメフトフ1世の時代で普通に収束してるけどな
やっぱりビッコは大した事やってないよ、アナトリアの諸侯が寝返らなければ戦死してた雑魚

949 :世界@名無史さん:2010/10/09(土) 23:58:00 0
メ…メフトフ?誰?

950 :世界@名無史さん:2010/10/10(日) 00:18:01 0
↓は某スレの書き込みですがこれ本当なんですか?誇張?

11 名前:やまとななしこ[] 投稿日:2010/10/09(土) 23:29:14 ID:mICudN2n
南米大陸の10世紀くらいまでの歴史って、ほとんど解明されてなくて
もし明らかになったら人類史がひっくりかえるかもしれないと聞いたことがあるよ。

彼らが欧州人の侵略を許したのも、そうなることがすでに予言されてたから
あまり抵抗しなかったらしいね。

951 :世界@名無史さん:2010/10/10(日) 00:22:38 0
>>950
ここだけの話になりますが
おそらく、日本の大学を中心に現在発掘と研究が進められている「ア○ゾン文明※」のことです。

※念のため、一部を伏字にしました。悪しからず。

952 :世界@名無史さん:2010/10/10(日) 00:40:44 0
「モホス文明」ねえ。
なんかすごくトンデモ的というか、先住民の独特な文化の痕跡とはいえるだろうけど、
あえて「文明」とまで言っていいのかどうか。

953 :世界@名無史さん:2010/10/10(日) 00:55:31 0
>>952
研究者の間では四大文明にこれを加えて五大文明とすべきだと説く向きもある。
巨大な石造建造物すらなかったものの、都市間を繋ぐ道路網と文明全体の総人口は
同時期の他文明を雄に凌駕する規模だったようだ。
そもそもプレインカ文明の源流がこれだとする意見が支配的だし。
今後の更なる研究が待たれる。

954 :世界@名無史さん:2010/10/10(日) 01:15:16 0
でも何かアメリカ大陸の古代文明には妙に引き寄せられる魅力があるね
アフリカから旅だった人類の中で最も長旅をしてんだからユーラシアより民族形勢は進化してるはずだから当然

955 :世界@名無史さん:2010/10/10(日) 01:16:36 0
>>950の後段については?
予言…

956 :世界@名無史さん:2010/10/10(日) 01:48:05 0
>>952
その辺りの先住民というとヤノマミとか裸で狩猟採集の生活を思い浮かべてしまうけど
当時のモホス平原について分かっているのは草原やブッシュが広がる半乾燥地帯だったということ。
その地に住む人々は乾季に備えて巨大な溜池作り、高度な灌漑農耕を編み出していた。
また青銅器も発掘されており、既に金属を使う程度の文明水準に達していた。
都市への人口の集積と金属器の利用、高度な土木技術(治水・道路)など、他の文明と比べても遜色がない。
紀元前1000年頃に始まり、西暦1000年頃に気象変動によって終息が始まったとされたが
16世紀以降にこの地を踏査したスペイン人の記録では今は失われた幾つもの巨大な集落を確認したとの事。
その後、スペイン人の持ち込んだ旧大陸由来の病原菌によって人口が更に激減し終焉した。
この文明には文字記録が無かったため(というか、まだ確認されていない)、その後の忘れ去られ
20世紀後半になってから人工衛星による地上の写真で遺蹟の痕跡が見つかり、研究が開始された。

957 :世界@名無史さん:2010/10/10(日) 02:33:11 O
そーいや何かで、アメリカ大陸の人たちは、牧畜してなかったから
家畜が撒き散らす伝染病が流行らず、そのせいで免疫がつかず、
ヨーロッパ人が持ち込んだ病原菌ででごっそりやられちゃった、ってあったけど
日本だって家畜あんまり飼ってないのに、伝染病でボロボロにはなってないよな?
なんでだっけ?

958 :世界@名無史さん:2010/10/10(日) 02:34:39 0
農家にゃ牛も馬もいただろ 食わないだけで

959 :世界@名無史さん:2010/10/10(日) 02:59:25 0
新大陸原産の梅毒が大流行した東の果ての国ニッポン

960 :世界@名無史さん:2010/10/10(日) 03:00:29 0
アンデスではリャマ飼ってるけどな
ユーラシア大陸起源の伝染病には免疫がなかったんだろう

961 :世界@名無史さん:2010/10/10(日) 03:15:00 0
>>950>>955
予言というより神話で、メキシコのアステカ文明では、いずれ神が帰ってくる、みたいな神話があって
たまたまやってきたスペイン人を最初のうちは神だと誤解し、スペイン側もそれを侵略に利用した
南米でも似たようなことはあったかもしれない

962 :世界@名無史さん:2010/10/10(日) 03:17:37 O
>>960
でもそれだと、なんで新大陸期限の伝染病がヨーロッパにそんなに広まらなかったんだろう。
それこそ梅毒と他少々くらいで、新大陸の人たちほど致命的なことにはならなかった。

963 :世界@名無史さん:2010/10/10(日) 03:23:47 0
新大陸の人が病原菌に弱い理由は
祖先がアジアからベーリング海峡など北極圏を通過して移住したため
気温が低い北極圏では空気感染する病原体が絶滅してしまい
無菌状態の人間が新大陸に拡散したためだと言われている。
そもそも家畜を飼う以前の人類なので、今のように複雑なDNA構造を持つ病原体など
発生していなかったけどな。
インフルエンザとかウィルス系は豚・家鴨などが人間によって飼育されてからだし。

964 :世界@名無史さん:2010/10/10(日) 03:24:13 0
行き来した人間が極少数だからじゃないの?
たいていの人間は行きっぱなし。
往来したとしても港付近しか行ってないとか。

965 :世界@名無史さん:2010/10/10(日) 03:33:13 0
>>962
新大陸の原住民を苦しめた病原体は主に二種類。
天然痘とペスト。
旧大陸ではこの二種類が歴史上何度も大流行したため、
耐性を獲得した人間の子孫だけが生き残った。

966 :世界@名無史さん:2010/10/10(日) 04:45:15 0
>>953,956
モホスの文化はまだ研究者でも色々論争中だぞ。詳しいのはチャールズ・C. マンの
「1491―先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見」だな。

実松克義の「衝撃の古代アマゾン文明 - 第五の大河文明が世界史を書きかえる」は他の
研究者の考古学成果を紹介しているのに、その成果を無視して「〜だが私はこう思う」と
誇大に書いて無理やり「文明」にしてしまっているし、実松個人は考古学者でもないし、
学会で論文すら発表してないから、実際はモホス研究者としちゃ無名だ。
モホスの文化は色々研究されてるが、日本が中心的な立場じゃない。

>>961
それは征服後にスペイン人が捏造した話の可能性が高いらしい。ケツァトルコアトルが
白人っぽく言われていたというが、残っている実際の絵じゃ全然そんなことない。

967 :世界@名無史さん:2010/10/10(日) 09:24:18 O
アメリカ大陸でも家畜沢山飼ってたら、
別の病原体が広がって、さらにヨーロッパにもたらされて…

968 :世界@名無史さん:2010/10/10(日) 09:40:24 0
梅毒がまさにそうでんがな

969 :世界@名無史さん:2010/10/10(日) 10:31:20 0
家畜を媒介して流行する梅毒ってあんまイメージが湧かない

970 :世界@名無史さん:2010/10/10(日) 10:33:49 0
アメリカバイソンからもらったという話があったね

971 :世界@名無史さん:2010/10/10(日) 10:40:02 0
獣姦を連想しちまったじゃねーか

972 :世界@名無史さん:2010/10/10(日) 10:50:27 0
いや、ほんとに獣姦してたんだよ
女連れて航海はできねーからな

973 :世界@名無史さん:2010/10/10(日) 11:10:48 0
島伝いに200〜300キロぐらいの島だったら
ヴァイキングでも老若男女問わず出かけているんだがねー
フェロー諸島の話だけど

974 :世界@名無史さん:2010/10/10(日) 13:51:35 0
船に山羊とか豚とか一緒に積んで、性欲処理に使ってたらしい
でもバイソンとまでやろうと思うかなぁ

975 :世界@名無史さん:2010/10/10(日) 13:56:00 0
アテネの奴隷制度について教えてください。
家内奴隷と債務奴隷は同格で別種の奴隷であるのか、
それとも、家内奴隷のうちに債務奴隷という分類があるのか、
加えて、戦争捕虜は家内奴隷とされたのか、
という疑問があります。

976 :世界@名無史さん:2010/10/10(日) 14:54:33 0
>>948
アンカラの戦い以降、オスマンが国勢をとりもどすのに半世紀かかっているぞ。
なーにが普通に収束だ。へそで茶を沸かす気か?

977 :世界@名無史さん:2010/10/10(日) 19:39:03 0
ティムール帝国を滅ぼしたウズベクは、
そのままティムール帝国の版図を征服して中央アジアに覇を唱える気は無かったのですか?

978 :世界@名無史さん:2010/10/10(日) 20:59:47 0
16世紀初めにウズベクのシャイバーニー朝が滅ぼした「ティムール朝」は、
すでにサマルカンド周辺しか支配権の及ばない地方政権だ。
ヘラートにはまだティムール朝の分家がいるし、北からはカザフが攻めてくるしで、トルキスタンを制圧するのに手一杯。
そのうちイランにサファヴィー朝が勃興して、サマルカンドからシャイバーニー朝を追い出してしまった。
ウズベクはブハラに移り、アストラハン朝になってからようやく安定し、トルキスタンに君臨するようになる。

979 :世界@名無史さん:2010/10/11(月) 00:37:52 0
世界史コンテンツ10月末で閉鎖の様です。。。
あまりにも悲しかったので、独り言。

980 :世界@名無史さん:2010/10/11(月) 01:50:04 0
ヘラート政権もすぐシャイバーニー朝が滅ぼしたから、一応「当時のティムール朝の版図」は統一した。
サマルカンド政権の生き残りバーブルは、サファヴィー朝と組んで旧都を一時奪回するが、
結局敗退してアフガン方面へ進出、ムガル朝の祖となる。
ウズベクもけっこうダメージを食らってウルゲンチやブハラに分家が自立し、
トルキスタンでは大勢力となるもイランやアフガンまでは手が回らず。

981 :世界@名無史さん:2010/10/11(月) 09:17:29 0
>>979
なにそれ

982 :世界@名無史さん:2010/10/11(月) 16:43:07 0
モホス文化の人って巨人なのか?
デッカイ骨がでたとかなんとか…何年か前テレビでやってたけど。

983 :世界@名無史さん:2010/10/11(月) 17:02:58 0
ビクトリア女王はステュアート家の男系子孫?
なんかごちゃごちゃしててワケワカメ

984 :世界@名無史さん:2010/10/11(月) 17:25:26 0
>>983
ステュアート家→プファルツ選帝侯家(ヴィッテルスバハ家)→ハノヴァー選帝侯家(ヴェルフェン家)
の流れでビクトリア女王はハノヴァーのゲオルグ(英王ジョージ1世)の男系の子孫に当たるから
ステュアート家の女系のプファルツ選帝侯家の女系のハノヴァー家の男系の子孫になる。
つまり、簡単にいえばステュアート家の女系の子孫よ。

ハノヴァー家の男系はビクトリア女王の父方の従兄弟がハノヴァー王として継いでるわよ。
ひさしぶりぶりの回答よ。

985 :世界@名無史さん:2010/10/11(月) 17:35:11 0
頻繁に回答してるくせに

986 :世界@名無史さん:2010/10/11(月) 17:39:18 0
>>984
つーかおまえキモイよ。その女ことば。

987 :世界@名無史さん:2010/10/11(月) 17:42:46 0
912以来の回答スレよ…。

988 :世界@名無史さん:2010/10/11(月) 17:43:27 0
無用心なこった

989 :世界@名無史さん:2010/10/11(月) 17:45:34 0
だって、女の子なんだもん…。

990 :世界@名無史さん:2010/10/11(月) 18:06:49 0
そろそろ次スレを

991 :世界@名無史さん:2010/10/11(月) 18:26:11 0

                / 待  |
_               | っ  |
.:.:.:.\            | て  |
.:.:.:.:.:.:.ヽ      , .:´.:.:..| い  |
.:.:.:.:.朴ト!     / .i、:.:.ィ.| ろ /
:.:.,:,、| } _    |ィlノ'i^'´iレL./
:/レ/ いヽ    |、 r‐.、 /.:.',
┴、.   ヽY|`.ー尖h〒彳>、:.',
  ィ\.   `\:.:.:.:.:.:^水_〃.i.\!
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992 :世界@名無史さん:2010/10/11(月) 18:32:13 0
世界史なんでも質問スレッド80
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/whis/1286789396/
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993 :世界@名無史さん:2010/10/11(月) 18:56:22 0
>>984だからビクトリア女王の王配がドイツ人男性だったのに
イギリス土人は反発したんですね。イギリスの男系がいなくなるから。

994 :世界@名無史さん:2010/10/11(月) 19:19:47 0
ウェールズってブリテン島の一地方程度の広さしか無いのに、
なんでスコットランド・イングランド・北アイルランドと同格の連合王国内の一国扱いなの?


995 :世界@名無史さん:2010/10/11(月) 19:27:04 0
なんだ、その前提は
広さは関係ないぞ
ウェールズ王家が伝統をもっていたことが重要

996 :世界@名無史さん:2010/10/11(月) 19:32:56 0
ウェールズって大公国じゃなかった?しかもウェールズ大公家もそんなに古い家系じゃない。

997 :世界@名無史さん:2010/10/11(月) 19:38:14 0
プリンス・オブ・ウェールズがウェールズの首長の称号だから侯国じゃないの?

998 :世界@名無史さん:2010/10/11(月) 19:43:06 0
日本で言うと奈良に相当するのかな?

999 :世界@名無史さん:2010/10/11(月) 19:47:06 0
琉球の立場に近いんじゃ?

1000 :世界@名無史さん:2010/10/11(月) 19:52:51 0
ウェールズ系がブリトン人で
イングランド系がアングロ・サクソン人(ブリトンとも混血)だからじゃないの?

1001 :1001:Over 1000 Thread
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もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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