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諸国一宮

1 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/09/10(金) 22:39:35
出雲の一宮って杵築じゃなくて熊野じゃね?

2 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/09/11(土) 00:51:18
次回からはスレタイには
一宮 一の宮 一之宮 一ノ宮 って入れようぜ
って言ったろ
ボケカスラッパ

3 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/09/11(土) 00:58:39
>>2
ざまぁw

4 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/09/11(土) 06:23:47
出雲国一ノ宮は大昔、熊野大社とされていましたが、時代が下って次第に日隅宮。杵築大社(出雲大社)とされるようになり現在に至ります。

何等かの政治的動きや勢力図の変遷が有ったのかも知れません。

それは神代からの伝国の法灯(聖火)を守る熊野大社に出雲大社側がある重事の際、
借用に来る際の一連の決まりきった猿芝居、押し問答にも推し量れます。


5 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/09/11(土) 07:29:45
一(番おっきくて有名なお)宮が一宮で問題ない

6 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/09/11(土) 12:16:42
>>5
熱田神宮の扱いはどうする?

熱田神宮って明治の頃に伊勢神宮並の待遇を要求したらしいけど、
もっと大昔から自分達は伊勢神宮に劣らないという意識があったんだろうか?

7 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/09/12(日) 12:16:51
伊勢神宮が伊勢の一宮でないように
熱田神宮も尾張の一宮でない
各国一宮以上の存在ということで

8 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/09/14(火) 12:37:41
熱田風土記なるものは存在する様だが、尾張国風土記なる古記は存在しない。
尾張とは元来、尾張西北部を意味する。

9 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/09/15(水) 00:11:26
>>7
熱田社には尾張の三宮の称号が与えられているのも事実。

10 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/09/15(水) 09:07:51
>>8
熱田がまだ尾張じゃない頃に真清田が一宮となり、大縣が二宮になったと?
後に熱田近辺も尾張に組み込まれて熱田社は追加で三宮になったと?
そういう理解でいい?

11 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/09/15(水) 19:31:20
>>10
尾張氏が係わった順。

12 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/09/16(木) 08:57:22
熱田神宮はなんかインチキ臭いし、実際参拝しても感動は無かった
無理やり伊勢に近付きたがってる雰囲気が充満してる

二度と行くことは無いだろう

13 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/09/16(木) 10:29:53
熱田は一般的には尾張を代表する神社だけど、尾張っぽさは残ってないよな
地域性や規模といった一宮らしさを併せ持つのは、やっぱり真清田神社

14 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/09/16(木) 11:30:25
尾張造の方が独特で格好がええわー!

15 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/09/16(木) 15:02:00
一の宮を名乗る宮大杉

16 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/09/17(金) 18:49:03
あした雄山神社峰本社行ってきます

17 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/09/19(日) 07:56:58
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1157804006

18 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/09/19(日) 08:00:36
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1233230219/

19 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/09/20(月) 09:25:00
18,19日で讃岐、淡路と阿波4社、計6社巡ってまいりました。


20 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/09/21(火) 20:15:29
>19
年末に四国&淡路島の一宮巡りをしようかと検討中です。
出来れば、詳細レホカキコ゚をお願いします。

21 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/09/22(水) 08:35:45
>>20
まずはアタナのこれまでのレポをカキコをお願いします。

22 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/09/24(金) 23:31:44
鶴岡八幡宮行った

23 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/09/25(土) 09:10:17
>>22
そこは一宮ではありません

24 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/09/25(土) 12:46:10
全国一の宮会加盟の神社ということで・・

25 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/03(日) 09:24:58
みなさんはどう行った手段でまわれてますか?

26 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/03(日) 09:49:26
>>25
あなたの期待している「手段」って何?

27 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/06(水) 15:49:08
小野神社も一宮だったのか

28 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/09(土) 07:31:37
>>25
公共交通機関とレンタルサイクルと脚ですが
免許の必要性を実感して来年の春までには教習所通うと。

29 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/14(木) 07:59:51
≫28
それで何カ所回られましたか?
公共交通機関等だときついところ多いですよね。

30 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/15(金) 06:16:34
>>13
熱田神宮には残っていないという尾張っぽさって、どのような流儀・様式を
指すのですか?

31 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/15(金) 08:03:08
>>29
まだ少なく関東から東海と山城だけです。
それから興味ある神社に参拝してます。

車だと四国や北陸、山陰など地方単位で回れて羨ましい。
こちらは静岡や千葉で一日が終わります。
スレチですが水郡線は本数少なくて静神社など諦めました

でも一日に一社か二社でいいなら難しくないかもしれませんね。

32 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/15(金) 11:46:19
>>30
創建の由緒と祭神と社殿だと思う
熱田は尾張の一宮とか眼中になく、伊勢神宮のみを目指している
愛知県知事より総理大臣になりたいんだろう

33 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/15(金) 19:39:10
>>30
創建の由緒は土着の社として建てられいたが尾張氏が移住してから繁栄した。
真清田の場合、天火明命の後裔が創建。尾張氏だと思うが。
社殿は熱田の場合、尾張造であったが伊勢の真似をして神明造にしている。
真清田の場合、尾張造の原型社殿。

34 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/15(金) 20:29:47
>>32
伊勢神宮のみを目指している。伊勢神宮(総理大臣)は伊勢と終身決まっている。
(副総理大臣候補)は畿内に多数そろっていますよ。



35 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/15(金) 21:48:01 ?2BP(2100)
>>32
目指したのは明治時代の角田忠行宮司で、熱田神宮が伝統的に目指していたわけではないよ。

36 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/16(土) 07:16:54
>>33
>土着の社として建てられいたが尾張氏が移住してから繁栄・・・
順序が逆なのでは?土着豪族の尾張氏が創建創祀したのが熱田社では?
尾張一宮の真清田社、名古屋市天白の針名社同様に。

37 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/16(土) 13:28:31

古代の濃尾平野と創建期を調べろ。

38 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/16(土) 22:46:55
>>33
火明命(尾張氏)は出雲、原大和から濃尾平野へと移住してきた天孫族ですよ。
稲作文化と製鉄文化を濃尾平野に持ち込み勢力を強固にしていった豪族ですよ。

39 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/16(土) 23:22:15
>>33
針名神社・・・創建期約1100年前。

熱田社・・・創建期約1900年前。

真清田神社(一宮)・・創建期約2650年前。

40 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/16(土) 23:22:42
ここは、出雲、熱田論争スレに変更されました。

41 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/16(土) 23:36:57
トリビア。
熱田神宮の鎮座場所は創建当時は海に突き出た岬だったそうな。
この付近は海岸線。

42 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/16(土) 23:40:46
訂正38→>>36

43 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/16(土) 23:46:59
真清田神社(尾張一宮)の鎮座場所は伊勢湾入り海にある中島だったそうな。
この中島には倭姫命も鎮座した場所。

44 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/17(日) 00:35:35 ?2BP(2100)
尾張は一宮が真清田神社で、総社が大國霊神社。でもって熱田は何かというと、これが鎮主。
祖神が一宮で、国霊が総社、外来の強力な神(草薙の剣)は鎮主と、みごとに住み分けてる。

45 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/17(日) 12:19:36
>>38
火明命即ち物部一族の本貫が出雲って、何県の出雲だというの?
物部氏の本貫は河内国だし、尾張氏は大和国葛城高尾張邑から尾張国に
移住してきたのでは?

46 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/17(日) 17:21:44
>>41>>43
尾張一宮、三宮とも創建時は、汀に建てられたということですね。
海路いずこから上陸した故地聖地だったのかな?
両社が創建されたと思われる弥生時代後期当時の海岸線の想像地図は、
どういう書物に掲載されていますか?

47 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/17(日) 22:44:46
>>45
物部氏の祖は饒速日命の方が強いかなぁ
尾張氏の祖、天火明命は原大和即ち葛城降臨後濃尾平野か。

48 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/18(月) 23:10:32
>>46

http://nazca-e.hp.infoseek.co.jp/kodai/ow-kozu.GIF

49 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/19(火) 22:35:20

http://www.gakugei-pub.jp/judi/semina/s0601/ue009.htm

50 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/19(火) 22:42:44
てs

51 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/21(木) 05:20:18
>>46
1959年9月に襲来した伊勢湾台風による水害被災地図が、弥生期の海岸線位置の
手がかりになると思われます。
http://livedoor.2.blogimg.jp/jmcblog/imgs/3/8/38daa5b2.jpg

52 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/21(木) 09:27:33
尾張国律令制の郡名の一つ。
中島郡〓郡名は古代の地形にちなむ。でも

53 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/21(木) 09:34:28

訂正〓でも

54 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/21(木) 18:30:39
熱田神宮内の断夫山古墳の被葬者は誰なの?
あと白鳥古墳も

55 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/21(木) 20:05:14 ?2BP(2100)
>>54
断夫山古墳は神宮とは結構離れてるが、被葬者は継体天皇妃目子(めのこ)媛の父、尾張連草香(おわりのむらじくさか)で決着してる。
伝説が伝えるミヤズ媛ではない。
白鳥古墳はその倍塚(べいづか。付属の墳墓)。日本武尊ではない。

56 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/21(木) 22:21:26
>>39
針名社・熱田社・真清田社ともに社家が尾張氏だのに、熱田社のみ御祭神に氏神でもない
天皇家の草薙神剣=熱田大神=を、AD113年からこのかた1900年余奉祭してきたのか?
ひょっとして熱田社は、神事の場でなく、日本武尊に具現される天皇家の東国征服の
前線基地だったの?
熱田神宮 http://www.atsutajingu.or.jp/jingu/about/history.html

57 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/21(木) 22:30:32
>>54
断夫山古墳は6世紀に造営された前方後円墳ですね。
中島郡中島には2世紀に造営された前方後方墳丘墓。前方後方墳は濃尾平野が発祥。
前方後方墳≒天火明・饒速日その他を祖とする神別らが造営の感。





58 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/21(木) 22:32:04 ?2BP(2100)
>>56
相殿の神として尾張氏の祖神も入ってるけど、基本外来の神だね。
尾張氏と皇室の結びつきの象徴だよ。

59 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/22(金) 22:48:14
>>56
>東国征服の前線基地・・・・
には、伊勢が好適との考察がありました。
”濃尾平野に東国経営の軍事拠点を置くよりも、伊勢においたほうが、
ずっと有利・・・”
1.開拓者としての尾張氏 http://www2.plala.or.jp/cygnus/k5.html

60 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/22(金) 23:32:19

それの製作者の人、名古屋の人だから名古屋中心に書かれている。

61 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/23(土) 06:32:32
>>60>>47
ニギハヤヒが上陸した地は、丹波国与謝郡でなく枚岡神社の坐す河内国だろ。
”ニギハヤヒが・・・天磐船(あめのいわふね)に乗って、「田庭の
真名井」(たにわのまない)に天降った・・・・”
神社伝承学から見た古代史 http://www2.plala.or.jp/cygnus/k1.html

62 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/23(土) 13:37:28
ニギハヤヒが河内国じゃないとは言ってない。


63 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/23(土) 19:44:42
>>61
先代旧事本紀のいう「饒速日尊天磐船に乗り、河内国河上哮峯に天降り」は、
後世の粉飾で、実際は河内潟べりの何処かに水路上陸したのだろうが、その地は
河内国一宮枚岡神社付近でなく、饒速日を祀る石切剣箭命神社か天の川流域
交野の磐船神社付近だろう。
饒速日尊 筑紫から大和に東遷
http://www.syamashita.net/history/ootoshi/tousen.html

64 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/23(土) 22:34:21
天背男命(あまのせなをのみこと):尾張中嶋海部直等祖(をはりなかじまのあまべのあたひらのみおや
は中島に上陸しているからなぁ。後の尾張国海部郡に。

65 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/24(日) 00:15:21
やっとこさ近畿、山陰、中国は回りきりました。
大阪府内(摂津・河内等々)の一宮は胡散臭いのが多い…

諏訪大社や椿大社みたいな荘厳な雰囲気の一宮って思ったより少ない。
観光地化してるところが多いって言うか…

鎮守の森が健在だったり山岳信仰でうっそうとした中にあるような神社が好きなんですが
次の目的地を決めあぐねてます。

お勧めがあったら教えてください。



66 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/24(日) 08:38:09
>>65
一の宮巡礼の話題なら、下のスレの方が良いよ。
このスレの実態は、出雲大社、熱田神宮が伊勢神宮にケチを付けるスレだから・・

【巡拝】全国一の宮巡り【歴史】Part3
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1284426824/

67 :65:2010/10/24(日) 09:29:27
ありゃま…誘導ありがとうございます。
そちらも見てみます。

68 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/24(日) 11:00:35
ニギハヤヒの別名=天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊

69 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/24(日) 20:35:17
>>61
ホアカリ天火明命=天照大神説有りでぉK?

70 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/25(月) 19:52:56
神社・国造・社家の歴史 弐
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/history/1175392563/

71 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/25(月) 23:05:36
>>61
、『記紀』以前で創建年の古い神社の祭神を調べてみると原大和などは
『天照国照』を祀る神社が多いですね。


72 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/28(木) 06:15:18
>>63
>饒速日を祀る石切剣箭命神社・・・・
AD280年頃に、ワカミケヌ(神武天皇)兄弟率いる九州からの東遷軍が上陸した
河内湖べりの孔舎衛(現東大阪市日下町)近くの古社ですね。
石切剣箭命神社 大阪府東大阪市東石切町1-1-1
http://homepage3.nifty.com/kiya/sehachi/kiya33a.htm

73 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/10/30(土) 07:14:02
>>71
原大和の古社大神神社の御祭神が大物主・大己貴・少彦名の三神ということは、
大物主と大己貴(=大国主)とは、別人なの?
大神神社 祭神 大物主大神、配祀 大己貴神・少彦名神
http://www.oomiwa.or.jp/frame/f02.html

74 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/11/01(月) 22:55:32
尾張とは本来、尾張西北地域を指し、国府も置かれ
尾張南東地域は吾湯市県(あゆちのあがた)が置かれていた地域。

75 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/11/02(火) 07:19:57
>>74
その尾張西北と南東の境界は、どの地域なのですか?
尾張西北地域の県名は、何と?

76 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/11/02(火) 07:42:31
現在の木曽川、岐阜県南部地域は昔は尾張地域だった。

77 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/11/04(木) 23:44:58
>>75
境界はどの地域なのですか?昔の境界は自然境だから「川」だろう。
庄内川といった所か。
吾湯市村は
則武一楊庄あたりから星崎庄富部村あたりまでをかけていったものであろうかと思われる。


78 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/11/06(土) 06:30:09
>>74
>吾湯市県(あゆちのあがた)が置かれ・・・・
今も残る「阿由知通り」は、県でなく名古屋市南部の入り江名「年魚市潟(あゆち
がた)」が発祥では?
熱田神宮の所在地名は、もともとは年魚市田(あゆちた)?

79 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/11/07(日) 11:04:46

「尾張」とは、土地を開墾するという意味。


80 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/11/12(金) 07:28:52
>>79
「尾張」=お墾り説ですね。でも、それなら弥生時代に各地で水田開墾が
行われたのだから、もっと各地に「ヲハリ」地名が頻出してもよいはずだが?

81 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/11/13(土) 13:18:04
>>80
名古屋市郊外には、「平針」、「高針」があるがね。三河・美濃にはあったかな?
針名神社 祭神:尾治針名根連命 名古屋市天白区天白町平針大根ケ越175
http://www.harina3.or.jp/history/

82 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/11/13(土) 21:02:54 ?2BP(1358)
>>78
熱田は諸説あるけど、『日本地名辞典』には「岸の崩れたところ」という意味の「あずた」とある。

>>80
直接的には大和の高尾張村から来た尾張氏が治めた土地だからでは?

83 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/11/14(日) 12:41:07
>>82
尾張氏が大和葛城山麓の高尾張邑出身?丹後海部氏や住吉神社宮司津守氏と
同族で、尾張国に蕃居した海人族の首長尾張氏が、そんな山里が本貫の訳が
なかろう。
私見では、尾張氏は天皇家の大和東遷に協力同伴してきた北九州の海人族の後裔。

84 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/11/14(日) 21:24:59
尾張国初代首府(行政機関)は中島府(中島郡)

奈良時代〜室町時代の尾張国の行政機関は旧尾張郡のひとつ
中島府(中島郡)にあり。国府、一宮、総社、国分寺、守護所、屯倉跡、
は中島郡にあり。古代から原大和ととの繋がった末裔の影響。


85 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/11/14(日) 23:28:17
>>83
北九州の海人族の後裔に尾張と言う名に通ずるものは何?
この地方へ如何言った経路でいつ頃、何処へ来たのですか?

86 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/11/15(月) 09:54:20
尾張族の祖でもある天火明命は原大和に降臨説があり
尾張の名、大和葛城高尾張邑は無視できないなぁ。

87 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/11/15(月) 13:51:23
「天照国照彦天火明命櫛玉饒速日命」(皇祖大王)
別称・・・
天照国照彦大御神。
天照魂大御神。
天祖大神。
天火明命。
櫛玉饒速日命(ニギハヤヒ命)。
大和大国魂大神。
大物主大神。
ほか・・・

88 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/11/15(月) 20:07:22 ?2BP(1358)
>>83
一族の発祥地≠氏族の発祥地≠氏族名の由来の土地

尾張氏が尾張氏を名乗ったのは、後の尾張国に来てからなので、
「尾張氏」の発祥地はあくまで尾張。
尾張国と尾張氏の名の由来は高尾張邑にあると見るのが妥当。
氏族名と地名のどちらが先かは分からないが、
「尾張」という地域名が存在しないことから、氏族名が先と思われる。

89 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/11/15(月) 23:22:23 ?2BP(1358)
と思ったら小牧に小針ってあったから、どっちが先かはやっぱりわからない。
ただ国名の尾張はもっと後。

90 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/11/16(火) 23:01:50
「大治」も「オハリ」とも読めそう。

91 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/11/18(木) 20:59:34 ?2BP(1358)
小針=ヲハリと違って大治は「オ」だから尾張とは発音が違う。

92 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/11/24(水) 22:58:43
尾張国初代首府(行政機関)は中島府(中島郡)

奈良時代〜室町時代の尾張国の行政機関は旧尾張郡のひとつ
中島府(中島郡)にあり。国府、一宮、総社、国分寺、守護所、屯倉跡、
は中島郡にあり。古代から原大和ととの繋がった後裔達の「力」の影響。


93 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/11/30(火) 00:54:57

後に守護斯波氏の領でもあった中島郡。

94 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/12/05(日) 23:47:55

天正14(1586)年6月24日のいわゆる「天正の大洪水」以前は、現在の境川(岐阜県内)
までは尾張国。尾張は北に広かった。


95 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/12/06(月) 00:41:29
天叢雲剣。別名、天のオハバリ神剣=草薙剣

オハバリ(尾羽(刃)張)・・・・・オハリ(尾張)



96 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/12/06(月) 20:01:13 ?2BP(1358)
>>95
天叢雲剣と天之尾羽張は別物だ。

97 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/12/06(月) 22:41:52
>>95

ヤマタノオロチの尾を割って見つけた剣が『草薙剣』であったから、尾張
 の語源となったように記しているが、これは、まあこじつけであろう。


98 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/12/08(水) 22:27:20

天正14(1586)年6月24日のいわゆる「天正の大洪水」以前は、現在の境川(岐阜県内)
までは尾張国。尾張は北に広かった。


99 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/12/22(水) 13:10:15

濃尾平野は高天王朝の範囲。

100 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/12/25(土) 11:49:51
>>89
尾張国西春日井郡春日町の「ハルヒ」も、墾ルヒなのかな?
一方、春日井郡や春日大社のように、春日を「カスガ」と読む語源は何なのだろ?

101 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/12/29(水) 22:21:02

古代、古墳の一つ前方後方墳の起源は濃尾平野に位置する一宮市。


102 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/12/31(金) 12:51:17
まず何をおいても一宮へ初詣するよね?

103 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/12/31(金) 15:10:26 ?2BP(1358)
初詣では氏神さま。これは鉄則。

104 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/12/31(金) 17:08:09
まずは氏神様
その後、一宮
そして崇拝している神社
時間と余裕があれば伊勢


105 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/12/31(金) 17:57:23
初詣では節分。これ鉄則。
西洋の新年に初詣などとはこれいかに。

106 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/01/01(土) 12:07:23
愛知県一宮市を読み解くキーワード


・糞田舎
・田舎臭い(一宮モーニング)
・悪臭(艶金興業)
・低所得
・貧乏
・貧困
・地場産業衰退
・女工哀史
・倒産ラッシュ
・シャッター街
・妙興寺駅ホームレス
・生活保護増加
・犯罪多発
・治安悪化
・通り魔
・長良川リンチ殺人事件
・地価下落
・未指定部落
・珍走団
・一宮本番ヘルス
・集団売春
・土壌汚染有害物質
・放火魔
・痴漢魔


107 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/01/02(日) 12:56:38
>>106
スレ違い。二度とクンな

108 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/01/15(土) 05:16:53
>>64
海部直祖の天背男命は、何処の地から尾張中嶋郡に上陸移住してきたの?

109 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/01/15(土) 10:01:03
>>104
最近は氏神様もなじみが無くてわからない人もいるから
近所の神社か祠でもいいんじゃないかな

110 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/01/15(土) 15:23:50
>>108
現在の海部郡の地名の由来は尾張中嶋海部直等祖と関係している!?
中島氏と海部氏は同族らしい。

111 :名無しさん@京都板じゃないよ :2011/01/15(土) 18:58:07
>>105
節分じゃなくて立春じゃないのか?

112 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/01/16(日) 11:56:48
>>108
天背男命は、山背国出身だったっけ?山背国から海路、尾張中嶋郡に?
星神 天香香背男
http://www.ne.jp/asahi/hon/bando-1000/dust/bokei/bok-43.htm

113 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/01/16(日) 19:13:05
弘文天皇元年(約 一二九〇年前)に尾張国司守小子部連鋤釣(ちいさこべのむらじさひち)の名が
日本書記に初見。

尾張国初代首府(行政機関)は中島府(中島郡)

奈良時代〜室町時代の尾張国の行政機関は旧尾張郡のひとつ
中島府(中島郡)にあり。国府、一宮、総社、国分寺、守護所、屯倉跡、
は中島郡にあり。古代から原大和ととの繋がった末裔の影響。

114 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/01/17(月) 09:45:51
>>88
>尾張氏が尾張氏を名乗ったのは、後の尾張国に来てから・・・・・
記紀の允恭天皇か安康天皇段に葛城氏の監視役として登場する
高尾張邑在人物が、尾張連某と記されていなかったっけ?

115 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/01/17(月) 10:30:16
>>114
自己レス。紀の允恭天皇段に登場し葛城氏玉田宿禰に殺害される尾張連吾襲でした。
この吾襲って、尾張氏系図に載っていましたっけ?

116 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/01/17(月) 11:28:49 ?2BP(1358)
系図にはないみたいだけど、允恭朝は尾張氏が尾張に来た時代より後だよ。

117 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/01/18(火) 22:19:42
>>115
先代旧事尾張氏系図には、「吾襲」記事は見あたらないですね。
10 : 名無しさん@chs 2007/11/05(月) 10:04:10 ID:3e47397b7d
尾張氏(先代旧事本紀)
初代 彦火明命
児 天の香語山命
孫 天村雲命
三世孫 天忍人命・天忍男命
四世孫 天戸目命・天忍男命・建額赤命・瀛津世襲命〔孝昭大連〕
五世孫 建斗米命・妙斗米命・建箇草命〔多治比連、津守連、若倭部連、葛木の祖〕
六世孫 建田背命〔神服連、海部直、丹波国造、但馬国〕・建宇那比命・建多乎利命・建彌阿久良命・建麻利尼命・建手和邇命
七世孫 建諸隅命・妹大海姫命
八世孫 倭得玉彦命   (別名市大稲日命)
九世孫 弟彦命・玉勝山代根古命・若都保命・置部與曾命・彦與曾命
十世孫 淡夜別命・大原足尼命(筑紫豊後国造)・大八椅命〔成務斐陀国造〕・大縫命・小縫命
十一世孫 乎止與命
十二世孫 建稲種命
十三世孫 尾綱根命
十四世孫 弟彦連・名根連・竟乎己連
十五世孫 金連・岐閉連・知々古連
十六世孫 坂合連・古利連・阿古連・中天連・多々村連・弟鹿連・多與志連(大海部直)
十七世孫 佐迷連
一八世孫 乙訓與止連・粟原連・間古連・枚夫連
天香語山命
http://www1.atchs.jp/test/read.cgi/tokyoblog/74/

118 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/01/18(火) 23:50:33
天香山命(天香語山命)

http://homepage3.nifty.com/kiya/sehachi/kiya33ka.htm

119 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/01/21(金) 01:34:10 ?2BP(1358)
>>117
允恭朝はこのうちの十六世の時代で、尾張連賜姓は十三世尾綱根命。
なお新人物往来社の

120 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/01/21(金) 01:38:11 ?2BP(1358)
途中送信した。
新人物往来社の『先代旧事本紀』は原文と読み下し文を載せているが、読み下し文に誤りがある。
十四世の名根連は、併記の原文では針名根連となっており、こちらが正しい。

121 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/01/22(土) 10:34:30
>>117
天香語山命 http://www1.atchs.jp/test/read.cgi/tokyoblog/74/10-10

122 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/01/22(土) 10:45:00
>>118
>左京神別下 天孫、尾張宿祢、火明命20世、阿曽祢連の後なり・・・・・
「新撰姓氏録」の記す尾張宿祢祖が、尾張連吾襲>>115ということですか?

123 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/01/22(土) 21:01:07 ?2BP(1358)
>>122
つまり在京の尾張宿禰の祖が吾襲連というわけやね。
旧事紀のは尾張在の尾張氏の系図。

124 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/02/05(土) 12:04:42
>>108
海部郡・郷というと、尾張国海部郡の他に筑前国宗像郡・伊都郡・那珂郡、
阿波国海部郡・那賀郡、土佐国高岡郡、讃岐国山田郡・三野郡、伊予国
伊予郡・宇和郡、安芸国安芸郡・佐伯郡、紀伊国海部郡・那賀郡、豊後国
海部郡、丹後国加佐郡などにみられるが、尾張国海部直はどこから移住して
きたのだろ?

125 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/02/05(土) 13:24:26
>>124

根拠はないが、志摩国あたりからじゃないか?

(海流と地形から憶測)

126 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/02/05(土) 22:47:01

海部郡は弥生時代に木曽川の土砂堆積により、
形成されたデルタ地帯。

127 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/02/09(水) 21:05:31 ?2BP(1358)
>>117
調べ直したら、吾襲連はどうも十六世の中の阿古連と同一人物らしい。

128 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/02/13(日) 13:09:43
>>125
丹波国造海部直氏の後裔海部氏が社家で『勘注系図』で有名な籠神社のある
丹後国からでは?

129 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/02/17(木) 13:49:49

中島・真清田神社は武器庫の側面が有ったとの説あり。

130 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/02/17(木) 17:00:59
>>129

近畿だと石上神宮もそうではなかったか?

131 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/02/17(木) 17:22:22
何で秋田には新一の宮がないのじゃ〜!
まあニセの一の宮作って歓んでる青森・岩手に比べてどっちが良いのかは知らんが。

132 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/02/17(木) 17:34:54
>>131

出羽国だから仕方ない。

133 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/02/17(木) 17:50:00
青森は津軽国の一宮か。国名自体が偽物だなw

134 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/02/17(木) 18:09:34
武器庫兼戦略拠点なら香取なんかもそうか

135 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/02/17(木) 19:16:05
>>131
青森や岩手の新一宮を嘲笑する一方で、秋田に新一宮が無いことを嘆くんですか?

136 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/02/17(木) 19:35:59
嘲笑なんてしてないけど?
ニセでも一の宮があった方がイイのかどうか考えあぐねているだけ。
県内で一番格上(国弊小社)の古四王神社が届ければすぐに認可されると思うけど、
届けてないのはニセ一の宮の称号なんかイランと神社自身が思ってるからだろうし。

137 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/02/17(木) 19:45:08
一応言っておくと>>136は偽秋田県民

138 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/02/17(木) 19:55:34
偽秋田県民と真秋田県民だとどう違うんだ?

139 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/02/17(木) 20:02:12
>>130
畿内では石上神宮は代表的な武器庫ですね。

140 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/02/17(木) 20:30:36
>>136
国でなく県の一宮と考えるんだ。行政区画が変われば当然一宮も変わる。

141 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/02/17(木) 21:31:51 ?2BP(1358)
新一の宮って駅名みたいだな

142 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/02/17(木) 21:57:22
一宮もな
実際、尾張一宮や三河一宮はあるからな

143 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/02/17(木) 22:57:50
>>136
秋田に新一宮がないのは、それも理由のひとつかもしれないが
鳥海山の山頂に出羽国の一宮があるからじゃまいか。
里宮でメインの拝殿の吹浦口之宮にしても秋田との県境に近いところにあり、
参拝するのに山形、秋田でそう差がある感じはしない。

144 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/02/17(木) 23:44:11
本来なら山頂が県境になるはずだからね
江戸時代に庄内藩14万石vs矢島藩1万石の領地争いがあって、矢島藩が負けちゃったみたい

145 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/02/27(日) 13:03:28.77
>>129
尾張国蕃居尾張氏には、大まかにいって真清田神社尾張氏と尾張神社尾張氏の
2系統あったのですね?
”一つは清洲町朝日に拠点を持ち、木曽川沿いに中島郡北部に進出した一族で真清田
神社のあたり・・・・もう一つは・・・小牧市大字小針の周辺で先述の海人と連合し
小針の地を開拓し尾張氏を名乗り・・・・”
尾張氏 http://www.a-namo.com/ku_info/roman/owari_si.htm

146 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/02/27(日) 16:38:27.20
尾張西北・美濃を拠点地域とした海部尾張氏と

尾張東南地域を拠点としていた物部尾張氏でいいんじゃね。?

147 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/03/04(金) 21:38:21.78

狗奴国・濃尾連合の首長、海部系尾張氏(天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊)
でしょ。

148 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/03/05(土) 03:51:00.75
>>146
物部神社・高牟神社に代表される尾張国愛智郡蕃居の尾張物部氏と春日井郡蕃居の
尾張氏とは、それぞれ宇麻志麻遲と天香語山を祖として別流ではないのかな?
物部神社 名古屋市東区筒井3−31−21 祭神:宇麻志麻遲命
http://kamnavi.jp/mn/higasi/nagoyamononobe.htm
高牟神社 名古屋市千種区今池1-4-18 祭神:応神天皇
http://blogs.yahoo.co.jp/jk2hri2/26373614.html

149 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/03/05(土) 23:10:10.28 ?2BP(1358)
物部氏と尾張氏は別だな

150 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/03/05(土) 23:55:10.15
尾張低地部の朝日遺跡にある廻間遺跡と西上免遺跡とは
同じ形態の墳丘墓。萩原遺跡や山中遺跡から朝日遺跡へ
流れていったんだろう。出土土器などは一緒。

151 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/03/06(日) 00:18:58.33
千葉県の一宮はドコとドコとドコ?
出来たら、各々三宮まで教えてください。

152 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/03/06(日) 05:51:54.05
そんなの今話題の
知恵袋に聞けば〜?
それかググれ

153 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/03/06(日) 10:28:01.89
海部系尾張氏は前方後方墳を築いていったんでは
なかろうか。

154 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/03/06(日) 11:17:05.76
>>151
聞くスレが違う。
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1284426824/
【巡拝】全国一の宮巡り【歴史】Part3
なら誰か親切な人もいるかも知れないぞ。


155 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/03/06(日) 15:57:07.92
>>153
海人族系尾張氏が、何故に前方後方墳を?尾張氏築造とされる熱田社近隣の
断夫山古墳も白鳥古墳も前方後円墳でしょ?

156 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/03/06(日) 19:34:16.38
尾張南部の前方後円墳は新しい。6世紀頃のもの。
朝日や西上免は2、3世紀の弥生時代の墳丘墓。


157 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/03/06(日) 22:29:08.36
5,6世紀は物部がよく活動した。二子山古墳なども物部氏系の者達が
造築したとの事。前方後円墳≒物部系のイメージがあるね。

158 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/03/06(日) 23:19:27.41

前方後方墳≒天火明・饒速日その他を祖とする神別ら。


159 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/03/10(木) 01:05:31.32
>>157
>前方後円墳≒物部系のイメージ・・・・・・
何故に?前方後円墳は、何氏かに拠らず、その地の豪族が大和王権に服属した
証しだろ?例示された味美二子山古墳は、丹羽氏の墓ではないの?
味美二子山古墳 春日井市二子町2丁目11番地 前方後円墳
http://www.aichi-c.ed.jp/contents/syakai/syakai/owari/owa040.htm

160 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/03/10(木) 01:43:20.01
丹羽氏の墓となると犬山の東之宮古墳とかでは?ここの古墳は前方後方墳。
あと小牧市にある宇都宮神社古墳も前方後方墳ですね。

161 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/03/10(木) 13:18:41.52

前方後方墳は濃尾平野が発祥地。

162 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/03/10(木) 20:45:33.23
>>160
>宇都宮神社古墳も前方後方墳・・・・
県教育委員会サイトでは、前方後円墳と記載されておるが?
宇都宮神社古墳 小牧市小木3丁目226 前方後円墳 全長59m,高さ6.5m
http://www.aichi-c.ed.jp/contents/syakai/syakai/owari/owa042.htm

163 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/03/10(木) 21:01:55.13 ?2BP(1358)
>>157
熱田の断夫山古墳は尾張連草香の墓と言うことでほぼ確定だし、6世紀ごろの尾張は尾張氏の全盛

164 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/03/10(木) 21:22:22.60
>>162
Wikipediaには宇都宮神社古墳は前方後方墳になっている。
宇都宮神社古墳にある解説版には前方後方墳も否定できないとある。

165 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/03/18(金) 08:05:36.69
>>163
草香って名が先代旧事尾張氏系図>>115に見当たりませんが、草香の本名は何?

166 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/03/18(金) 08:06:54.79
地震後の原発事故は政府指導と東電の無能が引き起こしたのか?

原発については人災と私は思います。
冷却ポンプをバッテリーで駆動した時点で、政府と東電は、政府指揮下協力
関係にある軍(自衛隊、米軍)の大型ヘリで、発電機とその燃料を空輸して
充電していたなら、今日の惨事にはいたらなかったと思うのです。
送電線等が塩害に見舞われたとしても、バッテリー駆動は可能の報道が有り
、給水ポンプを止める事無く直接バッテリーに繋いでいれば防げたはず、日
本に機材が無ければ、近隣に居る米軍にお願いする手もあるはず。
トイレも即、排水の必要ない工事現場の、水が不要なバイオトイレをゼネコ
ンなどを動かして簡易発電機と共に用意すれば、住民の役に立てたはずです
し、また大型船が仙台港に入るも荷役できないなど不手際の連続、完結型の
支援を政府は考えるべきで、カーフェリーのチャーターで救済物を積んだ
トラックごと送れば済むと考えます。
総理がヘリでの遊覧飛行は必要有りません、見て理解出来ないレベルなの
ですから。
援助物資の陸上輸送についても、規制がちぐはぐで、これが政府主導なの
でしょうか。
今後も政府は、津波用の防波堤を仕分けするのでしょうか。
充分な環境の総理官邸で、焼肉食べていては、庶民の辛さは理解できない
ものと思います。
国が国民を守らず、政党を守る事に専念していた政府に、メガトンクラスの
お灸を、国会の内外でしてあげる必要が有るでしょう。

167 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/03/21(月) 11:22:58.00
>>165
草香は消されている。草香の娘は目子媛。

http://homepage1.nifty.com/o-mino/page838.html

168 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/03/21(月) 19:47:25.30
>>165
無いのは当たり前。
草香はもっと後世の人。

169 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/03/25(金) 10:36:38.12
>>156>>161
天照大神は、朝日遺跡に在った村落国家の出身だったの?
795 :名無す:2011/02/17(木) 10:57:08 ID:SOd74UqI
・・・・・けど濃尾は縄文土器が大量に出土されるらしいし。
大規模な弥生集落も清洲から西名古屋あたりにあったらしいし。
アマテラスもこのあたり発祥らしいし。
色々と謎が多いぜ、このあたり。
名古屋人がいつの間にか関東弁になった件
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/dialect/1268458221/795

170 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/03/25(金) 13:33:53.65

狗奴国・濃尾連合の首長、海部系尾張氏(天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊)


171 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/03/26(土) 20:13:12.38 ?2BP(1358)
>>169
九州だよ

172 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/03/31(木) 08:49:19.28
宮崎県は行政や経済と縁の薄い場所に一の宮があるなあ。

173 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/03/31(木) 21:00:14.12
たまたまその事例程度しか知らない人が
あたかもその事例が特殊な珍しい事例であるかのように語るのは
あること

174 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/03/31(木) 21:36:35.20
>>172
土地を知らないあなたは
もう一度最初から歴史の
勉強しなさい。

175 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/03(日) 14:37:18.03
>>116
尾張氏始祖天香語山は、神武33年(BC628年?)大和国葛城高尾張邑から当地尾張に
移民来住したのですね。耕作地の新開拓の為なのかな?
天香語山資料集 
http://homepage3.nifty.com/kiya/sehachi/kiya33ka.htm

176 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/03(日) 17:04:57.65
古墳の上に神社建てるのは全国的にもよくあることなのでしょうか?

177 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/05(火) 19:40:52.68
 古代尾張の海岸線

http://www.d3.dion.ne.jp/~stan/kasi/kowr_mgw.htm

萩原〜稲沢大塚〜廻間〜萱津〜白鳥ラインが古代の海岸線。




178 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/05(火) 20:37:40.92
震災でクローズアップされてきた古代の海岸線。
自分の住む土地の地盤を知って置くといいだろう。

179 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/05(火) 22:39:09.62
>>176
天香語山>>175命を祀る名古屋市志段味の尾張戸神社のことを言われて
いるのですか? 
尾張戸神社 名古屋市守山区上志段味字東谷2099
http://www5.ocn.ne.jp/~kazuotk/owari/owaribe/owaribejinjya.htm

180 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/06(水) 10:34:05.17
>>176

よくあるというか、しばしばあること。

宇佐八幡にも境内か近隣に古墳らしきものがあったのではなかったか?

181 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/06(水) 23:09:03.46

古代尾張の海岸線を見ると海岸線より上(北側)左側は木曽川から右側は五条川
の間が旧中島郡なんだよ。

182 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/07(木) 00:11:18.67
古墳の前に社殿を構えるは間々ある形。

淡路一宮。幽宮/日の少宮の伊弉諾神宮などは、往古より明治初期まで古墳(厳重な禁足地)の御前に本殿が有ったものを、国は何を思ったか、古墳を整地して石材で人工の基壇を作り、元来の古墳の石棺上に本殿を造営。(〜現在)

古墳の御前に本殿の形式は、それより古い神奈備山(山頂などに御祭神の磐座、)の前に拝殿を営む形式の踏襲したものかと。(例、大神神社と三輪山)


183 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/07(木) 03:58:28.29
>>181
旧中島郡って、往古は地名の通りに現在の木曽川・五条川を海域とした
島だったということですか?
その古代というのは、未だ無人の洪積世あたりの年代ですか?

184 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/07(木) 04:10:13.10
古墳の被葬者(生前は権力者)の記念館っぽい感覚で建てられた神社も
古代には多かったように思う。

185 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/07(木) 07:14:27.44
>>175
尾張国は、尾張氏移住来住以前に既に大縣神社に祀られる荒田別を始祖とする
丹羽氏が先住開拓しておったのでは?
大縣神社 http://www.ko-kon.net/hokan/ooagata.html

186 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/07(木) 12:45:50.59
丹羽氏も物部系じゃないの?

なんだか真清田神社は武器庫に思えてきた。


187 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/08(金) 06:49:35.40
>>182
愛知県一宮市花池の大神神社では、どの山が神奈備山にあたるのですか?

188 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/08(金) 12:14:51.70
一宮市花池の大神神社って彦田公園にあったんですよね!?

189 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/08(金) 21:16:56.32
>>185
犬山にある東之宮古墳は山麓地帯一帯を束ねる地域首長の墓と言う事でよろしいか?
つまり、丹羽氏と言う見かたで。

190 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/08(金) 21:38:36.61
中村雅彦と桃は在日だ。

191 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/09(土) 06:20:04.46
>>182
この淡路国一宮ですね。
80 :天之御名無主:2010/12/12(日) 22:20:49
・・・墳丘を整備して人工基段を造り恐れ多くも伊弉諾大神の石室(恐れ多くも内部調査済み。
地元口伝では・・・)を覆い隠すように真上に本殿を造立したのが現在(明治の二度目の改修)の形。
伊弉諾神宮の神池や後背地の湿地帯は御陵の環壕(取り囲んだ堀)の遺構と云われ・・・・・・
神社の起源
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/min/1287641496/80

192 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/09(土) 08:59:58.74
天皇御稜のように古墳自体を禁足地にして麓に拝殿を造る場合もあるが、
小高い丘に神社を造るケースも多い
古墳の上に埴輪が並べられるケースもあり、古墳の上で祭礼を行っていたのが神社となった例も考えられる

193 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/09(土) 09:14:32.18
>>147
真清田神社の御祭神天火明命は、ニギハヤヒと同一人物という説ですね?
”ニギハヤヒの諡号は、天照国照彦天火明櫛玉饒速日命で、「天火明命」は
フルネームの一部・・・・・”
神社・考古史料が語る大歳(饒速日)尊
http://www.syamashita.net/history/ootoshi/jinja_ootoshi.html

194 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/09(土) 21:57:57.61
>>176
>古墳の上に神社建てるのは・・・・・
全国各地に播居した渡来氏族秦氏の故地新羅の習俗?
9 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/12/27(月) 14:17:02
・・・・・伏見稲荷や松尾大社もそうだが、祖先の古墳の上に社を建てて祀るのは、
秦氏本来の祭祀法としては常識
宇佐八幡宮
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1293265517/9

195 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/10(日) 05:16:35.17
秦氏以外の土着系古代人でもやっていたところはあるとおもう。

196 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/10(日) 14:46:46.04
>>112
天背男は、尾張國中嶋郡でも祀られておりますね。
久多神社 祭神:天背男命 稲沢市稲島町石畑
http://akon.sakura.ne.jp/jinja/kuta.html

197 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/11(月) 23:50:02.17
>>186
尾張土着の丹羽氏は物部氏系でなく、大和国の多氏と同族とされておるようですよ。
尾張氏 http://www.a-namo.com/ku_info/roman/owari_si.htm

198 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/12(火) 12:58:55.37
天つ神、天津日嗣知食す皇御孫命にまつろわぬ神。
大和朝廷に最期まで不服従の首長。

199 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/12(火) 14:49:07.34
いやいや、この地域は物部氏系が多いですよ。

200 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/12(火) 20:42:11.50
つつこわけじんじゃ達は無事なのか?

201 :176:2011/04/13(水) 01:32:44.84
>>194
おお、ありがとう
様式が系統と関連性があるのか気になっていたの
しかし、伏見稲荷となると>>179さんの話しとは整合性がないのかな

202 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/13(水) 12:32:26.41
>>197
犬山にある東之宮古墳は山麓地帯一帯を束ねる地域首長の墓と言う事でよろしいか?
つまり、丹羽氏と言う見かたで。




203 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/14(木) 15:37:36.34
都都古別は震災であぼ〜んです。

204 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/15(金) 00:31:56.48
>>198
丹羽氏がヤマト王権に最期まで不服従の首長ということですか?
丹羽氏築造と思われる東之宮古墳が前方後円墳というのは、服従の証なのでは?

205 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/15(金) 09:28:23.36
最期まで不服従の首長だったとは思わないね。

戦国時代の真壁氏や常陸江戸氏は形式上は佐竹氏の家来だったが
事実上は半独立勢力だった。

そんな感じだったのだと思う。

206 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/16(土) 11:38:34.88
>>204
東之宮古墳は代表的な前方後方墳だぞー!頼みますよ。


207 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/16(土) 16:28:32.12
>>197
丹羽氏即ち邇波県君の始祖大荒田命は、皇別でも多氏とは異系で
倭建命の三世孫らしいですよ。
16 : 名無しさん@chs 2007/11/05(月) 10:29:13 ID:3e47397b7d
大荒田命は邇波県君〔にはのあがたのきみ〕の祖で、倭建命〔やまとたけるの
みこと〕三世の孫とされる(『新撰姓氏録』)。また、『先代旧事本紀』には、
尾張氏十二世の建稲種命〔たけいなだねのみこと〕が邇波県君の祖・大荒田の
女子・玉姫を妻として二男四女をもうけたと記されて・・・・・・・・
天香語山命 http://www1.atchs.jp/test/read.cgi/tokyoblog/74/16-16

208 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/17(日) 09:30:17.32
>>206
こちらのサイトでは、同じく丹羽氏酋長の墳墓とみられる県下第2位の規模の青塚古墳と
共に前方後円墳と紹介されておりますね。
東の宮古墳 前方後円墳 全長約78m 4世紀前葉 犬山市丸山白山平 
http://www.aichi-c.ed.jp/contents/syakai/syakai/owari/owa0052.htm
青塚古墳 前方後円墳 全長123m 4世紀中葉 犬山市青塚22-3 
http://www.aichi-c.ed.jp/contents/syakai/syakai/owari/owa0053.htm

209 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/18(月) 12:47:58.57
>>208
考古学者の間では東之宮古墳は前方後方墳が一般的。


210 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/18(月) 13:47:11.62
古代関東などの東国地域はで最初にその地域で築造された盟主墳は前方後方墳であるとされていて、
前方後方墳は東海以東の地域に分布の重点があることは確かなようだ。

211 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/18(月) 21:06:00.99
>>208
青塚古墳は、犬山市により整備され2000年から史跡公園として公開されて
いるのですね。
昨夜のNHK大河「江」で描写されていた1584年小牧長久手の戦いで、砦に
使われ墳丘が加工されたとありますね。陣地にしたのは、秀吉側かな?
http://aotsuka.niwasato.net/kohun.html

212 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/21(木) 07:21:19.62
>>210
東国地域には、全国各地にみられる円墳がみられないということですか?

213 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/21(木) 21:27:07.35
前方後円墳は日本列島の広範囲に分布しており、
東国地域にもあります。

214 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/28(木) 06:55:37.30
>>186
真清田神社は武器庫などでなく、全尾張国人の精神安息所ですよ。

215 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/28(木) 12:41:27.71
>>214
現在はそうだが、古代(弥生か古墳時代)か知りませんが海人族の武器庫か
稲作を行う族の武器庫の側面があったと推測する。

216 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/28(木) 20:30:15.45

尾張のホアカリ、「天から降臨した神の末裔」を名乗る豪族。

217 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/30(土) 08:09:12.06
>>215
稲作技術とともに大陸から移民してきた弥生人は、それまで戦さのなかった日本列島に
対人殺傷用武器も持ち込んだのですね。
別部族の収穫農産物を強奪し我が部族のものにしたいという弥生人の欲望を集団で実現
する為に、部族の対人武器倉庫が必要になったわけですね。

218 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/04/30(土) 11:54:23.51
稲作技術者は低脳で悪と言う事ですか?
>>217

219 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/05/06(金) 00:23:03.77
>>218
縄文先住民に比べ渡来稲作民は、武力に訴えてでも他人の収穫物も欲しがる
強欲者で、言わばカインの末裔ということでしょうね。

220 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/05/23(月) 19:02:25.01
>>124
宮田登の「さまよえる海人族の謎」によれば、海部という地名は、福岡・熊本・島根・京都・
福井・大分・広島・徳島・兵庫・和歌山・愛知・東京・千葉の各地に残存しておるらしい。

221 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/05/24(火) 13:15:00.16
>>197
多氏は和邇・息長氏系氏族で、この氏族は古来物部氏とは姻戚関係などで密接に結びついてきていると思われます(多氏の祭る鹿島神宮と物部氏の祭る香取神宮が霞ヶ浦を挟んで一対になっていること、
また同地周域は対蝦夷戦での大和側の最前線基地であったことから両氏は軍事氏族であり、従って両神宮も古代の軍事施設的性格を帯びていたと考えられることなど)。


222 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/05/24(火) 14:32:08.15
初代倭王・火明命の末裔を名乗る豪族

尾張氏、海部氏

223 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/05/29(日) 22:53:58.43

木曽三川が流れ込む日本最大の平野部である濃尾平野。

224 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/05/30(月) 23:12:30.01
>>222>>216
この天火明命ですね。
1 : 名無しさん@chs 2009/01/22(木) 20:28:06 ID:XjJgfnVc
尾張氏の祖神については、境内摂社の孫若御子神社[ひこわかみこ]神社にまつられる
天火明[あめのほあかり]命は「尾張氏の始祖」といい、境外摂社の高座結御子
[たかくらむすびみこ]神社にまつられる高倉下[たかくらじ]命は「尾張氏の祖神」だという
尾張氏 天火明  高倉下
http://www1.atchs.jp/test/read.cgi/tokyoblog/119/

225 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/05/31(火) 10:49:40.31
>>224
違いますよ。

226 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/06/05(日) 22:43:20.01
前方後方墳は濃尾平野が発祥。

227 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/06/11(土) 18:46:00.99
>>223
日本最大の平野部即ち最大の穀倉地つまり最富の濃尾平野から、AD16Cには織田氏が
舶来利器鉄砲の威力等で日本国の覇王に昇ったわけですが、AD3〜5C期に邇波県君>>207氏や
尾張氏>>222がヤマト王権を倒す覇業を成しえなかった原因は、奈辺にあったの?

228 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/06/13(月) 15:01:17.51
武蔵国一宮の氷川神社についての、何か詳しい情報はありませんか?
たとえば、本殿以外に此処を拝んでおいた方がいいとか?



229 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/06/13(月) 19:19:38.77
>>228
市内の氷川女体神社と中山神社を参拝されては如何でしょうか?
大宮と女体社を夫婦、中社を子と見立てた、いわば三社一体の信仰があったといわれています
また、一度に参拝するのは難しいですが、所沢の中氷川神社と奥多摩の奥氷川神社、
そして大宮氷川神社を併せた三氷川と呼ばれる、氷川神社の代表格を巡ってみるのもお薦めです

230 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/06/20(月) 13:29:21.03
>>230
氷川神社は武蔵国三宮ですよ。
武蔵国一宮ならば小野神社に参拝するべきです。

231 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/06/20(月) 13:29:33.54
>>228
氷川神社は武蔵国三宮ですよ。
武蔵国一宮ならば小野神社に参拝するべきです。

232 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/06/21(火) 22:21:41.23
いっつも不思議に思うんだが、人間が神様や神社を等級づけしてバチが当たるとか考えないんだろうか?

また神様は不愉快に感じられないのだろうか?

233 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/06/22(水) 08:07:23.55
なぜ神様は、人を等級づけしてきたの? 神様はバチがあたらないの?

234 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/06/22(水) 20:40:06.84
考えないよw

235 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/06/23(木) 05:13:55.38
>>232
神様を等級づけして・・・・とは、何制度を指しているの?一等神、二等神なんて
あったっけ?

236 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/06/23(木) 07:37:07.93
>>235
前後の流れからは、一宮、二宮、三宮・・のとこを言ってるとしか考えれらないが、

237 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/06/23(木) 13:16:22.18
ふむ・・

これは中世後期の話だったと思うけど、戦に向かう武士たちが神仏に戦勝祈願してから戦に挑むわけだけど、
勝ったら当然これまで以上にその神仏を篤く崇敬したりするんだけど、
負けたりしたら、この役立たずめって感じで神像や仏像をボロクソに打ちのめしたりしたもんだって1、2年前の史板にあったんだけど本当かね?

238 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/06/23(木) 17:28:07.01
>>237
負けたら、そんなことする間もなく、一族郎党処刑されるだろ。

239 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/06/23(木) 19:08:08.17
そりゃまた極端だな。
負けたからって「根絶やし」なんてそうそうあるもんじゃない。

240 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/06/23(木) 21:34:13.01
少なくとも武士が負けたら同じ場所には留まれないだろ。

241 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/06/23(木) 22:55:36.94
「負け」と一口に言っても大は領地の存亡が掛かったような危急なものから、
小は局地戦や小競り合い程度のものまで様々なんじゃないの?

242 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/06/30(木) 06:28:53.55
>>237
>神像や仏像をボロクソに打ちのめしたりし・・・・・
中世の武士の居館では、現代の神棚や仏壇と異なり、自前の神像や仏像を拝んでいたと
いうことですか?
頭領クラスでない配下・家来クラスも、そんな立像が置ける広壮な住居に住まっていたの?

243 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/06/30(木) 17:28:29.60
>>242
いや、自分も良くは分からないからここで詳しい人はいないか尋ねてるわけで。
ただ、その時の史板のニュアンスでは各武士の各居館の神仏というよりは、
その武士団の領域共同の神仏、つまり郷社のようなものの神仏といったようなニュアンスだったと思う。

244 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/07/21(木) 17:08:55.73
>>239
「根絶やし」というのは、一神教民族の発想で、我邦のような多神教民族には
馴染みのない風習ですね。

245 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/07/22(金) 12:41:22.28
>>55
断夫山古墳の被葬者は継体妃目子媛の父、尾張連草香とされているが、
ヤマト王権が関東まで確立済の6世紀初頭時点で、継体の義父とはいえ、
継体政権で別段活躍事跡も伝わらない尾張氏の首長に、150m余の皇族級の
大前方後円墳を築造が許されたのかが疑問です。
宝賀寿男氏は、被葬者は継体妃目子媛と推定しておりますね。

246 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/07/22(金) 21:22:36.04 ?2BP(1358)
目子媛稜なら逆に記録が残る筈では?

247 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/07/23(土) 06:34:18.04
>>245
>6世紀初頭時点
ではまだヤマト王権の勢力は
>関東まで確立済
とまでは言えないよ。
有名な「武蔵国造の乱」で朝廷をバックにつけた笠原使主が、ライバルの笠原小杵及びそれと結んだ北関東の上毛野君氏を葬り去った6世紀前半時点「以降」にはじめてそうなったと言える。

その後はこの武蔵国造(出雲臣氏)の同族が南〜東関東一円の国造に封じられることになる。



248 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/07/23(土) 13:53:49.27
尾張氏は東国濃尾平野沿岸部、河川に一派、二派と言う形で進出してきたんで
あろう。


249 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/07/23(土) 22:15:53.18

尾張のホアカリ、「天から降臨した神の末裔」を名乗る豪族。


250 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/07/30(土) 08:20:17.02

木曽川河川中流域、美濃側にある村国真墨田神社。

祭神=アメノホアカリ(天火明命)

251 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/07/31(日) 23:23:27.98
■愛知県一宮市を読み解くキーワード

01.糞田舎
02.田舎臭い(一宮モーニング)
03.悪臭(艶金興業)
04.低所得
05.貧乏
06.貧困
07.地場産業衰退(ピークの2割まで落ち込む)
08.貧乏自治体
09.女工哀史(焼身自殺、電車飛び込み自殺)
10.倒産ラッシュ
11.シャッター街
12.妙興寺駅ホームレス
13.生活保護増加
14.治安悪化
15.犯罪多発
16.通り魔
17.長良川リンチ殺人事件(主犯:一宮市の小林正人)
18.名古屋アベック殺人事件(主犯:一宮市の高志健一)
19.地価下落
20.未指定部落
21.珍走団
22.一宮本番ヘルス
23.集団売春
24.土壌汚染有害物質(発がん性のあるテトラクロロエチレン他)
25.放火魔
26.痴漢魔
27.空きアパート激増
28.液状化軟弱地盤

252 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/08/01(月) 12:30:26.27
>>251
スレ違い。低能さん。

253 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/08/04(木) 15:44:16.68
>>228-231
おみくじで出たとこお参りしてるw
氷川も小野も全部行ったけど、大宮もいいよ。
女体社と中社というのはどこにあるかよくわからんし興味ないからそのまま。

254 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/08/07(日) 23:13:33.63

尾張国大神神社

祭神=天火明命(尾張氏の祖神)の十世の孫である大美和都禰命(オオミヤツネノミコト)
   (大物主神)    

255 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/08/10(水) 12:10:55.24
何故尾張の猿は田舎臭く、頭が悪いのか?
「歴史上一貫して支配者は西三河から来ている。尾張土着が田舎臭く馬鹿なのはあたりまえw」 

■尾張の歴史■
◆平安時代◆
・藤原季兼(別号:三河四郎大夫、三河国額田郡に居住)が三河に住みながら尾張目代としてにらみを利かせる。
・熱田大宮司職を藤姓熱田大宮司一族(本貫地:三河国額田郡)に乗っ取られる。
・以後、荒廃していた熱田神宮は、藤姓熱田大宮司一族の血縁である源氏(鎌倉将軍家、足利将軍家)と結びつき発展する。

■藤原季兼(別号:三河四郎大夫、三河国額田郡に居住)→藤原季範(額田冠者、三河国額田郡に居住、初代藤姓熱田大宮司)→女子→源頼朝
■藤原季兼(別号:三河四郎大夫、三河国額田郡に居住)→藤原季範(額田冠者、三河国額田郡に居住、初代藤姓熱田大宮司)→女子(足利義康(初代足利氏)室)→足利義兼

◆鎌倉時代◆
・三河国高橋庄の地頭職が支配する。尾張守護職を兼務
・尾張国の守護所が不明なのは、守護が尾張に住んでいなかった為。

◆室町時代◆
・斯波氏(本貫地:三河国碧海郡矢作、尾張守、尾張守護)、今川氏(本貫地:三河国幡豆郡今川、尾張守護)、一色氏(本貫地:三河国幡豆郡一色、尾張守護、地頭職)が支配する

■藤原季兼→藤原季範→女子→(足利義康(初代足利氏)室)→義兼→義氏→泰氏→斯波家氏(初代斯波氏)
■藤原季兼→藤原季範→女子→(足利義康(初代足利氏)室)→義兼→義氏→吉良長氏(初代吉良氏)→今川国氏(初代今川氏)
■藤原季兼→藤原季範→女子→(足利義康(初代足利氏)室)→義兼→義氏→泰氏→一色公深(初代一色氏)

◆江戸時代◆
・尾張の支配層は追放され、尾張徳川家が支配する
・附家老は成瀬家(三河国加茂郡)、その他平岩家(三河国額田郡)、渡辺家(三河国加茂郡)、中根家(三河国額田郡)、鈴木家(三河国加茂郡)

◆現代◆
・トヨタグループのパシリとなる

256 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/08/14(日) 11:16:36.70
>>254
天火明命=大物主神=蛇神?出典は何ですか?

257 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/08/15(月) 20:50:07.57

櫛甕玉饒速日命


258 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/08/17(水) 15:24:24.74
縄文とか弥生や古墳 畿内 九州 とかそういうのは先入観だよ
全部濃尾や中部地方を中心にして国造りされてるんだよ
飛鳥朝廷は尾張にあったし、入鹿池とかあるだろ?
朝廷の命を受けて九州や朝鮮半島に国造りに向かったんだよ
それが天孫族の事だよ天孫族は渡来人じゃないよ
けして渡来系が日本を作ったんじゃないんだよ
なんらかの理由で畿内に遷都しただけだよ


259 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/08/18(木) 22:36:32.78 ?2BP(1358)
電波飛ばしてんじゃねえよ

260 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/08/19(金) 13:28:30.07

木曽川は天正以前は尾張川、鵜沼川、と言われていたんですね。
味噌川と言われている事は知ってました(笑)

261 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/08/21(日) 07:23:13.16
>>248
>濃尾平野沿岸部、河川に・・・・
尾張氏は、何処から進出・移住してきたのですか?丹後国から?大和国から?

262 :名無しさん@京都板じゃないよ :2011/08/21(日) 09:22:15.69
ところで、何でスレタイは諸国一宮なのに、
話題の中心は尾張の国の古代史になっているのですか?

263 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/08/21(日) 12:23:52.58
>>261
出雲川

264 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/08/21(日) 20:10:41.44
>>262
神代から一貫して尾張が日の本の中心だからだよ

265 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/08/21(日) 22:52:37.26 ?2BP(1358)
>>262
一宮の本スレは別にあって、これは重複だから

266 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/08/24(水) 07:15:21.68
>>265
このスレ>>151のことですか?
【巡拝】全国一の宮巡り【歴史】Part3
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1284426824/



267 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/08/24(水) 07:49:28.00
>>264
おまえは「名古屋はええよ」でも聞いてろw

268 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/08/25(木) 07:15:47.95
>>263
えっ、近江国蒲生郡から濃尾地域に移住してきたのですか?
初耳の説ですが、何世紀頃に蒲生郡何郷から東遷してきたのですか?

269 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/08/25(木) 22:22:33.00
雲出川だろう。奈良県と三重県の県境を流れ、
三重県内から伊勢湾に流れ込む河川。

270 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/08/26(金) 15:11:45.43
>>220
『和名抄』によれば、以下の地ですね。
   豊後国海部郡/安芸国佐伯郡海郷、安芸郡安満郷/土佐国高岡郡海部郷
   阿波国那賀郡海部郷/淡路国三原郡阿万郷/紀伊国海部郡
   伊勢国河曲郡海部郷/尾張国海部郡海部郷/遠江国敷智郡海間郷
   武蔵国多摩郡海田郷/上総国市原郡海部郷
   筑前国怡土郡海部郷、那珂郡海部郷、宗像郡海部郷/隠岐国海部郡海部郷
   丹後国熊野郡海部郷、加佐郡凡海郷/越前国坂井郡海部郷

271 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/08/27(土) 22:53:43.29
>>258
外物部氏系ですかね。尾張東部は物部氏系、和邇氏系ですかね。

272 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/09/08(木) 09:39:11.95
>>271
春部郡や愛智郡に物部神社があるから物部氏居住が推察されるが、
尾張國東部で和邇氏系が奉祭した式内社って、どの社ですか?

273 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/09/09(金) 12:05:54.26
>>272
和尓良神社というのがあります。小野道風伝承。
庄内川は和邇氏らしい。

274 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/09/16(金) 23:13:29.48
明後日日光男体山登るわ
天気不安

275 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/09/26(月) 07:06:22.74
>>117
天武天皇が、尾張連氏出身?
69 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/09/25(日) 06:57:22.31
天武帝=大海人皇子はフツーに尾張国造家出身でしょう。
宇佐八幡宮
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1293265517/69

276 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/09/26(月) 12:01:04.68
『古代国家に思いはせ』

犬山、東之宮古墳・発掘調査の説明会

犬山市犬山北白山平の山頂にある国史跡東之宮古墳で二十五日、
市教委が一般向け現地説明会を開催した。東之宮古墳は長さ七十b、幅四十b、高さ九b
と推定される前方後方墳。被葬者は三世紀終わりごろ、この地方で強力な
勢力を誇った権力者であるとみられ、邪馬台国と対立したとされる
狗奴国の有力者ではないかという説も出てきている。(金森篤史)

277 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/02(日) 00:32:32.27 ?2BP(1358)
狗奴国=高蔵遺跡説はどうなったんだ

278 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/02(日) 13:36:13.23
狗奴国〓高蔵遺跡説は初耳。

狗奴国〓濃尾平野説なら桑名、萩原、加納、らが候補地。

279 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/02(日) 21:39:23.57 ?2BP(1358)
>>278
今は無き海越出版の「歴史海流」に連載されてた>狗奴国=高蔵遺跡説。
タイトルは「幻ではない邪馬台国vs狗奴国」、筆者は富田治朗。

280 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/03(月) 20:25:39.04
邪馬台国が畿内説が前提なんだけどね。

281 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/03(月) 22:03:08.67
>>278
狗奴国の代表者とされる「狗古智卑狗」を「キクチヒコ」と解し肥後国菊池郡に
想定する九州説に対し、狗奴国東海説では「狗古智卑狗」は誰と看做すの?

282 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/10(月) 01:59:50.28
>>280
邪馬台国を形成していた人が移動した…じゃ駄目?
って何かで読んだ

283 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/10(月) 13:52:50.23 ?2BP(1358)
>>282
邪馬台国東遷説でも、狗奴国=東海説は成り立たない。
邪馬台国時代に敵対してたわけだからね。

284 :282:2011/10/10(月) 15:02:26.30
>>283
対立開始は、邪馬台国成立当初から?
移住後以降からの可能性は無し?

無知で申し訳ない。

285 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/10(月) 17:31:00.50 ?2BP(1358)
>>284
邪馬台国時代ってのはわかりにくかったな。
卑弥呼と敵対してたわけだから、卑弥呼の時代に近隣にないと、そもそも戦えない。
そして卑弥呼の時代に邪馬台国が畿内にあったのなら、
それ以前にどこにあろうと、それは畿内説と言う。
なお東遷説とは、卑弥呼乃至台与の時代以降に、九州から畿内に移動したという説。

286 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/15(土) 17:39:40.53
>>276
>狗奴国の有力者ではないかという説も出てきている。(金森篤史) ・・・・
金森篤史氏というのは、どうも現役中日新聞記者らしいが、Web上ならともかく
有数のブロック紙面上で、こんな狗奴国濃尾平野説の如きトンデモ説を持ち上げ
ては拙いだろ。中日新聞の信頼度を毀損する記事だな。
邪馬台国の隣国が狗奴国なのだから、邪馬台国は美濃か伊勢にあって、中国と
通交しておったことになるぞ。

287 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/15(土) 20:26:23.78
狗奴国で検索してみな。ようこそ狗奴国へ

288 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/15(土) 21:19:43.47 ?2BP(1358)
>>286
隣国とはどこにも書いてないよ
まあトンデモ説には違いないけど

289 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/10/20(木) 20:06:16.82
■愛知県一宮市を読み解くキーワード(全てソースあり)

01.糞田舎
02.田舎臭い(一宮モーニング)
03.悪臭(艶金興業)
04.低所得
05.貧乏
06.貧困
07.地場産業衰退(ピークの2割まで落ち込む)
08.貧乏自治体
09.女工哀史(焼身自殺、電車飛び込み自殺)
10.倒産ラッシュ
11.シャッター街
12.妙興寺駅ホームレス
13.生活保護増加
14.治安悪化
15.犯罪多発
16.通り魔
17.長良川リンチ殺人事件(主犯:一宮市の小林正人)
18.名古屋アベック殺人事件(主犯:一宮市の高志健一)
19.地価下落
20.未指定部落
21.珍走団
22.一宮本番ヘルス
23.集団売春
24.土壌汚染有害物質(発がん性のあるテトラクロロエチレン他)
25.放火魔
26.痴漢魔
27.空きアパート激増
28.液状化軟弱地盤

290 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/12/03(土) 04:19:01.45
>>286
邪馬台国北部九州説発見。
週刊スモールトーク (第161話) 邪馬台国と大和朝廷
http://www.benedict.co.jp/Smalltalk/talk-161.htm

291 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/12/03(土) 20:38:47.30
邪馬台国、纏向遺跡周辺には桃の種が大量に見つかっている。つまり桃の木が
周辺に多く植えられていた事になる。桃の木は神なるもの。
そう言えば、真清田神社周辺にも多くの桃の木があったとの歴史記載があるなぁ。

292 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/12/03(土) 22:26:01.04
>>291
桃の木は神なるもの?桃の実即ち仙桃なら首肯されるがね。黄泉平坂で伊弉諾尊が
投げつけた仙果話や桃太郎話から霊力があると看做されたらしいからね。

293 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/12/03(土) 22:37:27.45
細かい奴っちゃな
桃の実が生るのが桃の木なんやから同じやろ

294 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/12/03(土) 23:02:23.03
道教の霊符のお札は桃の木と決まっている

295 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/12/03(土) 23:17:05.72
 桃は中国が原産で日本では弥生時代に広まった。古代中国の神仙思想では、
不老長寿や魔よけに効く特別な力があるといわれていた。

296 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/12/03(土) 23:18:03.09
桃李物言わざれども下自ら蹊を成す
(とうりものいわざれどもしたおのずからけいをなす)

 徳のある人のもとには、黙っていてもその徳を慕う人々が集まってくるということ。『史記・李将軍伝賛』にあることば。桃やすももは何も言わないが、美しい花を慕い、熟した実を求めて人々が集まるので、木の下には自然と小道ができる。



297 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/12/04(日) 09:52:28.57
>>296
ふむふむ、「李下に冠を正さず」も出典は『史記』でしたかね?
木の実好き大和民族と違い、漢民族は桃の実好きなんですね。
就中、白桃・桜桃・李のどれが好きなの?

298 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/12/04(日) 13:02:16.48
>>292
桃、桃太郎、黍団子と言えば岡山県が高名ですが、前田晴人氏説では、桃太郎の
鬼退治話は御伽草子でも吉備地方の民話でも何でもなく、細川幽斎が創作した
征西譚らしいですね。家来の犬・猿・雉は、鬼の住む西方の戌・申・酉の方角だと。

299 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/12/09(金) 23:58:31.44
>>295
『詩経』のこの漢詩『桃之夭夭』を読む限りには、不老長寿や魔除けというより、
桃は若い娘の暗喩であり、旺盛な生命力の象徴ではあるまいか?
桃之夭夭 灼灼其華 之子于帰 宜其室家
桃之夭夭 有賁其実 之子于帰 宜其家室
桃之夭夭 其葉蓁蓁 之子于帰 宜其家人


300 :名無しさん@京都板じゃないよ:2011/12/10(土) 00:13:05.56
>>299
この詩ですね。
桃之夭夭 http://www.luckyforshow.com/images/E/e061.htm

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