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人生最大の発見 第二章★31

4 :考える名無しさん:2010/11/08(月) 22:18:49 P
【背理法によって原則の存在を否定してみよう!★ミ】

まず「人間がツールとして、思考の核として活用できる原則が存在する」と仮定する。
であるならば1は原則を活用できるので原則を活用することができない者にはできない何かができるはずである。
例えばこのようなことができるそうである。1は過去に
「私の場合は自動的に価値を最大化させることのできる道筋が見えてくるような状況ですね」
と発言している。 「最適な道筋を見ることができる」らしいのだ。

そこで「1が東大を目指すとして、どうしたら1は最も効率的に東大に合格することができるのか?」と、問うてみた。

「自動的に道筋が見えてくるのであれば」この問いにも答えることができるはずである。
しかし1は答えなかった。なぜ答えなかったのか。
その問いに、1は「それが不必要なことだから」と答えた。
つまり「答えられるけどあえて答えなかった」ようなのである。
そうだとして「あえて答えなかった」理由はなんだろう。

例えば 「東大に入ろうと思えば入れたがあえて入らなかった」などと面接官の前で発言しても「本当に入ることができたかどうか疑わしい」し、評価されることもない。
何の効力もないのである。
社会は「できるけどしなかった」と「できなかった」をほぼ同義だと見なすのである。

それは匿名掲示板においてもそうである。1は「本当は質問に答えることができないのでは?」と不特定大多数に疑われるというリスクを冒してまで
それでもなお「答えなかった」のである。 そのようなリスクを冒してまで「答えることができるのに答えなかった」とは考えにくい。
まさか8年近くもこのような活動をしていながら「答えるのは時間の無駄だから」などと弁明することもできまい。

このように「人間がツールとして、思考の核として活用できる原則が存在する」と仮定するとこのような矛盾・欠陥が生まれるのである。
したがって「人間がツールとして、思考の核として活用できる原則など存在しない」という結論が導かれる。


Q.E.D.

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